生き廻らふ

靉靆 羽根十

第1章 光

 あなたは死んだらどこに行くのですか?

 死後の世界を信じている?来世では誰になりますか?

 男性ですか?女性?それとも動物?

 その答えを見つけることはできないかもしれない。

 もしかしたら、実際には死んだら魂は失われ、残るのは灰だけで。

 あるいは、あなたの脳はもうどんな神経活動もできず。もしかしたら、ただ眠り続けるだけとなり、それが永遠にずっと続くのかもしれない。

 今抱いている感覚は、今まで見たどんな夢よりもリアルだ。これはどこの誰にでも起こることかもしれないけれど、ただまだ気づいていないだけ……


――ライトが目を覚まし、バスルームで身だしなみを整える。リビングルームに戻ってテレビをつけ、DVDラックから『XーMEN』を取り出して再生する。


 現実にはどんな超能力も持てないことはわかっている。

 スーパーヒーロー映画のように、炎を投げたり、金属を操ったり、突然変異した腕を持ったりすることはできない。ただ、力を手に入れたら、何か世のためなる使い方をするだろうと想像することはできた。だが、僕は普通の人間だ。

 いずれにせよ、あの日から僕の運命は変わってしまった。何か釈然としないものがあって、自分にこんなことが起こるなんて信じられなかった。

 それは十年前に始まった。

 考えてみれば、僕が生まれ変わるのは今回で四十六回目だ。

 猫には九つの命があると言われているが、僕は猫よりもはるかに優れていると言えるだろうが。もちろん、生まれ変わるためには死なねばならない。

 つまり、僕はすでに四十五回死んでいることになる。体がなくなって、また見知らぬ誰かの体に移り替わる。

 唯一、思い出すことができるのは、前世での自分の顔、出会った人々、色々な出来事。だが、僕の彼女である由依ユイを含めて、人々が覚えているのは、十年前に私が殺された日のことだけ……


**********

――霧雨が降っている。映画館の裏口から出てきたライト由依ユイは、公園の遊歩道を歩いて帰る途中だった。黒い服を着た覆面の二人組がナイフを持って襲いかかる。


一人は由依ユイを背後から捕まえ、もう一人がライトの膝を蹴りをいれ、すかさず彼の首にナイフを当てがう。選択肢のないライトは、彼らの要求に従うしかなかった。貴重品を一つ一つ渡していく。


強盗はその場から逃走しようとするが、男が由依ユイにつまずき倒れ、男の身体にナイフが刺さってしまう。もう一人はライト由依ユイが反撃しているのかと思い、ナイフで由依ユイに襲いかかる。


ライトはそれに立ち向かい、ナイフを奪うことに成功したが、先ほど怪我をした男が戻ってきて、ライトの背中に二度、三度と刃を突き刺した。


由依ユイが大声で叫んだ。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――」

強盗らは周囲を警戒し、追いつかれまいと足早に立ち去って行った。


ライトが深い傷を負い、地面に倒れる。由依ユイは彼を抱きしめた。ライトは徐々に意識が薄れていき、最後には気を失った……


**********

――目を覚ますとライトはモーテルのベッドで寝ていた。ふと隣に目をやると由依ユイではない全裸の女性が眠っている。


ライトはショックを受け、ベッドから立ち上がる。

「ここはどこだ?彼女は誰だ?」


バスルームの鏡に向かって歩き、ライトの外見と体が全く別人のものであることに気づく。まったく身に覚えのない顔だ。彼はショックを受け、自分が目の当たりにしていることを理解することができない。


ライトは自分の顔を触って、パニックになる。

「これが僕?こんなの僕じゃない⁉どうなっているんだ?誰なんだ?」


誰かがドアをノックする音。

「 警察だ!今すぐドアを開けろ!」


ライトは本能的に横からタオルを掴む。警察が突入し、ライトは逮捕された。ライトは、隣で寝ていた女性を殺した殺人容疑者として起訴されるという。ライトは何も知らないと説明するが、警察には彼を有罪だと証明するすべての証拠がある――


**********

事件は数週間後に迫っており、ライトは釈放されない。これまでの捜査の結果、ライトは無実を証明できず、刑務所での終身刑を宣告された。


囚人服を着てるライトが独房に入る時、刑務官が噂話をしている。

「さっきの法廷に出席したか?殺人の罪で起訴されたやつがあんな無実の顔で座っているのを見たことがない。まるでドラマのようだな」


頑丈に溶接された金属製の独房の中。ライトは、囚人用ベッドの硬い面に横たわって、考え込んでいる。一体何が起こっているのか、まだ状況を理解できないでいる。すると突然、由依ユイと一緒に公園を歩いていた時の記憶がふっと浮かび、悲しみがこみ上げてきて、涙が止まらなくなった。


 ただもう一度彼女に会いたい。僕は、今この体にいる。この身に起きてることをどうやったら彼女に知ってもらえるだろうか……


ライトは顔を覆って泣きじゃくる。


**********

刑務官がライトを夕食に呼び出した。食堂では皆が静かに食事をしている。


ライトは食欲がなく、自分のトレイを見つめている。その時、テーブルを挟んで座っている男からちらっと視線を感じる。


緊張した眼差しから、彼は自分のことを知っている様が伝わる。夕食が終わると、男はライトのところに来て、カスタムナイフでライトの手を刺す。ライトは悲鳴を上げるが、他の囚人たちはわざとらしく混乱に陥っているかのように振舞い、何が起きているのかを隠そうとする。そこに刑務官が現れ、ライトは医務室に送り込まれた――



 刑務所での最初の夜、僕は夢の中ではないことに気づき始めた。手を刺されたあの痛みは、殺された夜に刺された痛みと同じだった。

 でも、もし選べるなら、背中を何度ナイフで刺されても、由依ユイの腕の中で死にたい。あの牢屋の中よりはマシだから。

 結局あの刑務所には、二年三ヶ月しかいなかった。囚人たちが何度も脱走を試み、刑務所内で暴動を起こしたため、警察はついに援軍を送り込み、力ずくで刑務所を排除したのだ。

 僕はこの事件で流れ弾に当たって死んだが、幸いなことに、もうこの刑務所にいなくてよかった。僕が刑務所で唯一覚えていることといえば、人々が僕を203056という囚人番号で呼ぶことだった。当時の僕の身分を尋ねられたら、それが答えだった。

 銃弾に撃たれる痛みは、ナイフで刺されるよりもゆっくりやってきた。もちろん、僕はすぐに死んだ。


**********

――ライトは手のひらについた血を見ている。目を開けた瞬間、自分が段ボール紙に囲まれ、使い古された汚いベッドシーツで寝ていることに気づく。ライトは鏡を探そうとするが、周りにはゴミとゴミの箱しかない。


誰かがレストランの裏の勝手口からゴミを捨てていく。ライトは裏路地から大通りに出るが、人々は嫌な顔をして遠ざかっていく。店の窓にたどり着くと、そこには自分がホームレスになった姿が映っていた。

「あーもう、なんでいいことが一つも起こらないんだ?」


ライトが何かを持っているが何もない状態。シェルターすらなく、空腹を感じる。自分の持ち場に戻ると、別のホームレスが彼から全てを奪おうとしているのが見えた。


ライトはその男と対峙するも、躊躇なくなぎ倒された。アドレナリンが頭の中を駆け巡り、その男から全てを奪い返そうとする。


一方では、レストランの従業員が生ゴミを捨てていた。しかし、もう一人のホームレスの方が経験豊富で、すべての食べ物を自分のズボンに押し込んでいた。ライトには勝ち目がなく、この男の周りには死角すら見つけることはできなかった。


怒り、悔しさがライトの心の中に湧きだす。その時、別のレストランの誰かが、また生ゴミの袋を投げる。綺麗に包装されたハンバーガーを見つけ、空腹を解決できると思った。


しかし、また別のホームレスが駆けつけ、ライトからハンバーガーを取り上げ、すぐに食べてしまった。ライトは拳を強く握っている。人を殺したいと思ったのは初めてだが、その力はない。


「ああ‼」

極度の疲労のため、ほとんど悲鳴を上げられないライト


最後に叫んだことで息も絶え絶えに、地面に倒れ伏してしまった。


雨が降り出し、ライトは徐々に目が見えなくなり、最終的にはゴミの山に登ることしかできなくなってしまった。残っているのはハンバーガーの香りのする包装紙だけ。ライトは一口食べて、見続けて、食べられそうなものを掴む。


空腹を満たすためだけに、味もわからないまま、また一口と食べる。突然、胸が焼けるような痛みに襲われ、朦朧とした意識から目が覚めた。


自分が食べていたものが、毒殺されたネズミの死骸であることに気がつく。ライトは窒息し、同時に野良犬どもがやってきて、自分自身が食物連鎖の底辺にいることを知る……



 そんな感じで、死んで生まれ変わるという無限ループのようなものだ。僕の身分は、新しい身体とともに変化していく。ただ一つ気になるのは、誰に生まれ変わっても、その人は常に死の淵にいて、この決まりは変わらないということだ。

 ひどい生まれ変わりの経験の中で、最も記憶に残るのは二十九回目の生まれ変わりだろう……


**********

 二十九回目の生まれ変わりで、僕は銀行の窓口係だった。その人が莫大な借金があったため、自殺未遂で過剰摂取した。しかし、彼は毒免疫体のため、おかげで死ななかった。

 退院する日の前に、ある女の子がお見舞いに来てくれたが、その体から記憶を引き出せなかったのが残念だった。

 彼女は過剰摂取による副作用だと思ったようだ。僕はこの新たな自分に付き合うしかなかった。

 その子の名は海音カイネ。彼女はモデルで、この体の元の持ち主のガールフレンドでもある。ああ、やっと神様が良いお返しをしてくれた、と思わずにはいられなかった。

 僕とずっと目を合わせないようにしていたため、この子はかなり秘密を抱えているように見えた。僕もあまりしゃべらず、ずっと静かに座ってたが、彼女が突然飛びついて泣き出した。


