52話 時には小休止も必要だよね
「はっ、はっ、はっ!」
神田は息を荒げながら、息一つ立つことなくその場で立つ榊原理央と向き合っている。
「いい感じに強くなってきたんじゃない?」
理央は殴られたことでついた頬の傷を指でぬぐう。
冬賀緋色脱走という報道は数日で日本国中に広まり、そして同時に震撼させた。
そのことで冬賀家は警察や魔術協会と共に冬賀緋色の捜索に協力することとなったため一時伏見稲荷大社の攻略は先送りになった。
その間鍛錬の時間が増え、神田唯人は榊原理央と一緒になる期間も同時に増えた。
体につけられた傷は日が経つごとに増えていき、精神部分でも徐々にすり減っていった。
それでも、厳しい鍛錬の日々の積み重ねは神田唯人の体を徐々に魔術師という目標に着実に近づけていた。
魔力に至っては冬賀家に訪れた時とは比にならないほど増加していた。
「ありがたいことですけどこれだけ魔力を使ってまだ一発しか与えられていないのに、そう言われても正直実感ないです」
「謙虚だねー、まぁーいいや続き、やる?」
理央は返答が分かっているかのように好戦的に微笑むと、神田もそれに返すように腫れあがった瞳で理央を睨みつける。
「どれだけ殴っても闘争心は消えない、いいね」
犬歯をむき出しにしながら理央も獣のような瞳をぎゅるんと動かして拳を握る。
「さぁ、楽しもうか」
戦闘を心の底から望む榊原理央の殺意にも似た好奇心が神田唯人に襲い掛かる。
神田唯人も神田唯人でそれをただ受け入れるだけの男ではない。
同様の殺意を携えてそれを迎え撃つ。
拳と拳は交わり、激しい衝撃となって屋敷を揺らす。
「ねぇ、あの下人、なんか強くない?」
そしてその特訓は無論他の従業員たちにも見られており、神田唯人の実力は徐々に露呈していった。
「うん、理央様とあんなに殴り合えるなんて魔術師の中でも中々いないのに」
恐怖にも似た感情、それは下に見ていた下人という存在が自分より上に行くのではないかという焦燥感により生まれたものだった。
「あれは神田様の努力ゆえのものです」
「榊さん、もしかして榊さんもあの下人に肩入れするんですか」
従業員は信じられないものを見るような目で隣にやってきた榊という初老の男の方を見る。
この男は冬賀千尋専属の執事であり、魔術師としても相当優秀な部類に入る。
そんな男をして、神田唯人のあの実力を努力と言ってのけたのだ。
これほど名誉なことはないだろう。
「それは肩入れせざるを得ないという言い方が正しい、あれは並大抵の覚悟では手に入らないものですから」
榊は眉を顰め、遠くのものを見つめるように舌を噛む。
「度し難い、だがこうも綺麗なものなんですね」
榊はそれだけを言い残し、業務に戻っていった。
・
視点はまた理央と神田に向けられる。
「今日、この後暇?」
理央が魔力を使い切り、ほとんど死体となった神田に向けてあまりに的外れなことを言ってのける。
「暇だったとしても、その暇は治療に当てますよ」
途切れ途切れの声から感じるのは圧倒的な疲労、だがそんなもの榊原理央には関係ないようで………
「じゃあ暇かー、ショッピングに付き合ってよー、荷物持ちとして」
(この女いかれてるのか?)
