第40話


 主上おかみの許可はもらっているし、妻としてではなく被後見人として輝貴てるたかの東二条邸に移るなら、四方八方角は立たない。


 香宮たかのみやはそう考えていたが、間近に敵はいた。


「わたくしは、絶対的に反対です」


 明宮あけのみやは、切れ長のなまじりをつり上げている。


「後見人と言いながら、きっと身寄りのない姉宮さまを好き放題するつもりです。

 だって、荒左近あらさこんと呼ばれる人ですもの。

 どんな乱暴な真似をするかわかったものですか!」


「……いや、それはたしかにそうだけど、荒左近あらさこんと言われるだけあって、不躾でも裏表がない性格だよと思うよ?

 ええっと、ああいうのは東夷風っていうの?」


 詰め寄ってくる明宮あけのみやに戦いて、脇息きょうそくを思わず鷲づかみにしながら、香宮たかのみやな言う。


「姉宮さまはお人が良すぎます!

 いきなりこんなことを言いだすなんて……。

 主上おかみ主上おかみです。

 添え伏として後宮に入れと言いながら、どうして姉宮さまを殿方のもとに預ける気になったのでしょう」


「それは、後見人だからよ」


「紫の上の試しもあるではありませんか。

 後見人と言いながら、油断したところをぱっくりですよ。

 ぱっくり!」


「ぱっくりって……。

 あのね、明宮あけのみや

 あなた、案外俗な言い方するのね……」


 ほとほと困り果てて、香宮たかのみやは眉根を寄せる。


 いくら腹違いの妹とはいえ、明宮あけのみやの好意に甘えるのは心苦しい。


 邸の主である兵部卿宮ひょうぶきょうのみやが、好きこのんで香宮たかのみやを引き取ったわけではないのだと、わかってもいる。


 それに、この邸にいると、一挙両得とばかりに内大臣うちのおとどが押しかけてくる。


 兵部卿宮ひょうぶきょうのみや内大臣うちのおとど相手に、いつ折れないともわからない。


 それは重々わかっているだろうに、明宮あけのみやは駄々をこねている。


 香宮たかのみやに、どうかここにいてほしい、と。


 先の帝の皇女は、二人だけだ。


 とはいえ腹違いだし、二人はそれぞれ母の里で育っており、これまで深いつきあいがあったわけではない。


 ここまで懐かれているとは、思わなかった。


 いやもう、ちょっとびっくりよね。


 どうしてこうなった。


 香宮たかのみやは、首を傾げる。


 異母妹とはいえ、人の心というのは理解しがたい。


「大丈夫よ、明宮あけのみや

 左近少将さこんのしょうしょう主上おかみの内意を受けているのだから、無体なことはできないわよ。

 いくら荒左近あらさこんとはいえ、主上おかみの許しも得ずに前斎宮いつきのみやであるわたしにそんなことをしたら、遠流になってしまうわ」


「それはそうですが」


「添え伏になりたくないし、内大臣うちのおとどという今そこにある危機もどうにかしなければいけないのよ。

 わかって、明宮あけのみや


 諭すように言うと、前のめりで香宮たかのみやに詰め寄っていた明宮あけのみやは、ぽすんと座りこんでしまった。


「……悔しい」


 彼女は、小さな声で眩く。


「わたくしが……であったなら……」


「ん?」


「なんでもありません」


 扇を握りしめて、彼女は言う。


「ただ、女性というのは、どうしてこんなにも頼りなき身の上かと……。

 ただ、悔しいのです」


「それは同意するわ。

 わたしだって、人に頼らなくてはいけない我が身が悔しい」


 香宮たかのみやは、大きく頷いた。


「これまでも、明宮あけのみやにも、兵部卿宮ひょうぶきょうのみやにも、本当に助けていただいたわ。

 ありがとう」


「姉宮さまのためですもの。

 わたくしにとっては、お助けすることが喜びなのです。

 どうぞ、それはお忘れにならないで」


 明宮あけのみやは、ふっとため息をついた。


「わたくし、たびたび東二条邸に伺ってもよいのかしら」


「それはもちろんよ」


 そう答えたものの、香宮たかのみやは気にかかる。


 身寄りがなく、主上おかみの内意により輝貴てるたかに引き取られる自分はともかく、殿方の邸にたびたび通うなんて、明宮あけのみやの世間体は大丈夫だろうか。


「でも、左近少将さこんのしょうしょうの邸に、未婚の姫宮が立ち寄るというのは、それこそ兵部卿宮ひょうぶきょうのみやがよい顔をされないのでは?」


「平気です。

 この邸で、わたくしの思いのままにならぬことなど、姉宮さまのお気持ちだけですわ」


「……明宮あけのみや……?」


 苦々しげな妹宮の言葉に首を傾げていると、彼女は小さく首を横に振った。


「いいえ、姉宮さま。

 なんでもありません。

 お互いに、清らかな身を守れるよう、がんばりましょう」


「え、ええ。

 そうね」


 やけに決然と言い放つ明宮あけのみやに、


「たしかに添え伏にも内大臣うちのおとどの妻にもなりたくないけれども、それでいいの……?」


 と、なんとなく問えない香宮たかのみやだった。


 もしかしたら、明宮あけのみやは男嫌いなのかもしれない。


 ふと、そんなことを思った。



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