昼は女、夜は男になっちゃう私の、生活のための婚活と物の怪退治

神泉朱之介

第1話


 ……それは、神域を目前にした、仮の宮でのできごとだった。





 おぼろ月夜は、足下が危なっかしい。


 どこかの長編物語みたいに、風流を愛でるどころではなかった。


「なんでこんな夜中に呼びだすのよ」


 と、いつもならば文句のひとつもつけているだろう。


 一応深窓の姫宮である自分を、外まで引っ張りだすなんて。


 しかし、さすがに人外相手では、憎まれ口も引っこむ。


 ただ、真っ直ぐ相手を見据えた。





 『おまえは、滅びた一族の巫女だね?』





 光輝き、姿かたちもはっきり見えないものが、問いかけてくる。


 どことなく不遜な口調だが、その存在には似つかわしい。


 輪郭すら捉えられないのに、気配はあまりにも強烈だつた。


 見えないはずの、高慢な表情すらも、まぶたの裏に浮かんでくるほどに。


 滅びた一族……。


 ひやりとした。


 なるべく意識しないようにしている事実を、突きつけられてしまった。


 それを隠して、この地にやってきたわけではないが、指摘されると後ろめたい。


 自分でも、ちょっとだけ気にしていた。


 ただ、今ではもう一族の無念は遠く、自分には関係ないという感情もある。


 輝けるものは、いったいなにを蒸し返そうというのか。


 一族の血は混じりあい、もう自分以外には、特別な力を持つものも残ってはいないのだ。


 それに、巫女と呼ばれたって、一族の神は都の遥か遠くに流されており、今はかの地で祀られるのみだ。


 都で暮らす自分が、彼らを奉ることもない。


『これより先は、おまえが立ち入ってはいけない場所だよ』


 輝けるものは言う。


 この強い光を放つ存在こそが、一族の神を打ち負かした。


 勝者は、敗者の巫女を許さないのだろうか。


 それとも、自分を敬わなかったものの末裔は、永劫に受け入れたりはしないということなのか?


 どっちにしても、心が狭い……。


 心の中で、眩く。


 言葉にしなかったのは、一応相手を敬っているからだ。


 神、と呼ばれる存在を。


「……でもわたしは、これからあなたの巫女になる。

 少なくとも、叔母さまの御代を司るのは、このわたし。

 あのインチキ占いがみんないけないんだわ。

 神罰与えるなら、大内裏だいだいりに雷でも落としてちょうだい」


『面白い娘だ』


 笑ったものの、輝けるものは自分を許すつもりはないらしい。


 拒絶の気配を肌で感じ、どうしたものかと考えこむ。


 このままでは、まずい。


 ことと次第によっては、命に関わるかもしれない。


 強気の口調で相手と対峙しているものの、決して相手の力を馬鹿にしているわけじゃない。


 巫女の血を引く以上、神の力の強大さくらいはわかるつもりだ。


 細長のたもとが、風に煽られる。


 こんなに重い絹織物なのに、袖がめくれあがるほどの強風なんてありえない。


 突風を叩きつけられ、足下がゆらいだ。


 輝けるものは、自然を操ることができる。


 この神域に鎮座する存在は、この日の本でもっとも大きな力を有しているのだ。


 今ではもう、この日の本の誰もがそれを認めている。


 かつてはこの神を奉らなかった、まつろわぬ一族すら。


 だから、こんなひなまでも、崇め奉るために巫女を送りこむのよ。


 なにより、この日の本を治める高貴な一族は、この輝けるものを奉っているのだ。


 そして、滅びた一族の血を引くとはいえ、自分だってその一員だ。


 堂々と胸を張って、答えてやる。


「わたしは、あなたを奉る人々の長である、お父さまの血だって引いているのよ。

 あなたを祀る資格はあるでしょう?」


 なんでこんなわかりきったことを、説明しないといけないんだろう。


 神を名乗る存在なら、きっと感じているはずなのに。


 それとも、滅びた一族の血は、そんなにも嫌われているのだろうか。


 敗れた神を崇めていた者の末裔に、もうちょっと温情かけてよ。


 もう、あなたが地位を脅やかされることはないのだから。


 勝者はもっと、敗者に寛容であるべきだと思う。


 しかも、この日の本を巡り、異なる神話を持つ人々が争ったのは、気が遠くなるほど昔のことだ。


『なるほど、一理ある』


 あくまで楽しんでいるかのように、笑い声は続く。


『では、娘よ。

 異なる神の巫女たるおまえを、我が神域に迎え入れよう。

 そのかわり、条件がある』


「条件?」


『我と異なるものを奉る、母の血を受けたゆえの力を、我が神域で使ってはならない』


 言い放たれた言葉は、納得できないものではなかった。


 それは道理だと、すんなり思えた。


 だから、頷いてやる。


「わかったわ」


 滅んだ一族の血を引くゆえの力は、たしかにすえであるこの身に馴染んだものでもあった。


 でも、その力は今の自分を助けない。


 まして、異なる神の神域では、自在に操れる自信もない。


 だから、誓いを立てることは、たいしたことだとは思わなかった。


 永遠の約束でもないのだし。


 それにしても、力をみせなくても気付くのね。


 やはり、神は千里を見通すのだろうか。


 秘めているものまで、暴きたてる。


「わたしの力なんて、普段の生活にはなんの役にも立たないし。

 使えなくたって、困らないもの」


『そうかのう』


「そうよ。

 お米が降ってくるわけでも、衣が湧いてくるわけでもない。

 いったい、なんの役に立つっていうの?」


『……こ、米……?』


 きっぱり言い切ると、輝けるものは動揺したらしい。


 いったい、どうしたんだろうか。


 あいかわらず、目映すぎる光に包まれた姿は見えてはいないけれども、気配を感じて首を傾げてしまう。


 しかし、やがて気を取り直したかのように、神は厳かに告げてきた。


『よろしい。

 では、我が神域でもしも異なる神の力を使った場合、そなたには罰を与える。

 よいな?』


「かまわなくてよ」


『誓いを。

 ……我が斎王いつきのおう


 ごう、と風が音を立てる。


『もしも異なる神の力を使ったら、そなたはそのとき……』


 どんな罰を受けたっていい。


 そう、思った。


 自分が受け継いだ力など、使うつもりはない。


 だいたい、やたら使っていいものではないし。


 けれども、万が一。


 もしも万が一、誓いを破り、罰を受けるとしても。


 なにを畏れることがある?





 この世に、貧乏より怖いものなんてないしね。





 貧乏より怖いものはない。


 それは絶対正義だが、四年後には誓いを後悔することになる

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