キミの魔法にかけられた
みかんの実
第1話 はじまり
世の中には、信じられない出来事だってあると思うの──。
*
「……いった」
指先に赤い血がじんわりと滲む。咄嗟に人差し指を口に含めば、鉄の味が口内に広がった。
最悪だ。
目の前には、倒れた台車。その周りには、大切な資料と割れたコップの破片が散らばっていた。
10時からは、大事な取引先との会議が始まる。
時間厳守。30分前にはセッティングを終わらせておかなければいけない会社の方針なのに。
こんな時に限って、トラブルは発生するもの。
時間に間に合わない!なんて、慌ててエレベーターから駆け出してしまったせいで、台車ごと派手にひっくり返ってしまったのだ。
「と、とにかく、片付けなきゃ……」
左手の腕時計に目をやれば、すでに15分前。
10分前には会議室が開けられてしまうものだから、気持ちがけが焦っていく。
「先輩。遅いと思ったら何やってんですか?」
慌てて資料を拾い出したところで、聞き慣れた低い声が耳に入った。
「……か、甲斐くん」
「部長に言われて見に来たら……あー、もう。大丈夫ですか?」
なんてしゃがみ込む私を覗き込んでくるのは、2つ年下の後輩だ。
私の方が社会人歴は長い筈なのに、溜め息をはかれてしまう始末。
「ごめ……」
「どーすんですか、これ」
「ど、どうしよう」
セッティングも出来ないなんて、また部長に怒られる、後輩にも呆れられてしまう。
そう思うと、情けなくて目にじんわりと涙が溜まっていく。
「はぁ。ちょっと見ないで下さいね」
溜め息と共に、甲斐くんの大きな手が私の視界をふんわりと遮った。
わ、大きな手。
そう思った瞬間、私の目元を覆っていた手の平が優しく離される。
「っん、まぶし……」
何故だかチカチカと目眩がする様に、眩しく感じて思わず目を瞑った。
「もう、大丈夫ですから」
優しくて穏やかなトーンをした声が耳に響き渡る。
「……え???」
ゆっくりと瞼を開けると、絶対にあり得ない場景が私の前に広がっている。
え、何?これは夢……?
台車も資料も、割れた筈のコップが元通りになって台車に並んでいて、私が台車を倒す前の状態に戻っていたのだ。
「ほら、先輩。急ぎますよ」
「え、え??」
「後、10分ですよ」
「う、嘘っ!!」
「早く、急いで」
甲斐くんが台車を押し出して、お茶菓子の入った袋を投げる様に渡される。
「あ、うん!」
全然意味が分からないけど、甲斐くんに続いて会議室に向けて走り出した。
七瀬 美都(ナナセ ミト)、25歳。
大学を卒業後、中小企業に入社して3年と数ヶ月。
世の中には、今まで体験した事ないような出来事もあるようです。
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