第12話 下人の過去
「あなたはこれから下人として生きるの」
告げられた絶望、それから訪れた神田唯人に訪れた人生は最早人生と言うのもためらうほどのものだった。
「いいか、お前らは道具だ、魔術師の付属品だ」
齢7歳、初めて入った学校とやらで教訓として教えられた言葉だ。
授業はほぼ戦闘訓練だった。
「違う!脇を閉めろ!そんな甘い斬りかかりでは魔物は倒せない」
「がっはっ」
少しでも教官の違う動きをすればすぐにでも殴られる。
そこは生き地獄だった。
口答えは許さずただただつらい訓練をさせられる。
そんな中で友達と呼べる人間ができたこともあった。
訓練は酷いだの、家に帰りたいだの、愚痴を吐いてストレスを解消していた。
思えばそれがあったからまだ感情を保てたのかもしれない。
「おかーさん!帰りたいよーー!」
物心ついてから放り込まれたせいでこの地獄に耐えかねず泣き叫ぶ子供いた。
それは神田唯人の友達だった。
限界だったんだ、愚痴を吐くぐらいじゃ抑えきれないストレスが心という器を破って全部吐き出してしまった。
だが訓練において感情は表に出してはいけない。
これは絶対的ルールだった。
そしてルールに則ってそんな子供はすぐに見せしめに使われ首をはねられる。
「いいか、感情を殺せ、自分は道具だと認識しろ、でなければこうなるぞ」
生気の失った瞳で焦点のあってない瞳で、体を無くした友達は恨めしそうに神田唯人を睨んでいる。
それを突きつけられる度に痛感させられる逃げ場などないんだと、弱い弱い自分にそもそも人権など用意されてはいなかったのだ。
「今日の食事だ」
独房のような場所で渡されるのはお粥と添えられた塩もかけてない干し肉、最低限の栄養素だけを揃えた食事を無理やり口に運ぶ。
咀嚼するのもためらわれる苦痛の味、噛み切れないほど硬い干し肉、時に泣き出したいと思う日もあった。
それでも、感情を殺さなければ命はない、だから無表情のままそれを受け入れるほかない。
理解したんだ、感情がないふりをしていれば楽だということに。
「………よし今日の訓練は終わりだ」
感情をなくせば殴られることも減る。痛い思いをしなくて済む。
だからふりをして、ふりをして、ふりをし続けた先で感情は消え失せた。
本来の笑い方や喋り方も忘れた。
自分の親の顔も鮮明に思い出せなくなっていった。
それは周りの人間も同じだった。
最初は友達作っている人もいたけれど、すぐにそれは辛いことだと気づきお互いに距離を置いた。
冷たく死んだ時間が過ぎていき、神田唯人は下人となった。
・
「………いやなこと思い出しちゃったな」
神田は寝汗がひどくこびりついてびしょぬれになった服を脱ぐ。
「はぁ、はぁはぁ」
秋季蘭の家に専属の下人として住むようになって一か月が経とうしているのにぬぐえない過去のトラウマ、それはまるで蛇のように体中に巻き付いている。
「まぁでも、今の俺には味方もいるもんな」
神田はいつも抱いて眠っている秋季からもらった犬のぬいぐるみを一度ぎゅっと抱きしめる。
「うん、大丈夫だ」
トラウマはある、それはおそらく一生色褪せることはないだろう、それでも自分に味方してくれる今の現状であればトラウマと一緒に生きていけるのかもしれない。
そう思うと気が楽になったのか、ぬいぐるみを抱いたままもう一度寝息を立て始めた。
その日の朝、神田唯人はいつも通り訓練をする。
「今日は魔力制御の練習をしようかな」
神田は自分の腕に魔力を溜める。
魔力を動かすときには感覚があって、少し熱いらしい。
腕をほんのりと温めるような熱を体中の様々な場所に動かしていく。
「よし、今だ!」
そして両足に熱を感じ取った瞬間に強化魔術を使うと数十メートルほど上に飛んだ。
魔術の中でも強化魔術は自分の魔力を集中させるとその部位だけ強化されいつもの数倍の能力を発揮するのだ。
