前半戦:お館様とお嬢様

普段は若きサムライたちの賑やかな声が響く来光屋敷。

しかし、その日は緊迫した空気が漂っていた。


「……これは、来光家当主に代々伝わる秘刀・来光丸」


麟太郎と名乗る少年が持っていた刀には、来光家の家紋を模したつばがついていた。


「父は凍喰に斬られた。息子であるワタクシが、新たな当主だ」


刀を見分していた老中・影野かげの黒烏くろうが来光丸を麟太郎に返す。


「そう言われても……ちょっと信じられないわ。アタシ達の主が、こんな子どもだなんて」


そう言ったキャリアウーマン風の女性は、サムライピンクこと金城きんじょう貞光さだみ


「だが、このお方が来光家当主でなければ、なぜ来光丸を持っているのだ」


真面目そうな青年、サムライグリーンこと木原きはら金時きんときが腕を組む。


「泥棒さん?……なわけ、ない、よね……」


黄色いジャンパースカートを着た少女、サムライイエローこと土屋つちや菜綱なつなが首を捻る。


「とにかく、今は凍喰を倒す方法を考えるのが先だ」


赤い和柄Tシャツを着た青年、サムライレッドこと火神かがみ依満よりみつが広間に座るサムライ達を見回す。


「……ところで、末武は?」


普段なら部屋の隅でやる気なさげに胡座をかいている青年、サムライブルーこと水鏡みかがみ末武すえたけの姿が見えない。


「書き置きがありますね。えーっと……『サッカークラブの手伝いに小学校まで行ってくる 夕方5時までには帰る』、って……」


菜綱が読み上げた文章に、全員が深いため息をついた。


  **


「今のパス、良かったぜ。次は足の向きに気をつけてボールを蹴ってみようか」


いろは町立近久野ちかくの小学校。校庭にあるサッカーコートでは、青いビブスを着た長髪の青年が子どもたちにサッカーを教えていた。


「末武!」


フェンスの向こう側から末武を呼ぶ声がする。視線を向けると、見慣れた赤いウィンドブレーカーが見えた。


「げっ、火神……よーし皆、一旦休憩だ!」


子どもたちには笑顔を向けた後、末武は嫌そうな顔で依満の方に歩いて行く。


「意外だな、お前が真面目にやってるなんて」


「……サッカークラブのコーチは、レンジャーごっこに巻き込まれる前からやってるからな」


若きサムライたちは依満を除き皆、仕事や学業をしながらサムライジャーとして戦っている。その中でただ1人、末武だけはランラク朝との戦いよりも大学生活を優先しているのだ。


