崩壊の導~闇に選ばれた俺が終焉世界を断ち切るまで~
朧月アーク
第1章 導き
第1話 天帝と闇
俺には――神から授かるとされる『
周囲の視線は痛くなかった。皆優しくて暖かい。期待されることもなく、見下されることもなかったが、それが逆に悔しかった。誰も俺を特別扱いしない。それが、俺の無力さを強調しているようで、心がざわつく。
毎日神社に足を運んでは神に祈った。「どうか……俺にも力を」と。信じることしかできなかった。信じるしか、俺には残されていなかった。古い木造りの神社は、いつも静かで、
誰かに守られ続ける人生なんて、絶対に嫌だった。誰かの背中に隠れて、震えながら助けを待つような生き方なんて――俺の理想とは程遠い。俺は自分の足で立ち、風を感じ、太陽の下を歩きたい。誰かの影に隠れるのではなく、光を浴びて前へ進みたい。
俺は、俺の力で立ちたい。自分の意志で選び、進み、戦いたい。誰かの盾じゃなく、誰かの荷物でもなく――ちゃんと、俺という存在をこの世界に刻みたかった。たとえそれが、どれだけ険しい道であっても。
そのためには、どんなに才能が無くても、どれだけ遅れていようとも、足を止めるわけにはいかなかった。諦めたら、そこで終わりだ。俺はまだ、諦めきれなかった。
でもそんな必死な思いも虚しく、俺は結局力を授かられることはなかった。神社の祭壇前で膝をつき、祈りを繰り返す日々が続く。外の風が窓を叩く音が、俺の孤独を強調するようだった。
「なんでだよ……」
ぽつりとこぼれた声は、自分でも驚くほどかすれていた。どうして俺には、神様が振り向いてくれないんだ。あんなに祈ったのに。誰よりも願っていたのに。俺の声は、神社の天井に吸い込まれ、消えていく。
俺が悪いのか? 俺が……弱いから? 努力が足りなかった? それとも、生まれつき価値がないから? そんな疑問ばかりが、頭の中で渦を巻く。答えはどこにもない。誰も教えてくれない。神様でさえ、黙ったままだ。
俺の声は、まるで空虚に吸い込まれていくようだった。どれだけ叫んでも、どれだけ泣いても誰にも届かない。誰も、俺に手を差し伸べてはくれない。神社の空気は冷たく、俺の心をさらに凍えさせる。
胸の奥に、黒い何かがじわじわと広がっていくのを感じた。希望が冷たく、静かに消えていくようだった。俺の心に闇が覆い掛かっていく。影が長く伸び、俺を飲み込もうとする。
――その瞬間。
目の前に、突然、見覚えのない男が現れた。
あまりにも突然すぎて、息を呑む。誰だ――と、問いかける暇もない。そこに立っていたのは、まるで神の化身のような、美しい男だった。神社の
紫と黒が織り交ざったメッシュの髪が、静かに揺れるたびに
ただ立っているだけなのに、周囲の空気が一変したように感じた。重く、厳かで、それでいてどこか懐かしいような――不思議な感覚。神社の静けさが、さらに深みを増す。
「え……?」
思わず声が漏れる。何が起こっているのか、理解が追いつかない。さっきまで一人きりだったはずなのに――俺の目の前に、確かに何かがいる。心臓の鼓動が速くなる。
すると、男が口を開いた。
「
その言葉は、深く静かに、俺の心の奥底へと染み渡っていくようだった。誰も届かなかったはずの場所に、初めて誰かの声が届いた気がした。声は低く、響き渡る。
その男は、まっすぐに俺の目を見つめたまま、静かに問いかけてきた。不思議なほど落ち着いた声音だったけれど、その言葉には妙な力があった。心の奥を優しく、けれど確実に抉るようなそんな響きだった。
そして俺は、反射的に口を開いていた。理性よりも先に、胸の内側から感情がこぼれ出た。言葉が止まらない。
