信者の証言

 約束した日は日曜日。日曜に礼拝があるっていうのは、この世界でも変わらないらしくて、私と日盛は礼拝前に近所のコーヒー屋で待ち合わせをし、モーニングを食べながら礼拝が終わるのを待ち伏せることにした。

 日盛はパーカーにデニム、帽子と、あまりに普通の格好だったけれど、元々この子は可愛い男の子というので年上人気の強い後輩だ。普通の格好でも異様にスタイルのよさが目立ち、私はアワアワとしていた。日盛のファンまで敵に回したくないと保身に走りそうになるものの、どのみちこの世界の聖女フォルトゥナのことを知らないといけない以上、単独で吶喊するよりも、最強戦力の日盛と一緒のほうが安心と、己を励ますことにした。

 前世のフォルトゥナ信者たちからのいじめに比べれば、教室で形見狭いほうがまだマシだと思っている辺り、私も感覚が麻痺しつつある。

 そんなことを考えている中、日盛は私を見ると、上から下までをマジマジと見た。


「東雲先輩、もうちょっと可愛い服着ててもよかったんじゃないの?」

「……待ち伏せに目立つ格好してたまりますか」


 トレーナーにキュロット。頭に帽子。あまりに普通の格好で、日盛からしてみれば駄目だったらしい。いくら前世は乙女ゲームのヒロインだからって、現世でまでヒロインぶれるか。中身はただの乙女ゲームユーザーなのに。

 私の憤慨はさておいて、私はサンドイッチセットとコーヒーを、日盛は朝からガッツリとカツサンドにビーフドリアとサラダのセットを頼み、ふたりで食べながらフォルトゥナ教会の路地を眺めていた。


「あんまりフォルトゥナ教会の礼拝って知らないけど……なにやってるの?」

「それは前世とあんまり変わらないんじゃないかな。オレも現世になってから、一度バザーの手伝いで礼拝を見ただけだけど。神官が話をして、説法をする。その中で聖女フォルトゥナの奇跡について話をする、程度のものだけれど。でも今回は聖女フォルトゥナが来日している以上、聖女フォルトゥナの奇跡を具体的に見せられるのかもしれないね」

「……私、聖女フォルトゥナの奇跡についてはほとんど覚えてないんだけど」

「じゃあ覚えてること言ってよ」

「うん……幻獣を使い魔として使役する」

「そだねえ」

「人の頭の中を覗き込む」

「あったねえ。オレたちが負けたのだって、頭の中これ以上覗き込まれないように閉心術をメルクリウスがかけてくれてたのに、それを聖女フォルトゥナに突破されたからだし」


 ああ、そっか。

 元々聖女フォルトゥナは、ウエスタが抵抗していることをわかっていたけれど、信者さえ送り出せば蹴散らせると思って放置していたんだった。でも……ウエスタが次から次へと攻略対象だった前世の世界における重要人物たちとコンタクトを取るようになったからこそ、見過ごすことができなくなったから、討伐に切り替えたんだった。

 頭の中を覗き込まれるかあ……私の頭の中にジリジリとした嫌なノイズが走る。

 私たちがかけられている呪いだって、『フォルトゥナ』のバッドエンドにおけるペナルティーのはずだけれど。それのせいで肝心なことを思い出せないのが癪だ。

 私が頭を押さえ込む中、日盛はモリモリとカツサンドを頬張っていた……朝からこれだけ大きなカツサンド、よく全部平らげられるなあ。朝からこってりし過ぎてると思うのに。

 私は卵サンドときゅうりとハムサンドを食しながら、げんなりとして彼の食べ終えていく現場を見ていたら、カツサンドを全部平らげた日盛はやっと口を開いた。


「それで、前世の聖女フォルトゥナと現世にいる聖女フォルトゥナだけれど。同一人物か全くの別人かを見極める方法だけれど、その頭を見透かされるでよくないかな?」

「……ええ? それって、信者さんたちを捕まえて聞き出せるものなの?」

「聖女フォルトゥナの信者は基本的に盲目的だからサ。多分奇跡を『奇跡』って受け取ってしまえば納得できると思うヨ」

「そっか」


 私たちからしてみれば、聖女の奇跡はRPGで言うところの固有スキルだし、『フォルトゥナ』内で私たちが使っていた能力と同等のものだけれど。この世界には『フォルトゥナ』関係者以外は能力なんて持ってないんだから、そんなこと現世の信者さんたちが知る訳もないんだよなあ。

 そうこうしている間にモーニングを食べ終え、私たちはコーヒーとときおり店主がお代わりしてくれるお冷やで粘っている間に、やっと礼拝が終わったみたいだ。ぞろぞろと信者らしき人たちが出てくる。

 スーツやアンサンブルみたいな礼装で着ている人もいれば、本当に日常着、トレーナーとパンツレベルの格好の人もいる。私たちは慌ててお金を支払うと、礼拝帰りの人たちを眺めた。


「どの人に話しかけよう?」

「そうだね。ならちゃんとした信者さんかも。礼装の人たちに当たろう」

「わかった」


 私は「すみません、お話いいですか?」と、アンサンブルを着ている上品そうなおばあさんに声をかけた。おばあさんは不思議そうな顔でこちらを見てきた。


「あら? なんでしょう?」

「すみません。私たち、高校の自由研究で、フォルトゥナ教会について調べていまして。今はちょうど聖女フォルトゥナが来日してる頃だから、お話しを聞けるんじゃないかと」

「あらあら。それならもったいないから礼拝にいらっしゃればよかったのに」


 どうも人のよさそうなおばあさんは、こちらのガバガバな説明でも納得してくれたみたいだ。少し胸は痛いものの、こちらも聖女フォルトゥナのことを知るためだ。私は尋ねた。


「ここって聖女フォルトゥナはいらっしゃったんですか?」

「ええ、ええ。聖女フォルトゥナは素晴らしい方でしたよ。説法も流麗ですし、なによりも誰に対しても悩みについて答えてくれました」


 それに私はビクリと反応を示す。

 悩み……これ自体はどの世界の神官さんたちも、信者さんに対して行っていたことだから、すぐに聖女フォルトゥナが頭の中を覗いていたとは読みにくい。


「そうなんですね。どのような悩みを解決なさったんですか?」

「そうですねえ……若い信者さんがいらっしゃったんですけど、ちょうどその方妊娠してらして。まだ彼氏さんとお話しできていなかったようなんですよ。まだお腹もぺたんこですから、傍目からでは全くわかりませんしね。その方をひと目見た途端に、聖女フォルトゥナは『すぐに恋人に話したほうがいいです。きっと祝福してくださいますよ』と伝えて。そこで妊娠が発覚したんですよ」


 これは……妊娠三ヶ月程度だったら、傍目だと全くわからないものの、もう降ろすこともできない具合だ。それを見抜くってことは、やっぱり聖女フォルトゥナは人の頭の中を読んでいるのか?

 まだまとまらない中、おばあさんは「今日は礼拝終わりですが、一度いらして。しばらくは聖女フォルトゥナも滞在予定らしいですから」と教えてくれ、優雅に去って行った。

 私は額を軽く弾いた。

 ……落ち着け。まだ私は一度すれ違っただけで、まだ聖女フォルトゥナと対峙していない。もし……彼女と直接対峙したとき、どうなるかはわからないけれど。

 まだ怖がるときじゃない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る