06 クエスト

「ええと、クエスト? それと、離脱って??」


 思わず聞き返す僕に、シャルロットはよどみなく説明する。


『“クエスト”とは、【ひずみ】の出現に伴って【叢雲アルトキュミュラス・クラウドハブ】から発行される、“掃討依頼”の事ですニャ。――そして、えにし様』


 シャルロットの扁平へんぺいな手のひらが、スッと僕の方に差し出される。


『あなたは、現在発生中のクエストにおいて、、ニャ』


「は、はあ……」脳裏に浮かぶ疑問符ぎもんふ。「えっと、アサインされてる……?」


『はい、そうですニャ。そして、“離脱”は、このアサイン状態を取り消す事を意味しますニャ』


「………」


 ダメだ、よくわからない……。

 なんとなくの意図は読み取れるのだが、折々おりおりで挟まれるカタカナ単語の理解を、脳がこばんでいる。


 うーん。たぶんこれ、最初から全部聞いてみない事には、理解できなさそうだ。


 僕は、思いつく限り、シャルロットに質問をしてみる事にする。


「――ごめん。今の状況を、わかりやすく教えてくれるかな? つまり、――僕は、どうして魔法少女になってるの? クエストとか、魔法少女契約とかって何? それから、――僕はもとに戻れるの?」


『承知しましたニャ!』


 五月雨さみだれのような質問にも、能天気のうてんきな声で、元気よく答えるシャルロット。


 そうして次には、滔々とうとうと、シャルロットによる魔法少女講座が始まるのだった――。



『――というワケですニャ』


「……うおお」呻きながら、割座わりざで上体を床に突っ伏してしまう。


 ……だいぶゲンナリ、頭が痛いものの。

 しかしようやく、状況をあらかた理解できた。


「えーと、シャルロット。いったん整理させてね」


『はい、もちろんですニャ』


 僕は、ぐぬ~、と呻きながら、割座わりざのまま上体だけ起こす。

 まずはいったん、理解した内容が正確かどうか、シャルロットに確認しておきたいからね……。


 ――ゴホン。

 さて、僕の理解は、次の通りである。


「まず、……僕は魔法少女になった、と」僕は、黒いロリータ衣装のすそをつまむ。……まあ、明らかにしんではあるけど、念のため確認だ。


 ちなみにこの衣装、改めて見ても、やっぱり可愛らしい。

 高級感のある生地だけど、体を揺らすと、ほわほわとするんだよね~、――うん、それは置いといて。


『はい、そうですニャ』とシャルロットの肯定。


「オーケー」僕は、こめかみに手を当てる。「で、担当カラー【桃】、――ええと、ピンク色っぽい魔法少女かな。確か、“れーな”って名前だっけ? その子が勝手に、僕の代理で魔法少女契約を結んじゃって、僕を魔法少女にした、――ってコトだよね」


『おっしゃる通りですニャ!』鷹揚おうように頷くシャルロット。


『補足として、――魔法少女契約とは、人を魔法少女として覚醒させ、変身できるようにする契約の事ですニャ~。これにより、えにし様は、魔法少女への変身と、【魔法】が使えるようになり、代わりに、人類の敵、――【ひずみ】を倒して、街の平和を守る使命も負いますニャ』


「うん、そこも了解。……で、【ひずみ】が現れると、それを掃討する依頼が『クエスト』という形で発行されて、近くの魔法少女に、参加要請が飛ぶ、――で良かったよね?」


『はい、そうですニャ。参加可能人数に空きがある限り、受諾した魔法少女が、対処担当としてアサイン、――つまり、対処する権利を、要求事項の履行を約束する事となりますニャ~』


「うん、ありがとう」


 よし。ここまで、理解に相違はなさそうだ。あとは――。


「……それで、僕はいま、数十分前に、隣町となりまちで発行されたクエストに、対処担当としてアサイン、……されてるんだよね?」


『はい、ご認識の通りですニャ』とシャルロット。


「なるほど、……ありがとう」


 ちなみに、『アルトなんとかハブ』とかいう横文字については、よくわからなかったので、理解を放棄した。とりあえず、クエスト発行とか、その他諸々もろもろを管理しているシステム? があるらしい。


 まだちょっと頭を整理中だけど、……とりあえず、シャルロットの言っている事の要旨くらいは、ざっくり頭に入った。


 なんなら、一言で簡単にまとめちゃえるかもね。

『隣町に、【ひずみ】が出現した! それを倒して、街の平和を守ってね~! がんば!』……なんて、こんな具合だろうか。


 さて、ようやく最後の確認だ。

 そして、ここが一番大事な点である(僕にとってね)。


「クエストの、えーと、クエスト完了、失敗、離脱のいずれかで、――変身が解除される、つまり、んだよね?」


『はい、ご認識の通りですニャ! アサインされた担当は、『魔法少女への変身』が許可された状態となり、クエストの終了または離脱をもって、変身が解除され、もとの体に戻りますニャ』


