08 崩落溝[1]
次には、――全てが
いつの間にか、僕は大きな交差点の真ん中に立っていた。
シン、と耳を刺す静寂。
眼前には、廃墟の
グレーに影が落ち、明かりなく
そしてその頭上に広がるのは、
眩い太陽。白い雲。
視界に入ったそれら全てが、静止していた。
人通りも、車の往来も無く、静寂の中、――ただ周囲には、赤く、
胸中に、当惑が沸き上がる。
――なんだ、これ?
一瞬前まで、全身で風を切り、疾走していたハズなのに、――と、そして気づく。
体が動かない。
――いや、
知らぬ間に、シャルロットの気配も
――
――何が起きている?
――ここは、目的の位相、――【
そんな思考が、次々と、脳裏を巡りだした時――。
「――えにしちゃん」
背後から声。――少女の、涼やかな音色。
身構えようにも、体がぴくりとも動かない。
そんな僕の背後に、誰かの気配が立った。
右後ろの髪に、何かが触れる。
「――っ!!」
驚き、しかし声を上げる事もできない。
されるがままに、……髪をかき分け進むそれが、やがて頬に
「動かないで――」
囁かれる、優しい声音が、静寂を頼りなく上塗りする。
どこか
そして、右耳たぶに、何かを
その後、まるで名残り惜しんでいるかのように、再び髪に触れられ、――その感触も消え。
次の瞬間、一斉に、信号が青へと変わる――。
*
『――にし様!! えにし様!!』
シャルロットの声。
切羽詰まったような声音が、僕を呼んでいる。風音が戻っている。
気づけば、僕は上空へと舞い上がっていた。
――いや。
違う。すぐに気が付く。舞い上がっているのではない。
状況把握がまるで追いつかない、――ものの、直感するに、僕はいま、恐ろしいスピードで地面に向けて落下している。
見上げれば、頭上に街。
いま、頃合いは夜に戻っているようだ。家々やビル街には、どうしてか明かりひとつ無く、――それらは、足元に広がる夜空よりもなお暗い。
逆に夜空には、いつにも増して、星々と月とがいっそう
『――えにし様!! ご無事ですかニャ!』
鋭く、シャルロットの声。
目を
「シャルロット!!」
手を伸ばすと、シャルロットが空中でワタワタと姿勢制御し、僕の
「よし!」
僕は、そのままシャルロットを小脇に抱え込み、叫ぶ。
「――着地するよ!」
『了解ですニャ!』
ぐんぐん、頭上へ迫ってくるビル群。
僕は、そのうちのひとつ、屋上へと狙いを定める。
そして、勢いよく体を
「――ッ!!」
ブーツの裏が、地面を
――を、膝で
制動し、静止。
バサリ、と
「ッ、フウ――」
思わず息をつく。
心臓が、バクバクと
なんとか、着地できた。
……というか我ながら、いま、もの凄いアクロバティックなアクションをした気がするぞ。
普通、この高さから落ちたらただでは済まないハズ。魔法少女って、こんな、身体能力も上がるのか?
「すごいな、コレ……」と、思わず
思い返せば、超速度での現場急行に加え、高高度からの華麗な着地。
なんというか、魔法少女になりたてホヤホヤの状態にしては、かなり上出来なんじゃないかな? ちょっと、自画自賛したくなってくるよ。
――と、しかし、そうも言ってられない。
むしろ、本番はここからである。
短く息を
『えにし様! ――今しがた、
その言に、「――あ」と、僕は思い至る。
そうだ。そういえば、先ほどわずかな間の出来事。
無人のビル街、鮮烈な青空、交差点。
そして確か、背後に立っていた少女が、僕の右耳に触れて、――何かを留めたのだ。
思わず右耳に触れると、耳たぶに、何か、アクセサリーのような小さなものが
――なんだこれ?
――というかあれ、現実だったのか……?
次々、疑問が沸き上がるが、――僕は、頭を無理やり現実に引き戻す。
今は、吟味する余裕はない。
『――おそらく、ジャンプの際、何かに割り込まれたと考えられますが――』
「わかった」僕は、腕の中で動転したようにもがくシャルロットを撫で、落ち着かせる。「でも今は
『そうでしたニャ! ――
シャルロットは思い出したように声を上げ(……やっぱりなんか、けっこうポンコツっぽいね? けっこうかわいいかも)、――続いて、再び暗号のような呪文を唱え始める。
『――最寄りのアンカーへ接続要求、承認。権限昇格要求、承認。ソナー起動、臨時スキャンを要求――』
「よし」
それを耳に入れつつ、僕はすぐさま動き出す。
シャルロットに
――ターゲットとなる【
――いま自分が居る位置は?
まずもって、それら状況把握をしなければならない。
僕は、屋上の
「うおっ……」
眼前に広がる異様な風景に、思わず絶句する。
光なく、宵闇に沈む街。
そこに、巨大な穴が開いている。
僕の居るビルは、ちょうど
そしてその向こう岸さえ、宵闇に紛れて
だが、僕が驚いたのは、その巨大さのみではなく、――信じがたい事に、その円筒に沿って、
つまり、円筒の内側をぐるりと、街がそのまま、穴の中心に向かって立ち並んでいるような状況である(さすがに、地面がかなり無理のある感じで変形しており、家々やビル群はボロボロに倒壊している)。
その
というのも、道中でシャルロットに聞いたのだ。
――これが、パラレルワールド??
それは、要するに、別世界? とはいえ、いままさに眼前にある通り、この景色が現実に存在しているという事を意味するわけだが、……まるで現実とは思えない、恐ろしく、――しかしどこか、美しささえ
位相の通称は、確か、【
誰が名付けたか、まさにそのまんまなネーミングだな、と、
そして同時に、別の事にも気づく。
穴の手前側、その上空で、色とりどりの光がチカチカと瞬いている。
おそらく、4名の魔法少女たちだ。
距離にして、ここからおよそ500メートル。
そして、その上空――つまり、より穴の中心に近い位置――に目を
「デカいな……」という呟きが、思わず口を付いて出る。
空間そのものを
ともすれば
ターゲット名は、確か――。
――固有名【
その名前が何を意味するのかは不明だが、
そして、ただの光の弾のように見えるそれが、街並みに降り注ぎ、しかしてコンクリートを無慈悲に切り裂いていく
『――えにし様!!』
シャルロットの鋭い声が割り込み、僕は現実へと引き戻される。
あらかた状況を把握できた頃合い、まさにベストタイミングである。続くシャルロットの言葉は――。
『出ましたニャ! 既知の結果は省略、
「よし……!!」
その報告に、思わず拳を握る。
――
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