「新しいランラク朝が現れた今、サムライジャー全員が団結しないといけないんだ。私生活よりサムライジャーを優先してくれないと――」


依満が眉を顰めた次の瞬間、奇妙なことが起こった。

先程までボールを蹴り駆け回っていた子どもたちが、サッカーボールを手に持ち投げはじめたのだ。


「ちょっ……何やってんだオメェら!サッカーなんだから手を使うなよ!」


末武が叫ぶと、子どもたちが不思議そうに顔を見合わせる。


「サッカーって、なに?」「バスケットボールじゃないの?」「ボールを手を使わないで投げるスポーツなんてないよね?」


「火神、これって――」


末武が言い終わるより先に、インローフォンの通知音が鳴り響く。


「ケビーシだ。出現場所は、この小学校!」


ふたりの目の前に、黒い影が砂煙を上げて降り立つ。


『ヤダーーッ!サッカーなんてキライ!なくなっちゃえー!』


現れたモノノケは一見すると烏天狗のようだが、よく見ると脚が3本ある。八咫烏やたがらすならぬ「ヤダガラス」と言ったところだろうか。


「依満さん!」「依満!」


来光屋敷にいた他のサムライジャーが、依満たちの元に駆けつける。


「あれがモノノケか。ワタクシも――」


「若様。ここは我らにお任せください」


モノノケと戦おうとする麟太郎を、金時が制する。


「ていうか、お館様を守るのがアタシ達サムライジャーの仕事だしね」


「しかし、おまえたちだけに任せるわけには――」


食い下がる麟太郎を、横で聞いていた菜綱がひょいと抱える。少女の細腕からは考えられない怪力だ。


「危ないですから、下がっててください」


持ち上げた麟太郎をベンチに座らせる。

自分と同じくらいの年齢の少女に軽々と扱われたのがショックだったのか、麟太郎は来光丸を握りしめて項垂れてしまった。


「ほら、行くぞ末武」


「チッ……とっとと終わらせんぞ!」


5人が麟太郎を庇うように並び立ち、大きな鍔のついた日本刀――サムライマルを構える。


「「「「「サムライディスク、セット!」」」」」


懐から取り出したサムライディスクをサムライマルに装着すると、5人の服装が洋服から白い袴に変化する。


「「「「「具足展開!」」」」」


【サムライ武装、天下無双!】


掛け声と共にサムライディスクを回すと、5色の光がサムライジャーを包む。

光が晴れると、そこには具足を纏ったような姿のヒーローがいた。


「ケビーシ『ヤダガラス』、調伏する!」


ブルーがサムライマルを正眼に構え、ヤダガラスに切り掛かる。

銀色に輝く刃がヤダガラスを袈裟斬りに切り裂いた。


「ハッ、大したこ……とぉ!?」


サムライマルを納刀しようとしたブルーは言葉を失った。

先程切り捨てたはずのヤダガラスの傷が、みるみる塞がっていくではないか。


『チャンバラごっこも、ヤダーーーッ!』


ヤダガラスが叫ぶと同時に、首の禍玉マガタマが赤く光る。


「うわーーーっ!」


赤い閃光が辺り一帯を包む。光が収まった後には、1冊の本だけが残されていた。


  **


光が晴れると、そこは江戸の街だった。

行き交う人は皆着物姿で、先程までいた小学校は影も形もない。


「私たち、タイムスリップしちゃったの、かな……?」


「落ち着け菜綱。いくらコトダマが超常の力でも、時間を越える事はできない。多分ここは、ヤダガラスが作った結界の中だ」


サムライジャーの格好も、時代劇に出てくるような和装に変わっている。


「……ちょっと待って、麟太郎くんはどこ?」


貞光の言葉に、慌てて周囲を見渡す。確かに先程まで後ろにいたはずの麟太郎がどこにもいない。


「しまった……奴の狙いは若様か!こうしてはいられん!」


麟太郎を探しに駆け出した金時が、角から飛び出してきた人影に勢い余って衝突する。


「うわっ!」


吹っ飛ばされた青年が、派手に尻餅をつく。


「っと……すまない、怪我はないか?」


「あ、ボクは大丈夫です。それより……」


青年の視線が、金時の腰――正確には、腰に差しているサムライマルに向けられる。


「……あなたたちは、サムライさんなんですか?刀持ってるし、体幹すごい強かったし……」


「その口ぶり……もしかしたら、貴方も変なカラスみたいな化け物に襲われたんですか?」


「カラスみたいな、化け物……」


依光の問いかけに、青年の表情が一変した。


「そうだ!カラスみたいな怪人アイコンと戦ってたら、赤い光で目眩めくらましされて……そうだ、お嬢様は!?兄貴もいっしょにいるから大丈夫だと思うけど――」


「ちょ、ちょっと落ち着いて!アイコンとか、お嬢様?とか意味不な単語が多すぎるんだけど!」


「ふたりとも落ち着いてくださいな。はい、お茶とお団子」


興奮する青年と貞光に、菜綱がお茶を差し出す。今の菜綱は茶屋の娘という役どころなのだろう。


「俺は火神依光。キミは?」


「ボクは望月もちづき勝利しょうり、仮面バトラーです。よろしくお願いしますね、サムライさんたち!」


  **


麟太郎が目を覚ますと、赤い霧が立ち込めていた。

見渡す限り誰もいない。依光も、末武も、菜綱も、貞光も、金時も、どこにもいない。


「また、ひとりか……」


当て所なく歩いていると、ふと遠い空が淡く輝いているのが見えた。

光に向かって歩いていくと、どんどんツタが増えていく。

麟太朗を取り込もうとするように絡みつくツタを切り捨て進んでいくと、ひとりの少女がツタに囚われていた。


「あれは……人、なのか……?」


不思議な雰囲気の少女だった。

ツインテールの縦ロールに、フランス人形のような豪奢な洋服。あどけなさと気品の両方を感じられる顔立ちは、どこか作り物めいている。


「あの太いツタを切れれば……」


来光丸に手をかけた瞬間、凍喰と戦った時の記憶がフラッシュバックする。

親の仇を前にして、抜けなかった刀。

来光家当主として、認められなかった。


(……ぼくに、人を救う資格なんて……)