と純粋な疑問を抱きつつも、その眼圧にノーと答える度胸は神田唯人にはなかった。
「いぎます」
「よしよし、こき下ろしてやる」
意地の悪そうな笑みを浮かべて理央は手を差し伸べてくる。
神田はその手を取る力もなく、ただ呆れたような息を吐くのみだった。
しばらくして、榊原理央は着替えて玄関に戻って来た。
いつもの給仕服ではなく、短すぎるミニスカートに派手なチェーンを腰あたりに垂らし、フリルのついたまるでメイド服のような上着を着て、髪をツインテールにまとめ上げ、耳よりも大きいイヤリングをつけたその姿はあまりに新鮮で、神田唯人に激しいショックを与えた。
いわゆる地雷系というやつである。
無論神田唯人は着るものが下人専用の制服しかないのでそのままである。
「何ですその恰好」
「いいでしょ、これ」
満足気にミニスカートの裾をつまんで微笑む理央。
「わかりません、無駄なものが多すぎる気がします」
「お前、モテないでしょ」
呆れたように声を漏らし、イヤリングを揺らす。
「はぁーまぁいいやー、早く着替えてきてー」
「え、いや私はこれで行くつもりですが」
「はぁぁぁ!?馬鹿なんじゃないの?そんな下人だってバレバレの恰好で行ったら、私が変な目で見られるでしょ?早くなんでもいいから適当な服に着替えて来てよ」
「着替えて来てよって言われても、私にはこれしかありませんよ」
「………はぁぁぁぁぁぁぁぁ、ちょっと待ってて」
心が締め付けられるほどのため息を吐かれた後に、理央は踵を返していった。
しばらくして戻ってくると、神田唯人の前に粗雑に服を投げつける。
「それ、私の元カレが残してった奴だからーあげる、丁度処分したかったし」
冷えた瞳で見下ろしている先には男用の服が散らばっている。
「私にくれるんですか?」
「ん?だからそう言ったじゃん」
「ありがとうございます」
少し笑みを零した神田唯人は大切そうにぎゅっと服を抱きしめる。
「そんな大事にするもんじゃないと思うけどね」
「いえ、大事にしますよ理央様が私にくれたものですから」
「………きも、何それ」
神田の方に関心を向けず、興味なさげに厚底のスニーカーに足を入れる。
「早く着替えてきて、待つのは嫌いだから」
腰を逸らしながらそう言うと玄関の戸を開いて外に出る。
「はい、急いで着替えてきます」
服をぎゅっと大事そうに抱えながら、廊下を小走りで去っていった。
理央がガムを噛みながら、神田の到着を待つこと10分、ようやく彼が姿を現した。
「すいません、着替えに手こずっちゃって」
「遅い、後一分でも遅れてたら出てきたお前の顔にガムを吐き捨ててた………ってなんだ案外似合ってるじゃん」
「そうですか?着替えるのに手こずりましたけど、そう言ってもらえると嬉しいです」
神田の顔立ちを見るなりそう感想を漏らす理央、いつもは布に隠れて見えなかったその素顔が見えたからこその言葉だった。
神田の顔は隠すにはもったいないと思うほどに整っており、素性を知らなければ女性には引っ張りだこだろう。
青色のキャップに真ん中に謎のストリートの写真をかたどった白色のTシャツ、ぱつぱつのジーパンにはところどころほつれが見える。
あまりにやんちゃな恰好だ。
さらに顔にも腫れ傷があるとなれば近寄りがたい人間という印象はさらに強くなる。
「じゃあ早く行こ、買いたいものがいっぱいあるんだから」
少しだけ楽しそうに頬を緩める理央。
「でもなんかこの恰好息をしづらいというか、ぴちぴちすぎて辛いというか」
「そういう服なの、文句言うなカス」
ガムを噛んで吐き捨てるように暴言をいう理央に思わず目を細める。
「まぁそういうのは言われ慣れてますけど、ね」
「気にしてんじゃん、ウケる」
「くっ、別に気にしてませんよ、早く行きましょ」
「私に命令するな、殺すぞ」
「………すいません」
肩を委縮させ、顔をうつむける神田に対してまるで勝ったと豪語するようににやつく理央は冬賀家の戸を開けて外に出る。
「さぁ行こうか」
「はい」
今度は理央が先導し、煽るように手をくいくいっと動かしている。それにおとなしく付き従う他ないのが下人の悲しい所である。
・
騒音が響き、やかましいほどの観光客にあふれかえった京都の町。
様々な屋台がひしめき合い、おしゃれなカフェが喧嘩をするように乱立している。
道は人の量に対して狭く、歩きづらいという印象がある。
そんな町の中を神田唯人は酷く顔を歪めながら体を横にして人と人の間を縫うように歩いていた。
それは榊原理央も同様である。
「人っ多いっ!死ねっ」
「帰りましょう、もうここは日本ではありません、別の国です」
殺意をむき出しにする理央とは対照的に神田はしおれる寸前のもやしのように生気を失っている。
