第3話 日々是探偵
「え? 一階ですよ」
互いに足を止め、主張する。そうしている間にも、新入生がちらほらやって来るのだが、階段を上がる者もいれば、ストレートに廊下を進む者もいた。
「これは……何か変。確かめに戻らないと」
「え? おい待てよ、僕も行く」
きびすを返した未明に、深海も続いた。早歩きで校内案内図のあるところまで戻り、じっと注視する。
「……ほら。やっぱり、一年生の教室はすべて一階にある」
「うう? いや、だって、上に書いてあるじゃないか。当然、上が三階だろ」
「いいえ、あそこに書いてあるわ。1F、2F、3Fと」
「どこ?」
「それぞれのフロア図の、右肩辺りに小さく」
「……うわ、ほんと、まじだ。意地が悪いな」
やられたという風に、壁を叩く深海。
「この分かりにくさ、わざとみたいね。屋上を一番上に描いておきながら、次が一階だなんて」
「言われてみればそうだな。普通じゃねえ」
「もしかして――」
言い掛けたところでやめ、未明は壁から離れる。遅れて反応した深海は、彼女が通り掛かった先生らしき大人に話し掛けるのを目の当たりにした。銀縁眼鏡を掛けた、三十代半ばぐらいのすらりとした女性だ。
「はじめまして。深潭学園の先生ですか?」
「そうよ。何か分からないことでもあった?」
「そうではないんですが、聞きたいことが。あの、私は一年一組に振り分けられた、音無と言います。教室の場所を案内図で確かめていたら、各フロアが実際の高さとは逆に描かれているのに気付いて、それでもしかしたらこれは学園の人達が新入生の私達を試しているんじゃないかしらと……その、思い込みをせずに、気付くかどうか」
放している間、女性教師の表情は能面のように変わらないでいた。そのため、未明の話しぶりもややしどろもどろの冠を帯びてきた。
ところが全部話し終わると、相手の顔が一変する。
「ふふ。その通りよ。当たっています」
満面の笑みで肯定され、未明は無意識の内に「やった!」とその場で飛び跳ねた。
「さすが探偵を養成する学校ですね」
「そう、油断してはいけないことを知ってもらうための、仕掛けみたいなものね。今日中に一般的な物に戻すことになっているわ。――音無さん、ついでだから少しテストをしてあげましょう」
「え、テスト?」
「テストと言うよりも、確認と言った方が正確かしらね。その案内図は、確かにこの校舎の物でしたか? 他の棟、たとえば中等部ではなく高等部の校舎ではないと、断言できる?」
いきなり出された先生の問いに、斜め後ろで聞いていた深海が「げ。そんなことまで」と呻き声を漏らす。
そんな同級生の反応をよそに、未明は涼しい顔をして答えた。
「図の表記が正しいという前提でよければ、はい。間違いなく、『帝国深潭学園中等部教室棟』と最上部に銘打たれていました。他に紛らわしい表記はありません」
「素晴らしい」
うんうんと頷く先生。それから人差し指をぴんと立てたかと思うと、またも未明の外野(深海)をぎょっとさせるようなことを口にする。
「では最後にもう一つ。私がこの学園の先生もしくは関係者ではない可能性を検討してみたかしら?」
対する未明は眉間に浅いしわを作り、初めて困り顔を見せた。
「検討と呼べるほど深くはしていません。ただ、探偵の養成を主目的とする学園で部外者を許可なく通してしまうような、穴のあるシステムになっているとは考えにくい。学校を信じます。私達が門をくぐるときも、スマートフォンとスマートウォッチとで二重にチェックされるようになっていたみたいですし」
合格通知に対して入学の意思を正式表明すると、学園から支給品としてスマートウォッチが直に届けられた。学園特注の一見すると細い腕輪にしか見えない優れもので、安全確保も兼ねてある程度生徒を管理することが目的だと伝えられていた。校則で、通学時には必ず装着することとなっている。
「うん、それだけ考えることが習慣付いているのなら、大丈夫。今年もまた頼もしい新入生を迎えられて嬉しいわ。楽しみにしているわよ、音無未明さん」
「あの、先生のお名前を……」
「
「え、あ、じゃあ」
「よろしくお願いします」という台詞が、先生の「よろしくね」と重なった。
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