「なるほど、……ありがとう」


 全て、認識通りのようだ。


 ようやく、あらかた納得がいった。

 それに、クエスト離脱すれば、元の体に戻れるらしいね。一安心だ。


 僕が、安堵の溜め息をいていると、――しかして、シャルロットが、手を上下にわたわた揺らしてアピールしながら、再び滔々と話し始める。


『――しかし、えにし様。現在、当該クエストの開始時刻から、ニャ。えにし様、あなたは、アサイン時点から現在まで、60分間にわたって、当該位相いそう、――すなわち“戦闘エリア”から一定距離以上離れた位置にいらっしゃる事から、“戦闘参加の意思がない”、と判断できますニャ』


「う、うん――???」


 75分?

 60分?

 位相?


 またまた、シャルロットから述べられる言葉の羅列られつ


 かろうじて、理解が追いつくような、そうでないような感じだが(たぶん、離脱についてかな?)、――言葉はまだまだ続く。


『えにし様。……現在の状況から推定されるクエスト成功率と、クエスト参加可能人数の上限、およびクエストの失敗に伴って発生するペナルティの観点から、クエスト参加状態の継続はおすすめできませんニャ。そういった理由から、ボクとしては、進行中クエストからの離脱をご提案しておりますニャ! 改めまして、――当該クエストから、離脱しますかニャ?』


「うう、ぬあああ~……」


 思わず髪をわしゃわしゃとしながら、なんとかその話についていこうと努める僕。


 おっ。この髪、細くて指通りが良くて、気持ち良いね~。

 床に突っ伏したまま、しばらくサラサラな髪を堪能する。


 ……じゃなくて!


 ちょっと全然頭に入ってこないけど、頑張ってかみ砕くと――。


 えにしくん、キミ、対処担当のくせに、全然現場に来ないじゃん!!

 やる気ないなら、クエスト離脱して、席を空けた方がいいんじゃないの?


 ――と、たぶんこういうコトかな??


 で、“離脱”すると、魔法少女への変身が解除される。つまり、元の体に戻れるんだよね? であれば、離脱することについて、僕としては全然異論がないよ。

 なんなら願ったり叶ったりですらある。


 ということで、離脱する旨をシャルロットに伝えようと、顔を上げたところ――。


『なお、離脱する場合、が発生しますニャ』


「――え、ペナルティ?」と、思わず訊き返す僕。


 ちょっとドキッとするワードが出てきたぞ。


『はいニャ。当該クエストへのにもかかわらず、要求事項を履行せずに放棄することに対する、【叢雲ハブ】運営元からのですニャ』


 制裁!?


「ぐ、具体的には――?」


『魔法少女契約に基づき、違約金がありますニャ。もし払えない場合、所持されている【魔術具マジック・アイテム】、および【経験値】から、同価値となるまで【叢雲ハブ】に徴収されますニャ』


 説明と共に、手元に表示される画面。

 そこには、違約金として、6桁台前半の数値が表示されている。

 正直、かなりお財布には痛い額だ。――けども、ま、まぁ払えない額ではない。


 それに僕、別に魔法少女として戦う気は全然ないのだ。だから、今後、クエストを受諾さえしなければ、違約金が掛かるのは今回だけのハズだよね。


 ……あと、魔法少女契約とやらも、僕が契約したわけじゃないし、たぶん後で解約とかできるんじゃないかな? 制裁、という言葉面ことばづらに、かなりビックリしたけど、これくらいで済むなら、……まぁ、勉強代というコトでね。


 そういえば、『アサインを承諾した』という点が若干気になるけど、……これも、ピンク髪の子が勝手に承諾してしまったのだろう。たぶん、離脱してしまえば関係ないハズ……。


 というワケで、僕はやはり『離脱』をシャルロットに伝える事とする。


「オーケー。そしたら、離脱するよ」


『承知しましたニャ。それでは、画面を操作してくださいニャ』


 声と共に、手元の表示が切り替わる。


 ――クエストを離脱します。離脱すると、以下のペナルティがありますが、よろしいですか?

 ――『はい』『いいえ』。


 注意事項、ペナルティ、その他もろもろの説明にざっと目を通し、問題ない事を確認。


 ハァ、よくわからな過ぎたけど、これでようやく一安心。

 明日も仕事だし、早く、入ってご飯を食べて、お風呂に入って――。


 そんな風に、安心しきった心持こころもちで『はい』を選ぼうと、僕が右手を持ち上げた時――。


『――なお』


 シャルロットが、ふと言葉を発する。


『えにし様、クエスト離脱と、それに伴う変身解除にあたり、一点、ご警告ですニャ。……変身が解除されると、えにし様はおそらく、数分ほどで――』


 ……数分ほどで?


、……ニャ』

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