【短編版】昼は食堂料理人、夜は最強の冒険者〜究極の食材を求めてダンジョンの最下層に辿り着く〜

いぬがみとうま

第1話 ギルドが運営する食堂の料理人

「嘘だろ!? ミノタウロスエンペラーだぞ!」

「このダンジョンのレイドボスじゃないか! ここは最深層じゃなくて中層だぞ!」


 ダンジョンでは、透明度の高い水晶が壁面から伸びて青緑色の光を放っている。

 巨大な魔獣は、その図太い腕で大鉈おおなたのような大剣を振りかざす。

 冒険者パーティーのメンバーが満身創痍で膝をついていた。


 絶体絶命の場面に冒険者パーティーの彼らは、絶望、そして死を覚悟した。


「なんでこのフロアにレイドボスが……くそっ」

「せっかくこの国のトップクラスの冒険者パーティーになった矢先に」


『でかいミノタウロスだな……クックックッ……待ってろよ……(ブツブツ)』

 赤いローブを身に纏い、フードで顔を隠した謎の男が現れた。

 彼の手には、包丁が握られている。いや、包丁というにはでかすぎる、剣というには異形。

 肉を切るに特化した形状のは、ダンジョンの水晶から放たれる光をギラリと反射する。


「【削ぎ……切り】」

 

 次の瞬間――


 冒険者たちの眼の前に横たわる巨体の魔獣を、幾度も刺す赤いフードの男が居た。

 その男の口元はニヤリと常軌を逸した笑みを浮かべる。


「奴は……ま、まさか……〝冷笑れいしょうの復讐者〟か!?」

 冒険者のリーダーの声は凍えたように震える。

 

 視線の先にいる男の赤いフード付きローブは、ミノタウロスエンペラーの体から飛び散る返り血を浴び、さらに赤色に染まっていく。



 ――マテリア公国立冒険者ギルド受付――


「……ということは、最深層に居るはずのレイドボスが中層に出現したということですね」

「ああ、何度もそう言っているだろ! チッ」

「よく逃げ出せましたね。ミノタウロスエンペラーは異常な速さで逃走不可なはずですが」

「……出たんだよ。……〝冷笑の復讐者〟が」


 

 ◇ ◇ ◇


 ――マテリア公国立冒険者ギルド食堂――

 

 ここは、ギルドが運営する食堂だ。

 一般客も来店するが、冒険者登録証を提示するとメニューのすべてが半額になる、言わば冒険者たちの台所。夜は酒場営業もしている。


 俺はここで働く料理人だ。といっても主な仕事は仕込みとまかない担当。

 勤務時間は長いし、給料は安いし、忙しいし、料理長は厳しいし。そして、とにかく忙しいし。と、料理人の中でも不人気な職場だ。


 だけど、俺は気に入っている。なんたって公務員なのだからな!

 俺のような孤児院出身の奴は、この国では大体が冒険者になって成り上がるか魔物にやられて死ぬか。もしくは犯罪者になって悪事を働くか返り討ちに遭って死ぬか。


 この国では生きていくに当たって、何かと困難や死が付き纏う。

 その点、俺は賄いが食べ放題。


「そう俺は食いっぱぐれないのさ! クックックッ」

 

「おい! カイ! また独り言か。早く仕込みに取り掛かれ」

 おっと、早く仕事に戻らないと、また先輩にどやされちまう。

 

 厨房横の作業スペースに牛、半頭分の肉塊が鎮座している。

 今日の肉は牛肉か。経産牛だが、ふむ。状態と熟成は悪くないぞ。


「錬成『牛刀包丁』――」

 俺の右手の周りに一輪の錬成紋が浮かび上がる。

 それは、徐々に形を変え三十三センチメートルの包丁と成る。


「さーて、解体解体。掃除掃除。待っててねぇ! 今美味しいお肉にしてあげるから」


 今、俺が包丁を出した業は〝錬成〟だ。この世界の人間は皆持っていて、人によって剣だったり槍だったりと形が決まっている。

 これは魂の形らしいのだが、そういう細かい仕組みは門外漢の俺が知るはずもない。


 とにかく、俺には包丁が錬成できて〝みじん切り〟や〝削ぎ切り〟などの料理スキルが使える。そんな感じだ。


 「んんんんん! 【削ぎ……切り】!」

 牛の肉がスパっと骨から剥がれ、見事なもも肉の塊に。

 と、まぁこんな感じが俺の錬成とスキルで、仕事にとても役立っている。


 

 仕込みが終わって賄いを作ると俺はホール業務に従事する。

 お客に提供する料理はまだ作らせてもらえない。飲食業界は厳しいのである。

 


