悪役令嬢は不思議なもふもふに癒されると幸せが舞い込んだ
鳥助
1.悪役令嬢
「こんなところで何をなさっておりますの!」
キッと睨みつけて、声を張り上げた。目の前にいる男女が寄り添い合っているのを見て、黙ってなどいられなかった。二人は慌てたように離れるが、見過ごせる訳がない。
「これは、イリナが転んだところを受け止めただけだ。決してやましい事はない」
男爵令嬢のイリナを守ろうと、第二王子のシリルが前に出る。まるで、私を敵を見るような目で睨んで来た。なんで、私が睨まれなければいけないのか意味が分からなかった。咎められるのはイリナの方なのに!
すると、シリルの前にイリナが出てくる。
「シリルが受け止めてくれたお陰で転ばなかったの。だから、シリルを責めるのはやめて」
「イリナ……」
なんと、イリナは自分をかばってくれたシリルをかばっているようだ。その事に、後ろにいるシリルは感動しているようにも見える。
なんなの、これは。どうして二人がお互いを守っているの。どうして私がそんなことを言われなきゃいけないの。意味の分からない態度をする二人をを前に段々と怒りがこみ上げてきて、手に持った扇を強く握りしめた。
「シリル様の婚約者は私よ! 婚約者でもないあなたはシリル様の傍には相応しくない! 私は侯爵令嬢よ! 私こそ第二王子のシリル様にふさわしい! さっさとそこをどけなさい!」
「この学園は貴族の階級も約束された将来も関係ないわ! だから、気になった人と交流するのは許されている」
「黙りなさい! 本当にそう思っていますの? 学園にはしっかりとした規律があります! それを破るなんて、あなたの行為は退学処分に相応しい行いよ!」
怒りのまま言葉を投げかけるが、イリナには全く効かない。それどころか反抗してくる気概さえ見せてきた。それが余計に怒りの火に油を注ぐ。私の怒りはどんどん膨れていって、扇で叩き倒したいという考えが浮かんでは消える。
睨み合う、私とイリナ。しかし、その視線が遮られた。私たちの間にシリル様が割って入ったからだ。
「イリナに怒るのは止めろ。学園の規律は貴族階級関係なく生徒同士の関係を自由に築くと書いてある。だから、イリナは間違いを言っている訳ではない」
「そ、それはそうですが! 周りをご覧になって、貴族の階級を気にしない生徒はいませんわ! 皆さん、貴族の階級を気にして接しております。その空気を壊すイリナは異端ですわ!」
「くどいぞ! それに、ルイーズと私は婚約者同士ではない。あくまで婚約者候補だったはずだ。婚約者面をして正直こちらは迷惑をしているんだ。いい加減、現実を見ろ」
「婚約者候補は私しかおりませんわ! だとしたら、実質私が婚約者じゃありませんか! もっと、私に構ってくださいませ! なんで、よりにもよってそんな男爵令嬢なんかをっ……」
婚約者候補だけど、候補は私しかいない。シリル様は第二王子、私は侯爵令嬢……貴族の階級からみるととても近しい間柄だ。
だから、私がシリル様に一番近い女性だ。一番親しくないとおかしい関係性じゃないか。なのに、シリル様はそんな私をほっといて庶子の男爵令嬢ばかり侍らせる。
それがとても悔しい。私には距離を置くのに、イリナを常に傍に置きたがる。そんな野暮ったい女に私が負けるなんて、ありえない!
もう一度、イリナを睨みつけるがイリナは負けじと睨んでくる。
「もういい、ルイーズは下がれ。貴様がいると、話がややこしくなる。とにかく、俺たちはやましいことはしていない。そういうことだ」
「いいえ、絶対にやましい事ですわ! イリナが無理やり抱き着いたに決まってます! シリル様もそんな女の近くにいたら、品位が下がってしまいます。私の傍にいてくださいまし!」
「うるさい! 俺が誰と一緒にいるかは自分で決める」
「シリル様!」
なんてこと……シリル様が怒ってイリナとどこかに行ってしまった。どうしてこうなったの? 何が悪かったの? シリル様の隣には私が相応しいというのに……どうして野暮ったい男爵令嬢をなんか!
悔しくて、悔しくて堪らない。私の方が綺麗で美しい、貴族の階級だって高い、淑女としての礼儀作法は完璧。女の中で圧倒的に上の存在なのに、私は選ばれた女なのに……なのに!
手に持った扇を両手で握って力を籠める。すると、扇は音を立てて真っ二つに割れた。でも、こんなんじゃ気が済まない。私の中で怒りが増幅し続けて、冷静じゃいられなかった。
そして、身をひるがえしてその場から立ち去る。
◇
苛立ちながら学園の廊下を歩く。どうやってシリル様からイリナを引き剥がそうか、その案を考えるがいい案は思い浮かばない。それが余計に苛立ちを募らせる。
俯きながら歩いていると、近くから男子生徒の笑い声が聞こえてきた。それが段々と近づいているような……。気になって顔を上げてみた、その時!
ドンッ!
体に衝撃が走り、尻もちをついてしまった。
「いたっ……な、なんですのっ!?」
「あ、ごめんごめ……あっ」
「……やべっ」
顔を上げると、男子生徒たちはこっちを見て罰の悪い顔をした。そして、オロオロしていつまでも手を差し伸べてくれない。普通はすぐに手を差し伸べるところでしょう! これだから、低位の貴族は!