これも魔術の基本のうちの一つであった。
「精が出るじゃない」
「あ、おはようございます秋季様」
サラダチキンを口にほおばりながら縁側に腰掛ける秋季、今日も今日とて金髪を太陽の反射で光らせている。
「それ何食べてるんです?」
神田は秋季が食べているものが気になり訓練を止め秋季の元に駆け寄っていく。
「サラダチキン、あんたも食べる?私の食べかけだけど」
「え、いいんですか?ありがとうございます!」
秋季が渡してきた喰いかけのサラダチキンに特に何も考えずかぶりつく。
瞬間塩っ気の強いその鶏肉に神田は衝撃を覚えた。
「美味いですねこれ!」
「でしょ?ちょっと高いけど味好きなのよねー」
そう言いながら二人で一つのサラダチキンを消費していく。
その最中縁側にやってくる影がもう一人。
「秋季様、私にもそのサラダチキンを頂戴いただきたいのですが」
「いやよ、給料は与えてるんだから自分で買いなさい」
ちょび髭を生やしスーツをびしっと決めた男の提案をずばっと切り捨てる。
そう答えられるのがわかっていたのかちょび髭の男はただ顔を曇らせるだけだった。
「………秋季様、私はこの屋敷の掃除も諸々の雑務もこなしています、ですが給料などいりません私はあなた様からの寵愛さえあれば」
懇願するように膝をついて神に祈るように両手を合わせる。それを見て流石に気味悪いと思った秋季は眉をひそめて邪魔者を払うようにしっしっと手を動かす。
「そんなもの求めるな、キモい」
「そんな、そんな、そんな、そんな、そんな、そんな、そんなこと言わないでいただきたい!!!」
ちょび髭はその場でむせび泣きながら床に何度も頭をぶつける。血が出ようと関係ない、鼻が折れようと関係ない、身に余るショックを紛らわすためには痛みで上書きするしかないと考えているようだった。
「ちょっと何やってんのよ!」
止めなければと立ち上がった秋季がちょび髭の顔に手を当てる。
やんわりと優しい緑の光が男の顔を埋め尽くすとたちまちのうちに怪我が回復していった。
「あぁぁぁぁぁぁぁ、暖かい、暖かい、光栄です」
添えられた手に頬をこすりつける。
ぞわっと背筋が凍るような悪寒と共に手を全力で離して一歩後ろに下がる。
「ちょっあんた最近おかしいんじゃない?」
(いやストーカーをずっと放置してきた秋季様にも問題はあると思うけど)
冷静な神田のツッコミはしかし口には出さない。
「あぁぁ光栄の極み、これで私はまだ耐えられる」
きっと睨みつけた先にいるのは神田唯人であった。
「その座はいずれ私が奪う」
そう言い残してちょび髭の男は廊下の闇に消えていった。
「キモ、キモすぎる」
形容しがたい気持ち悪さを表すように身をさすりながら吐き気を我慢するようなとんでもない顔でそれを見送る。
「………でも最後の言葉」
ちょび髭の最後の言葉が気になった神田は声を漏らす。
「いいのいいのあぁいうのは気にしない方がいいわ」
手をぶんっぶんっと振ってあれはもう忘れろと言わんばかりに嘆息する。
「まぁそれがいいのかもしれないですけど」
どうにも嫌な不安がぬぐえずにいた。
・
「はぁはぁっ!何、なんなのよあれは!なんで警報も鳴ってないのに魔物がいるのよ!!」
そこはネオン街、煌びやかな装飾された街の裏側、暗く先が見えないその道を全力で走る一人の女性がいた。
そしてそれを追いかける一体の魔物、蜘蛛のように壁を渡りながら女性との距離を縮めていく。
「いや、いや、いやぁぁぁっ!」
ハイブランドのバッグを魔物に投げる、だがそんなものが意味をなすわけもなく無惨に地面に転がる。
「………いや」
短い遺言を残し女性の視界は大きな口の中に消えていった。
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