神差使の刻(かむさしのとき)

宮代 侑

序章

 奥深い部屋の中央に、一つの巻物が広げられていた。


 周囲には灯火がいくつも揺れ、壁には古めかしい書物や道具が整然と並べられている。


 どこかしっとりとした静寂が満ち、長い年月が蓄積された場所特有の、乾いた紙と墨の香りがほのかに漂っていた。


 巻物の上に刻まれているのは、無数の星。


 すべて黒々とした墨で描かれ、一見するとただの天体図のようにも見える。


 ある星は孤立し、ある星は幾筋もの線で結ばれ、幾何学的な模様を形作っている。


 それは単なる星図ではなく、何かを示すために意図された配置のようでもあった。


 静寂が支配するその空間の中で、ただ淡々と広がる星の群れ。


 しかし――。


「来る」


 低く響く声が空間に落ちる。


「遠きことわりより、さだめを背負いし者が……」


 その瞬間、何かが変わった。


 微かな光が巻物の表面を流れるように走る。

 描かれていたはずの星々が、まるで命を吹き込まれたかのように淡く輝きを帯びた。


 最初はわずかに、ほんの微細びさいな変化。

 しかし、それは確かにこの静寂の中で脈打つように鼓動する。


 ふと、一つの星がわずかに滲んだかと思うと、すうっと動き出した。


 墨の線がゆるやかに形を変え、重力から解き放たれたように静かに軌道を描く。


 次の瞬間、別の星もそれに呼応するかのように、僅かに震えながら流れ始めた。

 

 最初は緩やかだった動きが、次第に整然とした軌道を示し始める。


 巻物の前に佇む影が、ゆっくりと目を細めた。


「……動いたか」


 声は小さく、けれど確信に満ちていた。


 やがて、星々はある一つの形を描き出す。


 それは、遠い未来の兆し――運命の導きを示すものだった。

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