 

「おーい! ビール人数分!」

 そら始まった。冒険者たちの酒盛りだ。


 冒険者たちはその日の戦果や持ち帰った素材の話で盛り上がる。

 第何階層の、やれこの魔物が◯◯だとか、コスパがどうのとか。

 毎日毎日、おんなじ話を……ご苦労なこった。


 人間、美味いものを食らう。美味い酒を浴びる。


 これで十分だぜ。


「出たらしいぞ〝冷笑の復讐者〟」

「マジかよ!」

 

 冷笑の復讐者ってなんだよ! 恥ずかしい通り名だ。

 復讐者なのに冷笑って何? あたおかぁぁ!

 

「ああ、公国の冒険者上位三位のパーティー、銀翼ぎんよくつるぎの舞がよ」


 ぷぷぷっ! 銀翼の剣の舞ぃぃ。

 何だそれ、三位なら銀じゃなくて銅翼どうよくにしろよぉ。

 一位になれない前提のネーミングセンスぅぅ!


 「あいつらがな、中層でミノタウロスエンペラーに遭遇したんだとさ」

 ギクーッ! ミノタウロスエンペラーって、俺が昨日狩った魔獣じゃねぇか。

 まさか、俺が肉を横取りしたのを言いふらしやがったのか?


 いや、待てよ。するってぇと冷笑の復讐者って俺のことかよ!

 うがぁぁ。恥ずかしい恥ずかしい! もぞもぞするぅぅ。タマヒュンするぅぅ。


「おい、店員。なに床に転げ回ってる。早くビール持ってこいよ」

「あ、あぁ。すみません」

「ったく、使えねえローヒューマンが!」


 この世界では魔物と戦えるほどの武具錬成を魂に宿した者をハイヒューマン、そうでないものをローヒューマンと区別している。これは公には時折差別問題として提起されているが、冒険者たちハイヒューマンはローヒューマンを差別し蔑むのが日常茶飯事だ。

 

 俺はローヒューマンに区別されている。錬成紋が一輪なのがその証だ。

 この食堂の料理長はローヒューマンではないんだ。元冒険者だからな。しかも凄腕の。

 俺を顎で使う先輩料理人も、元冒険者だ。ダンジョンで深い傷を追って引退したらしい。


 とにかくだ。魔物の肉泥棒がバレたらこの店もクビになっちまうだろう。気をつけなければ。


 「ねぇ君、名前は確かカイって言ったっけ?」

 カウンターに座る小柄な少女に呼び止められる。


「ああ、そうですけど。ご注文ですか?」

「いやいや、ちょっと聞きたいことがあってだね」


 少女が座ったまま右手を掲げると、二輪の錬成紋が光る。

 

「錬成『事実の万年筆』」

 掌に現れる蛇の彫刻が巻き付いた白い万年筆。


「珍しい武具錬成ですね」

「ああ、私みたいなダンジョンジャーナリストにとっては便利なもんさ」


 ダンジョンジャーナリスト。珍しい職業だが人気である。

 ダンジョンへ出向いて、階層の構造や魔獣の生態を調べる。また、注目の冒険者パーティーの取材などもして、公国が発行するダンジョンジャーナルの記事を書く職業だ。


「昨日現れた冷笑の復讐者についてなんだけど、実はあの場に私も居たんだな」

 毛穴が開く感覚。

 少女はじっとりとした目で俺を見つめている。


「へ、へぇ。そうなんすねぇ。そいつはすげぇや。冷笑の復讐者かぁ。変な名前ですねぇ」

 大丈夫だ、フード付きローブで顔を隠してるし。バレるはずがない。

 

「【精密描写】」

 少女は錬成した万年筆で空中に絵を描き始める。

 ミノタウロスエンペラーの死骸を解体している冷笑の復讐者の姿が、立体的に描かれた。


「私のスキルはね、私が見たものを寸分狂わず描写できるんだ。どう? これが冷笑の復讐者だ」

「こ、こんな感じなんですねえ。復讐者さんってのは」

「さっき牛肉を解体していた君の姿が、冷笑の復讐者に似ていてね。何か知っているかな?」

「い、いやぁ。ちょっとわからないっすね」


 少女のじっとりした視線は、俺にこびりついて中々逸れない。

 暫くして彼女は、ふうっとため息をつく。


「まあいいか。何か思い出したら連絡をくれ給え。私はダンジョンジャーナリストのクレアだ」

 そう言うと、カウンターにビール代の銅貨を一枚置いて店を出ていった。


――――――――

(꜆꜄•ω•)꜆꜄꜆

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