第3話 魔法の基礎知識

 次の十日間、サリンはひたすら同じ魔法を繰り返した。

 だが――一度たりとも成功しなかった。


 呪文も手の動きも、完璧だった。

 何度も繰り返し、習熟度は上がっていく。

 それでも、この単純なゼロ級魔法を完成させることはできなかった。


 その間、ジェイソンはほとんど姿を見せなかった。

 彼はたった一度現れただけで、あとは改造した大広間の魔法研究室にこもりきりだった。

 まるで食事も睡眠も不要であるかのように、昼夜を問わず魔法の実験を続けていた。


 サリンは焦り始めた。

 だが、魔法の習得に焦りは禁物だ。それは痛いほど理解している。

 ただひたすら、黙々と練習を続けるしかなかった。


 そして、三十日目――

 ついに、サリンは魔法を成功させた。


 喜び勇んでジェイソンの研究室へ駆け込んだ。

 だが、ジェイソンは彼の興奮をよそに、深いため息をついた。


 「三十日かけて、ようやくゼロ級魔法を一つ習得したか……。」


 「資質は……正直言って、最低レベルだな。」


 「このまま続けても、一生魔法学徒のままだぞ。やめたほうがいい。」


 サリンはその場に固まった。


 「……先生?」


 「納得がいかないか?なら、試してみよう。」


 ジェイソンは透明な水晶球を机の上に置いた。


 「この水晶球に向かって、魔法を発動してみろ。」


 サリンは指示通り、**「読解の術」**を唱えた。

 だが、水晶球はほとんど何の変化も見せなかった。


 ジェイソンは水晶球を片付け、淡々と言った。


 「……想像以上に、ひどいな。」


 「お前の精神力は強い。だが、魔力の適性が絶望的に低い。」


 「このままだと、お前がランク1魔法使いになれるのは百年後だ。」


 サリンの体が震えた。

 まるで冷水を浴びせられたような感覚だった。


 「サリン、まだ間に合う。」


 「お前には剣士になる道がある。」


 「スコチェニア城に行け。剣術道場で学べば、食いっぱぐれることはないだろう。」

 「今なら、まだ間に合う。」

 「俺が金をやる。ここを出て、剣士として生きろ。」


 サリンの心は、大きく揺れた。


 もし魔法の才能がないのなら、剣士になるのは悪くない選択なのかもしれない。

 それなら、普通の人生を送れるかもしれない。


 だが――違う。


 三十日間、ひたすら練習を続け、ようやく魔法を成功させたあの瞬間。

 あの時感じたものは何だった?


 それは、世界を操るような、力の悦び。


 剣士になって、シランの兵士のように、門の前で税を徴収し、傭兵として一生を終えるのか?

 貧しいまま、一生を終えるのか?


 「……先生、本当に方法はないのですか?」


 サリンは震える声で問いかけた。


 ジェイソンは静かに首を振った。


 「方法はある。」


 「だが、その代償は、俺ですら支払えない。」


 「これは金の問題ではない。」


 「お前を救うには、ランク9魔導士が直接、お前の体質を改造するしかない。」

 「それができても、せいぜいランク4魔導士止まりだろう。」


 ジェイソンの言葉は、突きつけられた現実だった。

 サリンは無意識に拳を握りしめた。


 だが――。


 「先生、私は諦めません。」


 サリンは、強く言い切った。


 「私は……百歳になっても魔法学徒で構いません。」

 「剣士になるくらいなら、一生魔法学徒のままでいい。」

 「先生、冥想の技法を教えてください!」


 ジェイソンは、目を細めた。


 「お前は……本当に頑固な奴だな。」


 彼はしばらく考えた後、言った。


 「……分かった。だが、一つだけ条件がある。」


 「俺の冥想法則を学んだ以上、お前はここを出ることは許されない。」

 「正式な魔法使いになるまで、絶対にここを離れるな。」


 サリンは迷わず答えた。


 「承知しました。」


 ジェイソンは淡々とした口調で続けた。


 「俺の教える冥想法則は、シンイン帝国でさえ極めて貴重なものだ。」

 「もし誰かに漏らせば、その瞬間、お前の命を奪う。」

 「理解できるか?」


 サリンは、背筋が凍るような感覚を覚えた。

 ジェイソンがこの言葉を冗談で言っていないことは、痛いほど分かった。


 「理解しました。」


 一ヶ月の修行の末、サリンはついに冥想法則を完全に習得した。

 今では、「読解の術」を二回連続で発動できるようになり、わずか十分の休息で完全に回復できる。


 魔法学徒が体内に蓄えられる魔力はごくわずかだ。

 サリンの場合、それがさらに少ない。

 それでも、彼は満足していた。


 四つの巨大な部屋に並べられた大量の本。

 そのすべてを読み尽くすのが、今の彼の目標だった。


 もはやランクアップを急ぐつもりはない。

 サリンは知識を渇望していた。


 彼は慎重に、順番通りに学び始めた。

 まずは言語学――


 通用語、メルス語、魔法語、シンイン語、スコチェニア語、タングラス語……

 さらにはコーカサス語まで。


 コーカサス人は、歴史上一人も魔導士を輩出していない。

 彼らの地は原始的で、魔法の代わりにシャーマンが力を持っていた。

 だが、そんなことはどうでもよかった。


 サリンは言語の学習にのめり込んでいた。

 半年の間に、千冊以上の言語書籍を完全に習得した。


 最初は時間がかかった。

 だが、一度基礎を覚えると、学習速度は加速していった。


 そして、最後の一冊を読み終えたとき、サリンは**「読解の術」**を三回連続で発動できるようになっていた。


 つまり――

 彼はランク2の魔法学徒になったのだ。


 だが、サリン自身はそれに気づいていなかった。

 実は、彼の精神力は極めて高く、魔法の制御による消耗が異常に少ない。

 それゆえに、限られた魔力量でも、効率的に魔法を使えていたのだ。


 しかし――

 彼の体内に蓄えられる魔力の量は、依然としてランク1のままだった。


 この速度――空前ではあるが、決して絶後ではない。


 だが、もし他の魔法学徒がこのペースで学んでいたら、とっくに師匠から見放されているだろう。

 サリンには、最高の冥想法則があった。


 しかし半年間の修行にも関わらず、体内の魔力貯蔵量はほとんど増えていない。

 ジェイソンは手を抜いていたわけではない。

 サリンの体質が、魔法の習得に根本的に向いていないのだ。


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