稀代の大賢者は0歳児から暗躍する〜公爵家のご令息は運命に抵抗する〜

撫羽

第1話 プロローグ

「さて、揃ったか。定例会議を始めよう」


 張り詰めた空気が重みをもってし掛かってきそうな雰囲気の中、心を鷲掴みにされる様な父のバリトンボイスで会議が始まる。

 邸の一番奥の部屋。普段は施錠されていて、普通のメイドは中に入る事ができない部屋だ。

 明かり窓のような、はめ殺しの小さな窓しかなく、その窓にも今は分厚いカーテンが閉められている。

 とはいっても、外はもう陽はとっくに沈み闇がたちこめている。

 ぼんやりと照らす疎らにある街灯と、家々の窓から流れ出た光が街路を照らす中、家路を急ぐ人が速足で歩いている。昼間の賑やかな明るさも消え去り、夜の闇が静かに広がる。

 そんな時間に、集まっているのは父、母、父の側近、数名の男性、執事、母の侍女、そして少しお眠な俺、3歳だ。

 一丁前にソファーに足を伸ばしてテンと座り、コクリと体が揺れている。


「ラウ、寝るんじゃない」

「あい、とーしゃま」


 半分閉じかけている目を擦りながら、返事をする。


「ラウはもうお眠の時間なのよ。次からは、もう少し早い時間にできないかしら?」


 俺の隣に座る母が言った。そうしてくれると俺も助かる。


「この会議を真昼間にするのか?」

「だってラウがお眠だもの」

「……それは大変だ。早急に熟考すべき課題だ」


 皆、緊張の面持ちで座っているのに、良い声で呑気な事を言っている。

 俺の父、ライナス・クライネンは王弟であり公爵だ。

 癖一つないストレートのプラチナブロンドの髪が腰近くまで伸びている。

 その髪色と凍り付く様なアイスブルーの瞳で、父が城の中を行くと廊下が凍り付くとまで言われているほどだ。ついた二つ名が『氷霧公爵』

 氷の霧で周囲を氷付かせるとでも表現したかったのだろう。『霧』と『斬り』を掛けているとかなんとか。

 そんな風に言われている父。実は家では、母や俺にデレッデレの父だ。しかも本当は、凍り付かせるどころか、熱血漢だったりする。

 任務で、家を空けなければならない時はひと騒動だ。


「ああ、いくら任務とはいえ離れるのが辛いッ!」

「あなた、いい加減出掛けないと皆待っておりますわよ」

「今日もラウの可愛いが過ぎるぅ!」


 と、言いながら俺を抱っこした母に、抱きついて離れようとしない。

 焦れた父の側近である、アンジー・フェルルドに引っぺがされ首根っこを捕まれ、引き摺られて出て行くというのが恒例になっている。

 そんな時でさえ、長いプラチナブロンドをキラキラと靡かせて無駄にカッコいい。


 その父は、兄である王を補佐する役目に就いている。だが、それが普通ではない職務内容なのだ。

 所謂、国の陰ともいえる暗部を統括している。

 国の隅から隅にまで目を光らせ、情報を精査する。 また、暗躍しようとする者は摘発する。 疑わしいものは調査する。

 他国へ諜報員を送る事。逆に自国で暗躍している者を排除する。

 そんな表には出せない事を、一手に引き受けている。

 代々の王弟がその役目を担っているらしい。

 同じ王族なのに、光と影だ。弟として生まれたからといって、そんな事は嫌ではないのか? と、思うのだが父は兄の事が大好きだ。いや、王も父が大好きだ。


「兄上を陰で支えるなんて美味しい役目を、他の誰にも譲る気はない!」


 と、堂々と宣う程度には兄が好きだ。

 お互いがブラコンではないかと思うくらいに兄弟仲が良い。

 兄弟だけの時はお互いの事を『ルーにい』『ライくん』なんて呼んでいたりする。

 だから王は俺の事も『ライくんの宝物のラウちゃん』と可愛がってくれる。

 父はその大好きな兄ちゃんを、補佐する為に嬉々としてやっているのだ。また、兄である王も、誰よりも弟を信頼している。


 母はアリシア・クライネン。元侯爵令嬢だ。

 腰まである長くてフワリとした栗色の髪に、長い睫毛の奥には光の加減でゴールドにも見える、明るい栗色の瞳をしている美人さんだ。

 一見おっとりさんに見られるが、こんな仕事をしている父の正妻を立派に務めているんだ。おっとりさんの訳がない。本当は父より母の方が冷血だと俺は思っている。

 こいつは駄目だと思った時に切るのが早い。秒速だ。

 父が持って来た情報を精査し、その上でダメ出しをするのも母だ。

 でも、俺にはとても優しい母だ。


 俺、ラウルーク・クライネン。通称ラウ。

 父と同じプラチナブロンドの髪はフワフワとしていて、父程冷たくは見えないブルーゴールドの瞳をしている。

 なんといっても、今はまだキュートな3歳児だ。

 何故、たった3歳の俺がこんな会議に出席しているのかを説明しよう。

 それには俺が生後半年の時に起きた、誘拐事件まで戻らなければならない。

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