第46話


 あいかわらず、気持ちの悪い場所。


 香宮たかのみやは、深々とため息をついた。


 宮中に用意された、香宮たかのみやのための局は、兵部卿宮ひょうぶきょうのみやの三条邸や、輝貴てるたかの東二条邸よりも豪奢な設えだ。


 でも、決して居心地がいいとは言えない。


 それなのに、香宮たかのみやは内裏へと帰ってきた。


 主上おかみの招きに応じて、添え伏になりたくない。


 もちろん、左大臣ひだりのおとどが幅をきかせる宮中にも住みたくなかった。


 だが、怪異の中心に内裏があるのならば、ふたたび宮中に行かねば、原因はつかめないだろう……そう結論に達した香宮たかのみや輝貴てるたかだが、上手く潜りこむ口実が見つからない。


 香宮たかのみやがいかに主上おかみの姉宮とはいえ、内裏はそうそう気やすく出入りできる場所でもないのだ。


 やれ陰陽の占いがとか、段取りがとか、とにかく仰々しくなりがちだった。


 しかし、宮中には四季折々の行事がある。


 機会は待っていれば、巡ってくるはずだった。


 それに、主上おかみはもともと、自分の姉妹を宮中にとどめておきたいと考えている。


 だから、行事さえあれば、香宮たかのみや明宮あけのみやを宮中に招くだろうということは、目に見えていた。


 さすがに内大臣うちのおとども、香宮たかのみや輝貴てるたかのもとに引き取られてからは、夜這いをかける素振りもない。


 現在のところ、東二条邸に直接求婚しに来ることもなかった。


 輝貴てるたかも、香宮たかのみやの後見人として、きちんと役目を果たしてくれる。


 香宮たかのみや自身にはまるで興味がないようで、香宮たかのみやのいる東の対に顔すら見せず、支石しいしにも「まったく宮さまへの下心がないんでしょうかねえ……」なんて言われている。


 おかげで変人呼ばわりだが、単に輝貴てるたかは律儀なだけだと、香宮たかのみやも今は理解している。


 ちょっと前なら、まあ禁色の恋に生きる人だしね……で、終わったかもしれないが。


 引っ越してきたあとも、明宮あけのみやとは文のやりとりをしているが、兵部卿宮ひょうぶきょうのみやも今のところは内大臣うちのおとどをかわせているようだ。


 これで、内大臣うちのおとどとの結婚についてはひとまず片付いたと思っていた矢先、待ち構えていた宮中からの招待状が届いた。


 庚申待こうしんまちの日がちょうど名月になるということで、宮中でいつもより盛大に宴を催すのだという。


 庚申待こうしんまちは、誰も眠ってはならないお祭りだ。


 眠らないために、一晩中馬鹿騒ぎをすることが許される。


 なかば無礼講と言ってもいい。


 つまり、宮中をうろついても、まず見咎められないのだ。


 香宮たかのみやにとっても、輝貴てるたかにとっても都合のいいことだ。


 香宮たかのみやはもちろん、宴への招待を受けた。





 ただ問題は、宮中の空気は相変わらず不浄で、むっとするような濁った感じがしていることだ。


 とてもへんな匂いが、立ちこめている。


 この間より悪くなってるじゃないの。


 脇息きょうそくにもたれかかったまま、香宮たかのみやは深々とため息をつく。


 野山に出て山菜とりをしていたくらいだし、綺麗にしたくても手元不如意でどうしようもないあばらやに住んでいただけあって、香宮たかのみやはそれほど潔癖症なわけではない。


 それでも、今の宮中の空気は耐えがたかった。


「宮さま、大丈夫ですか?」


 傍らの支石しいしは、不安げな表情をしている。


「大丈夫じゃないわ」


 うんざりしたように、香宮たかのみやは言う。


 大丈夫ではないのだが、こらえるしかない。


「お薬湯をお持ちしましょうか」


「いらないわ。

 どうせ効かない」


 はあ、と香宮たかのみやはため息をつく。



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