脱出と記憶の檻
私は日盛に連れられて、床下から逃げていた。いったいどうやって見つけ出したんだろう、こんな道は。
剣道場からやっと逃げ出せたときには、埃だらけで髪も制服もデロデロになっていた。多分顔だって真っ黒だ。
「ありがとう、日盛」
「別にいいけどさあ、東雲先輩。で、どうしたの?」
「……剣道部に盲信者がいるみたいで。剣道部の子を脅迫した末に、私を閉じ込めて粛正騎士を召喚しようとしたみたい」
「ありゃあ。一度ならず二度までも粛正騎士を呼び出そうとしたんだ。いよいよ持って、ヤバイのに目を付けられちゃったねえ」
「本当、最悪」
「でもさあ、それって変じゃない?」
「うん?」
日盛の疑問の意図が読めず、私はオウム返しをする。
「だってさあ、剣道部には茜先輩がいるじゃない」
「まあ、そうなんだけど」
「茜先輩だって元々神殿騎士だったのに、盲信者を見逃すことってあるのかな?」
「……そういえば、茜らしくないんだよな」
茜は生真面目だ。現世では口調こそ柔らかくなったものの、本質は私の知っているムルキベルとほぼほぼ変わらないのに。盲信者のことをそう簡単に見逃す? そもそも盲信者だってそう何度も何度も粛正騎士をここに派遣しようとする? なにかがおかしい。
そういえば。茜にかけられている呪い。あれがなんなのかの説明が付いていない。私の場合にかけられているペナルティーもだけれど、茜にもなにかしらの制約がかかっているのはわかっている。
……それのせい?
「そういえば、前世の記憶が戻ってから、日盛はなにか困ったことはない? なにかを言おうとしたら言葉にできないとか、なにかできないとか、思い出せないことがあるとかいろいろ」
「なにそれ? 前世の記憶については、まあまあ覚えてるほうだと思うけど」
「そう……なんだ」
やっぱりというべきか。
話を聞いてる限り、暁先輩、潤也先輩もそこまで前世のことで制約はかかっていないみたいなのに。なんで私と茜だけ、こんなにたくさん制約がかかっているんだ?
私はまともに煉獄についてしゃべることができない。茜もあからさまになにかを伝えたがっているのに、言葉にできない。文章にしたら文字化けするって異常だ。
そこまで考えて、茜がどうして盲信者たちを見逃してしまったのかを察してしまった。あいつ、呪いのせいで、行動にもなんらかの制限がかかってる。
……あいつは、裏切り者なんかじゃない。
「……茜は多分、私のことを助けてくれようとしていたと思う」
「えー、東雲先輩。現在進行形でドロッドロじゃん。それでも信じられるんだ?」
「まあね……我ながら信頼し過ぎとは思っているけど、理屈じゃないんだよ」
「そうだねえ、なんというか。ウエスタはずっとムルキベルに関してだけは、変なツンデレが発動してたしね」
「変なツンデレってなによ」
「ウエスタは基本的にいじめられ続けたせいで、ずっとハリネズミ状態になっていたから、オレたちと一緒のときくらいしか落ち着いてるときなんてなかったよ。でもムルキベルに関してだけは、ずっと威嚇してた」
……威嚇って。私、ずっと好きだっただけだけど。
でもそうかもしれない。なんとか言い訳して、自分の恋は叶わないものだって諦めようとしていたはず。
……そこで私は気付いた。
どのルートもバッドエンド直行で、誰ひとりとして恋愛エンドに進めなかったけれど。専用ルートに行ったはずなんだ。ムルキベルのバッドエンドだったら、ムルキベルとの好感度がないと意味がないはずなのに。そしてグラディウスのバッドエンドを回収しているはずなのに、彼に恋愛感情を持った覚えがない……。
これ、どういうことだ?
たしかに周回プレイではあったはずだけれど。記憶が全然ない。これ、なんだろう。
何度考えても答えを見出すことができず、私はただ困っていた。
「東雲先輩? ダイジョブ? いきなり黙り込んだけれど」
「……ううん、なんでもない。ただ前世でかけられた聖女フォルトゥナの呪いってなんだろうとか、なんで現世でまでしつこく粘着されているんだろうって考えただけ。記憶戻ったのだって最近なのに、どうしてここまで嫌われたんだろうってさ」
「そうだね。聖女フォルトゥナは自分は絶対に正しいって思っているから」
「まあ、そうだね」
「自分の正しさのためだったら、なにをしてもかまわないって思っているから、厄介なんだろうね」
そこなんだよなあ。
今も昔もどうしてここまで粘着されているのかわからないまま、私は肩を竦めた。
とにかくドロドロっぷりをなんとかしないといけなくて、保健室で制服着替えられないか交渉に行くことにした。
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