「むーり!おしゃれな服売ってるかもしんないじゃん!」
「まともに見ることもできないですよ、こんなんじゃっ!」
「それでもやらなきゃいけないでしょっ可愛い服がこの辺りに売ってるってネットで見たもん!これ以上文句言ったら殺すぞ!!」
「可愛い服を買うためにこんな苦労をするなら私は素寒貧でいいです」
「なめんなっ可愛いは汗水かいてつかみ取るもんなんだよっ」
いつもの気だるげな彼女の姿はどこにもない活気あふれるその姿に神田は本当にこの瞬間だけいつもの理央に戻ってほしいと願うばかりであった。
しばらく人にもまれてついたのはあるいかにもおしゃれな雰囲気を醸し出す服屋だった。
中に入ると案外は人はおらず、外よりも数倍歩きやすかった。
「もう人がいなくなるまでずっとここにいましょうよ」
「だめ、後10店は回るから」
「………無理ですよ、俺の体力がもたない」
「あんだけ訓練してるんだから余裕でしょ、強化魔術でも使えば?」
理央は神田の苦労なぞ全く知らんと言わんばかりに服を物色し、にやついている。
神田はといえば、真っ白い空間の中でどうすればいいか分からずただ立ち尽くすしている。
「はぁぁ酷い日になりそうだ」
がくっと燃え尽きたように目を閉じる。
「これ持ってて」
ばっと、両腕に向かって服を投げつけられる。
それをまるで人形のように力なく受け止める。
最早神田は考えるのを止めた。
「よし、この店はこんなもんかな、じゃあ次行こ」
軽くステップを踏みながら厚底スニーカーを跳ねさせる。
「へい」
神田はその後ろを大量の服を抱えてついて歩く。
煌びやかな服屋を抜け、またも大量の人にもまれること必死の道に入り込む。
息をすることすらしづらいその環境から逃げたいという気持ちは理央も同じなのか、人通りが少なそうな道に向かって、なんとか突き進んでいる。
「ねぇお前はさ、自分の今の立場にどう思ってるわけ?」
少し人通りが少なくなった道に入った時理央が振り返りそう問う。
「どうってかなり運がいいなって思ってますよ」
「運がいい?下人に生まれたのに?」
「下人に生まれたのに感情を出すことを許されている、その時点で自分は幸せ者ですよ」
「幸せ?あんなに殴られて、痛めつけられて、傲慢を倒すことを義務づけられて、それで幸せ?納得がいかない、理屈が通ってねぇーだろ」
疑わしいものを見る様に首を傾げる理央。
そんなの自分の勝手だろ、とだけで返されるような言葉だが神田はちゃんと紳士に答える。
「理屈は通ってますよ、さっきも言いましたけど自分は生まれた時から下人だった、その環境しか知らなかった、なのに今は多くの人と知り合って、普通にご飯が食べられる、こんなの幸運以外の何物でもない」
「………そうか、そういう考えもできるか」
眉を顰めて神田に背を向ける理央。
「納得はした、次行こ」
眉をくいっと上げてついてくるように促す。
それにため息を吐きながらもおとなしくついていく神田。
人気がない路地に回り込んだ時理央が口走った。
「………私はさ生まれた時から才能があった、全部持っていた。多少仕事をさぼっても適当にやっても、強いから見逃されてきた、神田から見れば私はうざったい存在かもね」
「いえそんなことは」
「ちっいい子ぶるな、うざいと思う瞬間だってあったはずだ、それくらい分かってる」
「………」
理央の言葉に神田は答えることはしなかった。それは肯定の意を表していた。
「私には重い過去も背負わなきゃならない使命とかも特に感じたことはない、才能があるから魔術師をやって、楽に金を稼いで、好きなご飯食べて好きな洋服買ってそのまま寿命が尽きて死んでいく、それでいいと最近までは思ってた」
「最近までは?」
「お前に影響されたか分からないけど、私はもっと強くなりたいと思った、いや思っってしまったんだ非常にめんどくさいことにね、こんな感情を知ることがなければ私は今まで通り気ままに生きていけたのに」
物思いにふけるように目を細める理央。
「だからそれよりも早いスピードで強くなってよ神田唯人、今の環境が幸福、幸運だというのならできるでしょ?」
あんたは下人なんだからと枕詞につくきそうなその言葉に神田は乾いた笑みを零す。
「私のためにその身を捧げてね」
「………言われなくても強くなりますよ、俺は」
「その気概死ぬまで保たせてよね」
強気な犬歯を見せてから神田が持っている袋の内一つを持つ。
そして明るい表通りに顔を出す。
「期待してるよ、神田唯人」
好戦的な笑みを浮かべる理央に神田は口をすぼめるしかなかった。
その後も神田は理央に罵られながらも買い物を進めていき、ついに終わりを告げた。
