帝国少女探偵団

小石原淳

プロローグ

プロローグ-1

 静まりかえっていた邸内の一角から、乾いた小さな音がした。

 ちっ、ちっ、ちっ……と断続的に、異なる二つのものがこすれ合うような音。

 その源は、長い廊下を進んだ突き当たり、角部屋にある。より正確を期すなら、部屋のドア付近からだ。

 ドアの前には、男がいた。見た目二十歳前後の、スポーツ刈り。背は一八〇センチ余りあるが、今は中腰でいるためさほど高くは感じられない。常夜灯に仄かに映える顔は――表情に乏しいのっぺりとした容貌だが、精一杯喜色を浮かべているようでもあった。

(あと少し。あと少しで、うまく行く)

 男は心中で呟き、くふふと堪えきれない笑声を漏らした。両手は糸を操っている。右手で二本、左手で一本。いずれも使い古した釣り糸で、表面がてかてかしているのはサラダオイルを塗ってあるせい。その成果か、閉じたドアと壁との隙間を、比較的なめらかに動いている。

(――よしっ、手応えあり)

 今にも声に出して叫びそうな勢いで、頷く男。糸三本を右手にまとめて持つと、空いた左手を使ってドアノブを回してみる。期待通り、固い手応えが返ってくる。糸の操作により、室内側の閂が掛かり、ドアは施錠された。

「あとは、壁に虫ピンで留めて滑車代わりにした裁縫用のボビンを、この糸を引っ張って外して、続いて糸のみを回収すれば、床に落ちたボビンは他のと混じって目立たなくなる」

 密室作りに成功した興奮故か、ついに声に出してしまう。無論、極小さな囁き声だから、誰にも聞こえやしないはず。各人が与えられた部屋で寝静まった、深夜二時という時間帯であるからなおさらだ。

 ところが、男の想定を裏切る事態が次の瞬間、起きた。

「そろそろよろしいでしょうか」

 廊下の灯りが、普段の明るく白いものに切り替わると同時に、若い女性の声が掛かる。淡々としているが、一本芯の通った力強さを有していた。怒りを秘めているのが分かる。

「だ、誰だ」

 背を伸ばし、声のした方に身体ごと振り返る男。驚きのため、糸を手放してしまっている。

 視線の先には、女性が二人。一人は和装で、前髪を上げておでこを見せたロングヘア。灰色がかった深草色の袴を纏った腰には鞘に収めた刀か木刀か、とにかく長い得物を携えていた。

 そのすぐ後ろに控えるもう一人は、男の比べても遜色ない体格で髪はショート。迷彩柄の戦闘服のような出で立ちをしている。こちらの方は武器らしき物は所持していないように見えるが、実際のところは分からない。

 二人とも、帝国少女探偵団と称して、何やら探偵ごっこに興じる風に乗り込んできていたが……。

「君、遅すぎ」

 最初のとは別の声、ショートヘアの方が言う。

「そんな手際の悪さじゃ、時間が掛かって、普通に見付かるだろうさ」

「この部屋を狙うと、どうして分かった。ピンポイントで見張っていたようだけれども」

 動揺を取り繕い、落ち着くよう努めた声で男は問うた。もちろん、密室作りの方は仕上げまであと一歩のところで、ストップしている。

 男の問いには、再び着物姿の方が返答に当たる。

「全部の個室を調べたところ、その部屋のみ、戸口に新しめの傷が付いていました。何らかの道具を使った、細い線のような人為的な傷が、ノブよりも少し高い位置に床と並行に真っ直ぐ。恐らく、閉じた扉越しに糸を使って何らかの操作をすることを目論むも、事前に試してみるとうまく行かなかったのでしょう。糸の通りをよくするために、傷をこしらえたのだと踏みました」

「とんだ想像力だな。そこまで分かっていながら、俺の殺しを止められなかったのは手落ちじゃないか?」

 男にとって殺人は主たる目的ではないのだが、敢えて勝ち誇ったように言葉を吐く。だが、相手はこともなげに男の発言を否定した。

「いえ、止めましたよ」

「何」

「暗がりでの凶行ならば見誤るのも仕方ありません。ただ、少し注意すれば気が付けたはずです。そちらの部屋の主が別人に入れ替わっていることに」

「べっ……別人であろうと、刺した手応えは確かにあった。間違いなく絶命するレベルだ」

「面倒くさいな」

 戦闘服の方が半ば強引に話を引き取った。

「だらだらと会話して引き延ばしをはかっても、君の運命は決まっているの。分からん? あとは大人しく捕まるか、抵抗するつもりでいるのかの違いだけ。まあ、かなり低級な“謎好めいず”のようだから、自らお縄に付く賢さは持ち合わせていないか」

 謎好という単語が会話にのぼり、男は表情筋が引き攣るのを感じた。

を知っているということは、おまえ達は……」

 思わず、芝居がかった動きで、二人を指差してしまった。帝国少女探偵団とはお嬢さまやじゃじゃ馬娘のお遊びだと思い込んでいたが、とんだ誤解だったと悟る。

 対する女性二人は、顔を見合わせると「ええ」「そうだよ」と口々に応じる。

「便宜上、帝国少女探偵団を名乗らせてもらっています」

「しかし実態は、まあ、君のお察しの通りってわけ。妖気ダダ漏れ、警戒心の薄い野郎みたいだが万が一にでも逃げられたら困るんで、組織名は明かさないけどな」

 自分の置かれた状況を理解した男は、必死に最善策を考え始めた。

「二人とも“推真すいま”ってことか。ならば我ら種族を捉えるための、人でなしの御技を身に付けていると聞く。我にどのような事態を招くかは知らぬが……」

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