花の森と白羽の大樹

天西 照実

第1話 白い色の話


 起伏の激しい森の奥。

 巨大な木々の根は、岩を押し退けるほど盛り上がっている。岩の転げ出た窪みには、白く小さな花が密集していた。

 影を好む苔に咲く、白い小さな花。

 ふさふさの白い絨毯のように風に揺られ、純白の丸い光がふたつ転がり出る。

 純白の肌、白金の髪、瞳だけが薄い緑色をした、とても小さな少女たち。白い花の妖精たちだ。

『今日も風が強いね』

 片方の妖精が声をかけると、もう片方の妖精はぼんやりと宙を眺めながら頷いた。

 その視線の先では、蔓植物に赤い花が咲いている。

『どうしたの』

『……どうして私たちには、色が無いの?』

 白い花びらのスカートを摘まんでみながら、悲しげに呟いている。

『私たちは白く生まれたんだもの。赤にはなれないわ』

『……』

 座り込む妖精の手を引いて立たせると、

『じゃあ、主様ぬしさまに話を聞きに行こう』

 と、言って、蝶のようなはねを広げた。

 白い花の妖精たちは風にも負けず翅をひらめかせ、森の奥へと進んで行った。



 ここは四季の花々が同時に咲き乱れる、不思議な『花の森』だ。

 色とりどりの花が地を覆い、木々の枝葉の先にも可愛らしい花が揺れている。

 そして花に宿る妖精たちが、森を守る主と共に暮らしていた。


 枝葉の隙間から光の降る、明るい空間。

 苔生す倒木に、深緑色の長毛に包まれた生き物が腰掛けている。

 森に溶け込むその姿は、背を丸める人のようにも、大きな動物の一部のようにも見える。

 そこへ白い花の妖精たちが、小さな光の玉のようにふわふわと近付いた。

『主様、寝てる?』

『主様、起きて』

 枝葉が風にざわめく音にも負けず、妖精たちが耳元で囁く。

 倒木に腰掛けて居眠りしていたのは、花の森の主だ。

 花の精たちに起こされ、ゆっくりと背を伸ばした。

 深緑の長毛が左右へよけて、森の主の顔が現れる。猫に似た金色の瞳に大きな鷲鼻、蛇のように裂けた口をもつ。

 大きな口で森の主はニッコリと笑い、

「やぁ、おはよう」

 と、小さな妖精たちに挨拶をした。

『お話を聞きに来たの』

 森の主の顔の前でふわふわと浮いたまま、白い花の精が囁く。

「どんな話が聞きたいんだい?」

『どうして私たちには、色が無いの?』

 聞かれて森の主は首を傾げ、

「白という色があるじゃないか」

 と、答えた。

『白?』

「白も黒も、もしかしたら透明だって、透明という色で表現されるかも知れないね」

 白い花の精たちは顔を見合わせた。

『私たちは色が無いんじゃなくて、赤色の花や黄色い花と一緒で、白い色の花なのね』

「あぁ、そうだよ。白色は暗くても見えやすいから、夜に活動する虫たちを呼べる。他の花に虫を取られる事なく受粉の手助けをしてもらえる、理に適った色なのだよ」

『……そうだった』

『そうだったね』

 目をパチパチさせる妖精たちに、森の主はニッコリと笑って見せる。

 妖精たちの背に光る、蝶のような翅に目を向け、

「白色にまつわる、面白い話がある。聞かせてあげよう」

 と、言って背を伸ばした。

 白い花の精たちは森の主の膝元に止まり、小さな手でパチパチと拍手する。

 その小さな拍手の音に呼ばれるように、周囲からも色とりどりな花の精たちが集まって来た。

「さて、物語を始めよう」

 楽しげに言い、森の主が語り始める。

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