海音カイネは涙を流しながら言った。

「本当にごめんなさい……」


 つまり、彼女の彼氏であるこの体の元持ち主が、彼女のために借金を肩代わりしたという話だった。借金取りから逃れるために、彼は自殺を選んだ。彼は、彼女のことを本当に愛していたのだろう。


**********

――満天の星空の下、ライト由依ユイが駐車場の屋根に座って星空を見上げていた記憶。由依ユイライトを強く抱きしめている。


由依ユイが星を指さす。

「私をあの星に連れて行ってくれるの?」


ライト由依ユイの長い髪を撫でながら、星空を見て微笑む。



 あの日あのとき、由依ユイと毎日こんな日々が続くのなら、それだけで十分だった……



――記憶が終わり、ライトの語りが続く。


 退院してから三ヶ月後、僕は海音カイネを見かけなくなった。彼女の友人の話では、債務者と暴力団に居場所を知られて拉致されたらしい。

 入院していた間、彼女が僕の面倒を見てくれていたことを思うと、もし彼女がこの彼氏のことをまったく気にかけていないのなら、『記憶喪失』になっているのだから、永久に別れることもできたはずだ。

 このことから、彼女は気にかけていて、彼のために埋め合わせをしようとしていたことがわかった。

 この子がこの出来事から学び、自分を変えることができれば、彼女はやり直すことができる。もう一度やり直すチャンスがある。この子を暴力団の道具にさせるわけにはいかない。



――ライトはある工業用ビルにいる暴力団についての情報を集めた。

「もう手遅れかもしれないが、なんとかしなければ」


ライトは二階に上がり、建設廃棄物処理場からパイプを取ってくる。


彼はある暴力団員から声を聞いた。

「とても簡単なことだ。金で借金を返すか、自分の体で返すかだ」


それを聞いたライトは怒りに震える。

「人間のクズが。なぜ借金返済の解決策が体を使うことだけなんだ」


ドアを開けたライトの蹴り。 裸になった海音カイネが見え、彼女の手が締め付けられる。


海音カイネは息が荒い。

ツヨシくん……」


海音カイネライトのこの体の所有者に電話をかけているが、彼女は希望に満ちた目でライトを見つめ、同時に自分のことは諦めろとでも言うように首を振っている。


この時、ライトはかつてのように、由依ユイを失ったような気持ちになった。ライトはパイプを持ち、暴力団へと向かう。暴力団員らはライトを止めようとするが、ライトはパイプを情け容赦なく振り回し、なんとかそれをかわす。


そして、組長が海音カイネの頭に銃を向ける。

「もうよい。どうしてもと言うなら、先にこいつの死を見届けるがよい」


海音カイネは屈服している。

ツヨシくん……もうわたしの事なんて忘れて、お願い。私はあなたにふさわしくなんてない」


海音カイネライトに、暴力団員らへの挑戦を諦めるように言った。ライトが組長の頭に狙いを定め、パイプを投げる。誰かが背後からライトを撃ち、大きな銃声が響く。パイプは組長の銃を貫通し、組長の頭からわずかに離れたシートの上に当たった。


組長はショックで立ちすくんだ。ライトは彼らを殺すつもりはなく、ただ警告しようとしただけだった。笑みを浮かべるライトが、撃たれたことに気づく。膝をついたライト海音カイネが駆け寄り、前世の由依ユイのようにライトを抱きしめる。


海音カイネは泣きじゃくる。

「なぜあなたがこんなことしなきゃならないの……私がいない方がもっといい人生を送れたはずなのに……」


海音カイネライトに話しかけ続けるが、ライトにはもう何も聞こえない。その時謎の男が海音カイネを連れ去った――



 これが僕の宿命なのかもしれない。自分の命で他の人たちを救うことはできても、自分自身を救うことはできない。悲劇的なのは、死んでもこの世から出られないことだ。魂は常に別の体に移り替わる。

 あの日僕は神様に、もし誰にもできない力を持つことができるなら、その力を何か良いことをするために使わなければならないと尋ねた。神様はその愚かな質問に答えてくださった。僕もまた、この特別な力を持つという願いを果たさなければならない。


**********

 僕は自分のことをヒーローとは呼ばないが、誰かの命を救うことでかなりの数の英雄的なことをした。最も誇りに思っているのは、消防士として生まれ変わったことだ。

 なぜ消防士に生まれ変わったのか、詳しくは書きないが、洪水で家の屋根に取り残されていた少女を救うことが使命だった。僕はその少女を助けたが、流れが強くなりすぎて流されてしまった。

 目が覚めたときには、すでに別の人間に生まれ変わっていた。しかしその直後、テレビでその事件と、少女のために命を捧げた消防士のニュースを見た。

 生まれ変わったラグがあるため、完全には意識していなかったが、他の人たちを救うという考えが僕を良い気分にさせると知って、わずかに興奮した。

 自分の運命を変えられなくとも、せめてこの微かながら持つ力を使って、人々に良い行為と認めてもらう。

 これらすべての経験から、生まれ変わる力を持つことの重さを僕に認識させた。そんな力を持っていることなど、他の誰にもわからないと思っていた。

 そう彼に出会うまでは……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る