苛立ちながら一人で立ち上がると、その男子生徒たちを睨みつける。
「ピエール・バルミー男爵子息、ローラン・ギャバン男爵子息。淑女に体を当てながら謝りもしない、手を差し伸べない……紳士らしからぬ態度は目に余りますわよ!」
「えっ、あっ……も、申し訳ありません」
「もも、申し訳ございません! えっと……ルイーゼ侯爵令嬢」
「ルイーズですわ!」
私は名前と貴族の階級を覚えているというのに、この男爵子息たちはっ……これだから低位の貴族はなってませんわ! この侯爵令嬢をぞんざいに扱った報いを受けるべきですわ!
「この愚行、見過ごせません。子のしつけは親の責任……あなたたちの両親にその責任を取ってもらいます!」
「そ、そんなっ! 両親は何も悪くありません! どうか、ご容赦を!」
「罰を与えるなら、俺たちにしてください!」
「ふん、身内の痛みを身をもって知る事ね。自分たちがどんな愚行をしたのか、悔やみなさい!」
「そ、そんな……ひどい」
「どうか、お考え直しください!」
二人の男爵子息が縋ってきたが無視した。すると、二人が私の手を掴んで軽く引っ張ってきた。許しも得ずに淑女に触るだけじゃなくて、引っ張るなど……!
その手を強引に振りほどくと、早足でその場を立ち去った。背後から男爵子息たちが叫ぶ声が聞こえるが、いい気味だ。手を引っ張ったことも付け加えてあげましょう。身の程を知るといいですわ!
◇
教室に戻ると、あっという間に取り巻きに囲まれる。私の取り巻きだけあって、礼儀は正しいし、口調はしっかりしているし……安心する。私の教育の賜物ね。
だけど、油断はしないわ。少しの失敗も許さない。侯爵令嬢の取り巻きなんだから、完璧でなくちゃいけない。だから、常に緊張感があるようにしなくては。どんな些細な失敗も見逃さないわ。
少し気が紛れて落ち着いた時、教室はざわついた。ふと、視線を上げるとシリル様とイリナが一緒に教室に戻ってきた。みんな、私を差し置いてイリナと一緒にいるシリル様に驚いているみたいだ。
折角落ち着いた怒りが、その光景を見てまたこみ上げてくる。先にあの場を去ったのに、私より遅れてやってくるとは……一体どこで何をしていたのか? それを考えると色んな妄想が浮かんでは消えていく。
だが、それで終わりじゃない。二人は自分たちの席に座る。シリル様が前でイリナが後ろだ。そして、シリルは周りのことを気にせずに振り返り、楽しそうにイリナとお喋りを始めた。
そんな二人を見て一部の生徒は黙り込み、一部の生徒はチラチラと見て騒めき立つ。そして、その視線は私にも注がれる。それが煩わしくて、さらに苛立ちが大きくなる。
なんで、侯爵令嬢の私が好奇な視線にさらされなければいけないのか……意味が分からない。私は一番高位の令嬢で、誰からも敬われるような存在。なのに……なのにっ……!
「高貴でお美しいルイーゼ様を差し置いてあんな野暮ったい令嬢と一緒にいるなんて……シリル様は見る目があるわー。あんな高慢ちきな令嬢よりも笑顔が可愛い子を選ぶわよねー」
明らかに私を貶す声が聞こえてきた。それにくすくすとした笑い声も続いている。この私が……こんな扱いをされるなんてありえませんわ。何かの間違いです! だって、私は侯爵令嬢!
取り巻きが何か言っているけれど、私の耳には届かない。フツフツと沸き上がる怒りでどうにかなってしまいそうだ。原因は二つある。みんなの前で仲が良さそうに振る舞うシリル様とイリナ、私を貶したエレーヌ・ルデュク伯爵令嬢。
私の怒りはまずエレーヌに向いた。
「その言葉、撤回してください。人前で私を貶す意味をお分かりですか?」
「そんな……貶すだなんて恐れ多いですわ。私はただ袖にされているルイーゼ様が御可哀想に思っていて……」
「何が可哀想ですか! 周りにいた人と一緒に笑っていたじゃないですか!」
私が怒鳴り声を上げると、エレーヌたちは気まずそうな表情をした。まるで、先ほどの行為を見ていなかったとでも思っているようだ。ひそひそ話をしている訳じゃなかったのだから、聞こえるのは当たり前ですわ。
「公然の場で私を貶した事、許しがたい行為ですわ。その報いはしっかりと受けていただきます」
「そんな……ただの世間話ではないですか。こんなことを気にするなんて……」
「あんな事を言われて傷つかないとでも思っているのですか? 想像力に欠ける人ですね。とにかく、あなたたちの家には相応な報いを受けると思っていらして」
「なんてことをっ……! 家は関係ありません。罰を与えるなら私にっ」
侯爵令嬢の私を公然の場で貶した罪、家に償ってもらいますわ。エレーヌたちが縋ってきましたけど、今更自分のしでかした事の重大さに気づいても遅いですわ。
恐怖におののくエレーヌたちを置いて、私は取り巻きを連れて自分の席に移動する。その時、シリル様の方をちらっと見ると、私を見ていた。怒りに満ちた目を向けて。
どうして私がそんな目で見られなくてはいけませんの? 悪いのは私を貶したエレーヌたちだというのに……私が悪いような目で見られるのは納得がいきませんわ!
何もかも上手くいきません。シリル様もイリナも他の生徒たちとも……。どうして、こうなったんですの? 悪いのは私ではないというのに……どうすれば良かったんですの?
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