「よし、ここで最後」
訪れたのは高級な服が立ち並ぶブランド店、二人を出迎えた高品質なスーツを着た店員は華麗なるお辞儀を披露した後、店内に案内する。
「今日はどのような品をお求めですか?」
「服を買いに来ましたー、私に合う何かいいものをおなしゃす」
「かしこまりました」
またも華麗なるお辞儀を披露して、店員は服を取り繕うために戻っていった。
何はともあれこの榊原理央という女はいかなる場所でも自分を崩さないということだけは分かった。
神田は居心地が悪いのか体を縮こませてあたりをきょろきょろと見渡している。
服装は強気なのに、態度は弱気である。
「そちらの方は何かお探しですか、ん、もしやあなた様は神田唯人様ではないですか?」
「え、はい、そうですけど」
接客をしていた店員の人が神田のことを知っていたらしく目を見開いている。
その反応を見かねて榊原理央が神田と店員の間に割って立つ。
「何か用、ですか」
とってつけたような敬語で店員を威圧するように問いかける。
「あ、いえつい二週間ほど前にあった魔術協会会議において大見得を切っておられたので、印象に残っているのですよ」
「?下人は全員顔を隠すための布を巻いている、なのになぜ神田唯人だと気づいたんだです?」
不器用な敬語が徐々に店員を追い詰めていくように見える。
「それはわたくしはブレンダの店員ですので、顔ではなく体で人を判断できるのです、神田様の鍛え抜かれた体なぞ見抜くことは簡単ですよ」
ブレンダとはこの服屋のブランド名のことである。
「………っ、プロですねぇそれは」
流石の榊原理央もその返答は予想できなかったのか、絶句し一歩後ずさりする。
その開いた空間に店員が入り込み、神田に向かって腰を折る。
「神田唯人様、あなた様は本当に魔術師になるつもりですか」
その見え透いたような瞳に神田は吸い込まれそうになるが、ぐっとこらえて口を開く。
「なります、絶対に」
少し威圧感を感じつつも、その程度で折れるほどやわな覚悟を持ち合わせてはいない。
その覚悟を感じ取ったのか、店員は柔和な笑みを浮かべた。
「ではこちらを受け取ってもらえますか?」
神田に向けて差し出されたのはブレンダ店員の名刺、そこには佐藤健吾、と書かれていた。
神田はその名刺を首を傾げながら受け取る。
「どういう意図ですか?」
理央が聞くと店員はさらに笑みを深める。
「わたくしの読みが正しければこの方は魔術師、いいえもっと大きな存在へとなれると考えています、その先でブレンダは絶対に神田様が必要になる、その布石です」
「全部言っちゃうんだ」
「お客様に嘘はつきませんから」
「いかにも、嘘つきそうな細目の癖に」
食えない男と吐いて捨てて理央は視線を切り、近くの服を物色し始めた。
「それで神田様」
理央が自分から意識が外れたのを見て佐藤健吾は神田唯人にさらに接近する。
「あなた様は何を持っているんですか?」
「………っ、どういうことですか?」
「あぁそう警戒しないでください、言いたくないのなら言わなくても大丈夫です」
「では、言いません」
「それは残念です、では次の機会に」
その笑顔には感情がこもっていないような気がした。
(なんだったんだ、あの人)
神田はほんの少しの恐怖を感じながらも、遠くなっていく佐藤健吾の後ろ姿を警戒しながら見送った。
しばらくして佐藤健吾が見繕った服を持ってきた。
「んー、これはかわいくなくてー、これはキュートじゃなくて、これはセンスがない、うーん全部だめですー」
人が人ならブちぎれても仕方ない採点を下す理央、だがそんな判断を下されても佐藤健吾の笑顔は崩れない。
「分かりました、では少々お待ちください、ちなみに好みを聞いても?」
「おまかせでおなしゃす」
「かしこまりました」
佐藤健吾が再び店の奥に戻っていった。
「さっきなんか言われた?」
ぼそっと神田に向かって理央が何かを聞いた。
だがそれは神田には聞こえておらず、ただ茫然と佐藤健吾を見送っていた。
「………っ、私が心配することじゃないか」
「ん、何が心配なんです?」
「うるせぇ黙れ死ね」
「え、酷い」
理央はふいっと顔をそむけて再び服を物色し始めた。
そしてまた時間が経つと佐藤健吾が服を何着か見繕って戻って来た。
「これは、どうでしょう」
額に汗をかいていることからも必死になって選んでいたことが伺える。
「だめですねー次」
その必死さは理央の非情さによって切って捨てられた。
その工程を何度か繰り返した後、ようやくいいのが見つかったのか服を決め、購入するに至った。
「はぁはぁはぁ、本日ははぁ、ありが、はぁとう、はぁございました、はぁまたのはぁご来店を、はぁお待ちしており、はぁます」
