怪異譚集「荒廃」
スカイレイク
前触れ
怪談を集めていると、合理的ではない、全く不条理な話が出てくることがある。そもそも幽霊が非合理だなどと言われるかもしれないが、本当に説明のしようがないことが起きうる。
新堂さんに聞いた話によると、彼には非常に不条理な体験をしてしまったそうだ。
「まあオチもなんも無いんですけどね……」
当時、高校生だった新堂さんは大学受験に向けて必死に勉強をしていた。好きでもないのに根性だけで勉強をしていたのだが、深夜を過ぎた頃のこと。
コンコン、コンコン
自室の窓の方から音がした。なんだろうと思って窓に近づこうとして気が付いた。自分の部屋は二階にある。通りすがりにノック出来るような位置にはない。それまでデスクのライトをつけていただけだったのを、そっとリモコンで部屋の電灯のスイッチを入れた。
すると窓の方に影が浮かんだ。誰かいるなと思ったのだが、少し考えて気が付いた。自分が電気を付けたのは部屋の内側だ。外は真っ暗で街灯もない。であれば何故内側が光るようになったのにカーテンに影が浮かぶのか?
部屋の中を見回してみるが影を作るようなものは無い。自分が今見ているものの異様さに怯えつつそっと灯りを消して寝ることにした。きっと深夜で眠気に耐えて勉強なんてしているから奇妙なものを見るんだと思いベッドに入った。
そして目にしたのは仰向けに寝た自分の上に影が出来ている。もちろん床が光ったりはしていない。じゃああの影はなんだ?
そう思ったのだが目を瞑ってしまえば何も見えない。そっと目を閉じ起きないつもりで寝ようとした。寝ることはできたのだが、問題は翌日のことだ。
翌朝、目が覚めると天井にまだ影があった。怖いというのが正直な感想だったが、今日は高校に行く日なので時間が解決してくれると思いベッドから出た。そして再び天井に目をやって意識がフリーズした。
天井にあったのは影だったはずだったのが、今は黒ずんだ炭のようなものが付着している。それを影と見間違えたようだ。
アレは一体なんなんだ? とは思いつつカーテンを開けてみた。カーテンの方には煤のようなものは付いていないので光を浴びようと思った。そうして窓を開けたところ……
確かに外の景色は見える。ガラスに汚れがついているわけでもない。ただ、何かがおかしい。よく考えてみたのだが違和感が拭えない。ふと見たところ、窓の前に生えている木が曲がっていた。まさか木に影響が出たのか?
そう思って窓を開けると木はいつも通りのしっかりした幹を生やしている。気のせいかと思って窓を閉めるとやはり木が曲がっていた。
何故だと思い窓に触れたところで気が付いた。始めは木が曲がっているのかと思ったのだが、それは間違いだった。木はまったく変っておらず、歪んで見えたのはガラスの厚さが均一ではなくなっている。
一度溶かされたようにガラスが歪んで、それで屈折した光が窓越しに見たものを歪ませていたのだ。
天井の煤の方はなんとか説明出来るかもしれないが、こちらはどう考えてもおかしい。煤なら塗るなり吹き付けるなり方法はあるが、ガラスを割ることもなく穴を開けないように溶かしてから、部屋から逃げ出すまで気づかれずに行うことが出来るだろうか?
怖かったがガラスに触れてみると手に歪みが伝わってきた。これが外側に付いただけの歪みだったらどんなに良かっただろう。内側からも何か起きた可能性が高いとは気づきたくなかった。
その日はいいわけを考えながら登校して、帰宅したら部屋に帰ってみた。一応煤も窓の歪みも戻っていた。ただ、それで解決したかと言えば理由もなく怪現象が消えたので気持ち悪くて仕方ない。
その日、近所でガムテープを買ってきて、家にあった新聞紙をカーテンの裏側に貼って外が決して見えないようにした。何があの現象を起こしたのかは不明だが、関わりたくないものがいたことは確かだ。
何もいないと思うことにしてそっとその日は勉強をしながらチラチラと窓の方に目をやると、深夜にコンコンと音が鳴ったものの、向こうからこちらは絶対に見えない、安心したかったが、何かが内側にいる可能性もあるのでいつでも逃げられるように警戒していると、『クソがッ!』と中年くらいの男の声がして静かになった。
その日はそれで寝て翌朝になるとすっかり部屋は元通りで、新聞を剥がしてもガラスに何も後は残っていない。一応の解決となったわけだが、あの男の声が聞き覚えのないもので、誰が叫んだのかも不明なままだ。
きっと何かがいたのだろうとは思うのだが確認もしたくなかったので、近所の文具店で画鋲と方眼紙を買って窓を覆うように貼っておいた。
灯りをつけて外から部屋を見て光が一つも漏れていないのを確認してからずっとアレは現れなかった。
「とまあ一応解決したんですけどね、進学して一人暮らしをしてからもしばらくあの声が響くんじゃないかと思うと安心出来ませんでした」
「それ以来何も起きていないんですか?」
私の問いに彼は笑って答えた。
「ええ、幸いにも何も起きていません。ただ、あの声と同じ声をして居る人には未だにあったことがないんですよね」
時折こういった理不尽なことがあるらしい。彼に起きたことは我々にも降りかからないとは限らない。理由もなく襲いかかる怪異というのは存在しているのだろう。彼はその体験からずっと昼までも部屋にカーテンを閉める癖が付いたそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます