三度目の人生では恋をしたい
石田空
目が覚めると現実
私にはふたつの記憶がある。
ひとつ。私は普通の高校生だった。ソシャゲはスマホの容量の問題でなかなかできず、家族の余り物の据え置き機を譲り受け、お年玉で買った乙女ゲームをやる程度の、普通の高校生だった。
当時、ブラックサレナから出た『逆行のフォルトゥナ』を一生懸命プレイしていた。
はっきり言って、このゲーム。しょっちゅう問題作ばかり出すブラックサレナの中でもかなり不評なゲームで、コア層以外からは受けなかった……多分ブラックサレナは最初からそんなコア層に向けてしかゲームをつくってないとは思うけれど。
主人公の下級貴族のウエスタは、行儀見習いとして神殿に入り、聖女フォルトゥナの元で働くことになった。そこで神殿関係者の攻略対象たちと親睦を深めたり、時には神殿回りに現れる化け物……『フォルトゥナ』では幻獣と呼ばれていた……を駆逐したりして日常を謳歌していたのが前半戦。
後半戦になった途端に、話の猛毒が牙を剥く。
フォルトゥナはよりによって、聖女の身分と能力を駆使して世界を滅ぼそうとしていたのだ。それをウエスタと攻略対象たちは止めようとするものの……一周目はなにをやっても全滅してしまい、ウエスタは記憶を持ったまま、ループに突入してしまう。
つまり、このゲームは周回プレイをすることが前提な上に、誰かのルートの記憶も、別の誰かのルートに記憶を持ち越すっていう、一本道なゲームなため「他ルートの恋愛は別物!」というタイプのユーザーは皆キレた。
なによりも、『フォルトゥナ』の底意地の悪さは一本道シナリオだけでなく、バッドエンドを回収してしまったときのペナルティーだ。バッドエンドを回収した場合、覚えているはずの一部のシナリオが勝手に改竄されて記憶持ち越しができなくなる。つまり、記憶を持ち越したかったら、もう一度やり直さないといけないのだ。
『フォルトゥナ』は乙女ゲームの癖に戦闘も癖が強過ぎて難しく……ブラックサレナは別会社の戦闘系のゲームデザイナーが合流した関係で、戦闘系が男性向けゲームなりに難しくなっている……ペナルティー多数なものの、バッドエンドも含めて全シナリオ回収しなかったらトゥルーエンドに到達できない。
私は乙女ゲームをやっているとは思えないほど、攻略WIKIを駆使してトゥルーエンドを迎えたはずなんだけれど。
問題は二度目の人生だ。
その無茶苦茶難易度の高い『逆行のフォルトゥナ』のウエスタになってしまっていたんだ。
ウエスタは下級貴族な上に、戦闘能力もへっぽこ過ぎて、攻略対象たちと一緒じゃなかったら弱々幻獣一匹まともに倒せない。しかも中身は普通の高校生な訳だから、いろんなものが欠けている。選択肢や好感度が足りなかったら攻略対象たちはフォルトゥナの意向に逆らうことなく、逆に敵が増えるというのがこのゲーム。
私は無限ループに突入してしまっても、バッドエンドを回避することができず、それどころか全キャラのバッドエンドを回収して、記憶が途切れてしまったんだ。
……世界、終わったじゃん。
そう思っていたところで、今の私である。
普通の高校生は一度目の人生のときと同じく。でも制服は気のせいか、一度目の冴えないブレザーとは違い、今の学校の制服はリボンタイが可愛い上に、ジャケットもスカートもパリッとしていて高級感がある。
普通の高校生に転生できたんだ……バッドエンド塗れのあの世界、どうなったんだろう。そう思ったのも束の間、私は口を開けていた。
『女神フォルトゥナの不都合な真実』
私からしてみれば、どこからどう見ても聖女フォルトゥナが女神のようにあがめ奉られている本が、棚にこんもりと積まれていたのである。
「あれぇ、まりな、フォルトゥナ神話に興味あったっけ?」
「へっ? ふぉるとぅなしんわ……?」
私が茫然と積まれた本を眺めていると、現世の友達であるみはるがひょっこりと覗き込んできたのだ。情報通であり、私のオーソドックスな制服の着こなしに対して、みはるは制服をわざとひと回り小さいものを選んで、体のスタイルのよさを露わにしている。
みはるは頷いた。
「うん、新進気鋭の小説家が発表した、シェアワールド小説だよ」
「シェアワールドって……たしかクトゥルフ神話みたいな奴だっけ?」
「そうそう。ひとつの設定を、いろんな作家さんが書いている奴だよね。フォルトゥナ神話もそのひとつ。女神フォルトゥナの栄光は今にも響いているって奴だよ」
「ええ……その名前ってそのまんま使って大丈夫な奴? ローマ神話のもじりばっかりなのに」
そう、『逆行のフォルトゥナ』の登場人物は、ほぼ全員ローマ神話に登場する神様の名前のもじりだ。戦闘能力や生い立ちだって、ローマ神話を下敷きにして膨らませているのは、『逆行のフォルトゥナ』の攻略WIKIを読んでいたら理解できるはずなんだけれど。
でも私の言葉に、みはるはキョトンとした。
「へっ? ろーましんわ……ってなに?」
「へっ?」
待って。多分世界で一番有名な神話だと思うけど、それを知らないってなんで。私が口をパクパクさせている中、みはるは続けた。
「フォルトゥナ神話はたしかにシェアワールドだけど……大昔の神話を土台にしてつくられている世界観だから、そこまで難しくはないと思うけど……」
「えっ……フォルトゥナ神話って、神話なの?」
「どうしたのまりな。歴史の授業で習ったでしょ。女神フォルトゥナは神殿を建て直したことで、世界に様々な恩恵があったって話」
「えっ」
頭が痛くなってきた。
つまりなにか。この世界は私の一度目の人生と同じく、現代だと思っていたのに。ここは『逆行のフォルトゥナ』で起こった出来事が全部史実として起こりえた世界だっていうのか。それだったら、この世界にローマ神話がないのも説明がつくし。
……でも。つまりは。
この世界、フォルトゥナのせいで一度滅んでなんとかなった世界だっていうの?
頭が痛くなってきた。
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