第3話隣の後輩くん



「うわっ……、わわわ」


その風にのって、部長の持っていた資料が宙に舞いだした。

部長が慌てて拾い出して、何人かの周りの社員も席から立ち上がって手伝いをはじめる。

さっきまで、風なんて全然吹いてなかったのに。

窓側へ目を向ければ、やっぱり風なんて吹いていなくて、とても穏やかな空が広がっていた。


「と、とにかく!今日中によろしく頼むよ!」


飛んでった資料を全部集め終えると、部長は投げ捨てるようにそう口にして自分のデスクへ向かって背中を向ける。


長く続かなくて助かったけど、こんな時に風で飛ばされるなんてタイミング良すぎじゃない?

ふと、甲斐くんに視線を向ければ、パッチリと目が合う。

彼は口元に指先を当てながら「内緒ね」そう口を動かしてから、イタズラっ子みたいに歯を見せて目を細めた。

あ、笑った──。

ずっと隣だったのに、彼がこんな風に笑顔を見せてくれたのははじめてかもしれない。



新しいとはいえない7階建ての会社のビル。屋上のフェンスは所々錆びていて、中心部には物干し竿にタオルが揺れていた。

その周りには、掃除のおばちゃんが育てている、花や野菜の植えられたプランターがいくつか無造作に置いてある。


「昼休みに屋上に呼び出しって、なんか告白みたいですね」


なんて甲斐くんがクスクスと口元を緩めるから、こんなに笑う子だっけ?と何だか変な気分になる。


「ち、違うでしょ?甲斐くんが変なことするからでしょ」


甲斐くんと向かい合う様に顔を合わせれば、初夏の日差しが容赦なく突き刺さった。


「変なことって何ですか?」


きょとんと首を傾げるから、あの出来事が夢だったんじゃないかと思ってしまう。


「えーと、ほら。なんか、変な魔法みたいの?」

「魔法?先輩、何メルヘンチックな事言ってんですか??」

「だって!!じゃぁ、なんで割れたコップが……」


「ま、たいしたの使えませんけどね」


私の言葉を遮ったのは、甲斐くんの単調な声。

ゆっくりと向けられた視線に、思わずまた引き込まれそうになる。


「えっ、えぇぇぇぇ!?」


世の中には不思議な事があるみたいで、彼が右の人差し指を上にあげたその瞬間──。

プランターに植えられた蕾だった筈のお花が、ポンと咲いたのだ。


「先輩、凄い顔してますよ」


おばちゃんが好きだといっていた、青くて可愛らしい小さな花。

屋上に上がってきた時は、全部 蕾だったのに。


「な、なんで?」

「だから、顔崩れてますって」


そこには、確かに小さな青い花が顔を出しているから、自分の目を疑うしかない。


「えっ、手品!?」

「……種も仕掛けもありませんけど」


いつの間にか、甲斐くんの胸ぐらを掴んでいた私の声は、馬鹿みたいにトーンが正常じゃなくなっていく。


「や、嘘でしょ?信じらんない……」


でも、この状況をどう説明できる?

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