息も絶え絶えとなった佐藤健吾の見送りに背中を押されて二人はブレンダを後にした。
着いたときは日が昇っていたがどうやら既に日は暮れてしまっているようで、街はやかましいほどに人工の光によって照らされていた。
「ふっ今日はありがと」
絶対に視線を合わせたくないのか、前を向きながらそう言う理央。
「はい」
神田は精神的にかなり疲れており、返答もかなり雑である。
「後は電車に乗って帰るだけなんだけど」
「はい」
「少しだけ、待ってて」
理央は神田を荷物と共にベンチに座らせると、すぐに切り返し駅構内に入っていった。
しばらくして戻ってくるが、特に何も持っていない理央を不信がる神田。
「何しに行ってたんです?」
「聞くな、殺すぞ」
「もうそれ言っとけばいって思ってません?」
「いいからほら早く行こ」
理央は大量にある荷物のうちの三つだけを持って神田に立ち上がるよう促す。
「はい、行きますか」
もう反論する力もない神田はがくっと肩を落として、大量の荷物を抱えて立ち上がった。
二人は大量の人人混みにもまれながらもなんとか冬賀家まで戻ることに成功した。
「はぁぁぁぁ疲れたぁぁぁ」
家についた途端ため息を吐いたのは理央だった。それをしたいのは神田の方だとは思うが、そこは下人として堪え、なんとか平静さを装うとしている。
「でも大満足」
理央は満足しているようでにんまりと笑みを浮かべている。
「そうですかそれは良かったでは自分は自室に」
一足先に部屋に戻ろうとする神田の足首を掴む。
「この荷物をか弱い少女一人に運ばせる気?」
目の前の小さい悪魔はいじの悪そうな笑みを浮かべている。
神田は酷く顔を歪めて、理央を見下ろす。
神田はもう勢いだ、と荷物プラス理央すべてを抱えて理央の案内の元部屋まで超特急で走り続けた。
悪ノリした理央に何度も尻を叩かれたが気にする余裕など彼にはなかったのだ。
「はっ、はっ、はっはぁぁぁぁぁついた」
粗雑に荷物と理央を部屋に投げ込むと、神田はやさぐれたため息を吐く。
「ご苦労」
ここまで頑張った苦労人に向けて投げかけられたのはその一言のみ、これには流石の神田も沸点か、と思われたが服をもらった恩を忘れているわけではなかったようでどうにか落ち着かせる。
「じゃあ俺は戻るんで」
「ちょい待ち」
「今度はなんですか?」
神田は顔を歪めて振り向く。
そんな彼の胸に何かが投げられた。
それは本当に小さい、手の平サイズの小箱だった。
「あげる、じゃね」
理央はそれだけを告げると魔術で神田を部屋の外に出し、扉を閉めた。
「?なんだろこれ、まぁ帰ってから開けるか」
疲れが先導した神田は小箱の中を開けることなく、長い屋敷の廊下を歩き始めた。
その道中、最近見ていなかった珍しいを人を見かけた。
「あ、千尋様」
冬賀千尋がどうやら任務帰りなのか、疲弊した顔つきで玄関に立っていた。
「神田さん、お久しぶりですね」
「はい、久しぶりですね」
千尋は少し無理やりな笑顔を張り付ける。
月明りだけが照らす廊下も相まってもの寂しそうに見える。
「本当はもう少しだけ話していたかったんですけども、少し疲れていてできそうにありません」
「あ、いえいえ無理なさらないでください」
「ありがとうございます、あ、一つだけ報告があります、明日から伏見稲荷大社の攻略が再開しますので心構えをしていてください」
「………はい、かしこまりました」
「ではおやすみなさい」
「おやすみなさい」
本当に短い業務連絡だけを交えた会話を交わした後二人はすれ違い、各々の部屋に向かって歩いていった。
「………明日から再開か」
その事実に少しだけ怯えながらも、鍛錬によりどれだけ鍛えられたのか試したいという好奇心が勝ったのか、ほんの少しだけ笑みを零してしまった。
「少し楽しみだな」
足取りは軽く部屋の扉を開ける。
光はとうになく、月光だけが神田が眠る布団を淡く照らしている。
その上に座り理央からもらった小箱の中身を確認した。
中に入っていたのは魔術で構成された高級品の絆創膏だった。
それを張るだけでどんな深い切り傷も骨折もなくなるらしいその絆創膏は下人の給料では到底買えないものだ。
「ありがとうございます、理央様」
今はいない理央に向けて礼を言った後、今日も今日とて秋季蘭と記紀のドタバタ劇を見るために通話を繋ぐのだった。
・
そして次の日、伏見稲荷大社での任務がようやく始まると意気込んでいたメンバーの目の前に広がっていたのは、あまりにも静かな普通通りの神社の姿だった。
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