「う、うっ……」


少女の顔が苦痛に歪む。少女が苦しむたびに、赤い光がツタを通ってどこかに向かう。


「っ、ぐ……でやーーっ!」


考えるより先に体が動いていた。固く巻きつくツタを手で掻き分け、引きちぎり、麟太朗は少女を助け出した。


「はあ、はあっ……きみ、大丈夫!?」


少女が薄く目を開ける。


「しょう、り……?」


「ショーリ?違う。ぼく――ワタクシは、来光家当主、来光麟太朗だ」


「そう……ありがとう、リンタロー」


少女の態度は随分と愛想のない――というよりは、命を救われるのが日常茶飯事という感じだった。


「ずいぶんと落ち着いてるな。きみ、こういう状況に慣れているのか?」


「ええ」


「……こわくは、ないのか」


俯いた麟太朗の視界に、パニエで膨らませたスカートがふわりと揺れる。いつの間にか少女が立ち上がって、スカートについた埃を払っている。


「私には、ヒーローがいる。私がピンチの時に必ず駆けつけてくれる、優秀な執事バトラーが」


少女は柔らかく微笑んで、座り込んだままの麟太郎に手を差し伸べた。


「だから、怖くはないわ」


「……強いな。きみは」


麟太朗は少女の手を取り、勢いをつけて立ち上がった。


  **


「――仮面、バトラー」


「そう。ボクが『仮面バトラーフォワード』で、兄貴が『仮面バトラーリベロ』。ボクたち仮面バトラーは怪人アイコンからお嬢様を守るために戦ってるんです」


勝利の口から出た言葉を噛み砕くように、依光がつぶやく。

仮面と、執事バトラー。どちらも知らない言葉ではないのに、掛け合わせると途端に未知の言葉に聞こえる。


勝利が熱いお茶を口に含んだ、その時だった。


「ぐあーっ!」


砂埃を上げて、黒いパワードスーツが茶屋の椅子を盛大に破壊した。


「チッ、新手かよ!?」


「よく見てみろ、末武。あいつには禍玉がない」


黒いパワードスーツが消え、中からワインレッドのシャツに黒いベストを着た青年が現れる。濃青の小袖に白い半袴の勝利とは対照的なカラーリングだ。


「兄貴!」


勝利が青年に駆け寄ろうとすると、進路を塞ぐようにヤダガラスが降り立つ。


「ぐ……お嬢様を、返せ……!」


『ヤーダッ!アレをマガタマに入れたら苦しくなくなったんだもん、ぜーったいかえさないよーだ』


ヤダガラスが青年に踵落としをする。が、踵の鉤爪は虚しく砂埃を上げた。依満がサムライチェンジし、倒れていた青年を素早く抱き抱えて退避したのだ。


「大丈夫ですか、お兄さん」


「お前の兄貴になった覚えはない!」


青年が依満の手を払いのけ、サムライジャーに向き直る。


「オレは望月もちづき勝風しょうぶ。あんたは?」


「俺は火神依満。サムライジャーとして、あの怪物を倒すために戦っています」


勝利とサムライジャーが勝風たちに駆け寄る。


「それよりショーブさんよぉ、さっきの『お嬢様を返せ』ってのはどういうことだ?」


「目眩しされた時とっさにお嬢様をかばったんだが、あの怪人アイコンが、首のマガタマにお嬢様を閉じ込めて……そうしたら、いきなり強くなったんだ」


勝風が手に持った銃――リベロヴァルカンを握りしめた。


「……大丈夫だ。いつも通りなら、禍玉を破壊すればケビーシに奪われた言葉が元に戻る」


金時が勝風を慰める。

が、それは逆説的に「ケビーシを倒さないとお嬢様を取り戻せない」という事実を勝風に突きつける言葉でもあった。


「……サムライさんたち。どうか、ボクたちと一緒に、戦ってもらえませんか?」


勝利が依満の目をまっすぐ見据える。先ほどまでの人当たりのいい青年ではなく、戦いを知るサムライの目だ。


「どうしても、助けたいんです。お嬢様を」


「……言われなくとも、最初からそのつもりだよ」


勝利と勝風の隣に、サムライジャーが並び立つ。


「みんな、いくよ!」


「「「おう!」」」「「はい!」」


サムライジャーはサムライマルを、勝利は変身ベルトを、勝風はリベロヴァルカンを構える。


「「変身!」」


「「「「「具足展開!」」」」」


【サムライ武装、天下無双!】


各々の掛け声と共に、七色のサムライたちの姿が現れた。


「やぁやぁやぁ!遠からん者は音にも聞け、近からん者は寄ってでも見よ!」


レッドが勝鬨かちどきをあげると、書き割りの富士山が背後に現れた。


「サムライグリーン、木原金時!」


「サムライピンク、金城貞光!」


「サムライイエロー、土屋菜綱!」


「サムライブルー、水鏡末武!」


「サムライレッド、火神依満!」


サムライジャーが名乗り終わると、レッドの左隣に立っていたフォワードが決めポーズを決める。


「仮面バトラーフォワード、望月勝利!」


「あー.......仮面バトラーリベロ、望月勝風」


濃青と黒の仮面バトラーが、ぎくしゃくと名乗りを上げる。


「一騎当千、万夫不当!」


「「「「「サムライジャー、見参!」」」

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