「俺だって……!」
声が震える。けれど、止められなかった。溜め込んでいたすべてが、
「俺だって、神様からの寵愛が欲しいんだ! 力が……力が欲しいんだよ! 誰かに守られてばかりの人生なんて、もう嫌なんだ! 俺は――俺は、自分の手で、誰かを守れるようになりたいんだ!」
その言葉は、ずっと心の奥に閉じ込めていたものだった。情けなくて、恥ずかしくて、誰にも言えなかった本音。それが今、見ず知らずの男の前で、すべて溢れ出してしまった。神社の壁に、声が反響する。
けれど、彼は何も否定しなかった。驚きも、呆れもせず、ただ静かに俺を見つめていた。そして、すっと俺の方へ近づいてきた。距離は一歩、また一歩と縮まり――気がつけば、彼の顔が目の前にあった。息遣いが感じられるほど近く。
そのまま、彼は俺の耳元に口を寄せ、低く
「
その言葉が耳に届いた瞬間、時が止まったような気がした。世界が静まり返る。
「……え?」
理解が追いつかない。何を言っているんだ?けれど、次の瞬間俺の体を激痛が貫いた。胸から全身へ、電流のような痛みが広がる。
「ぐっ……あ、あああああっ!」
胸の奥から、焼けつくような熱が走る。骨が
「な……なんだ、これ……っ!? 体の中が……燃えてる……!」
痛みに叫びながら、地面に倒れ込む。視界が歪み、意識が引き裂かれそうになる中――彼は、冷ややかに俺を見下ろしていた。表情は変わらず、静かだ。
その姿は、美しさを
「
その声は静かだったが、確かに響いた。魂の奥底に直接語りかけてくるような、不思議な声。言葉が俺の体に染み込む。
「
彼の表情がわずかに険しくなる。声に重みが加わる。
「我の力を真に解き放てるのは、辺りが闇に染まった時のみ。それ以外の時は、己の力で我を引き出してみせよ」
言葉の意味が、すぐには理解できなかった。けれど、その不吉さと同時に――確かに何かが、俺の中に流れ込んできているのを感じた。熱く、重く、そして底知れぬ力。体が震え、力が満ちる。
それは、祈り続けて、ようやく手にした答えだった。俺の願いが、ようやく届いた瞬間。
彼はそう言い残すと、ふっと俺の目の前から姿を消した。まるで幻だったかのように、跡形もなく。神社に、再び静けさが戻る。
次の瞬間――意識が、ぷつんと途切れた。闇が俺を包む。
***
「――う……ん……」
微かなうめき声と共に、俺はゆっくりと目を開けた。重たい
辺りを見渡すと、そこは神社だった。さっきまで祈りを捧げていた、あの祭壇の前――まさしく、いつも通りの静けさが広がっている。
「……あれ……?なんで……俺、こんな所で倒れて……?」
思わず口をついて出たその言葉に、自分でも答えられない。確かにさっきまで、あの男がいて……力を与えるとか、痛みとか、何か――確かに、あったはずなのに。夢……だったのか? 頭がぼんやりする。
必死に思い出そうとしても、痛みと声の断片しか浮かんでこない。確かに何かがあったはずなのに、霧がかかったように曖昧で――まるで意図的に思い出せないようにされているかのようだった。イライラが募る。
けれど、胸の奥にはまだ、熱の残り火のような感覚がうっすらと燻っていた。あれが幻だったとは、とても思えない。何かが、確かに俺の中で始まってしまった――そんな気がしてならなかった。体が少し熱い。
「……わからない。けど、何か……変わった気がする」
胸の奥にはまだ、微かに残る熱の名残。それだけが、あれが現実だったという証のように思えた。俺はゆっくり立ち上がり、教会の扉を開ける。外の空気が冷たく、俺を現実に引き戻す。
混乱と違和感を抱えながら、俺はそのまま神社を後にし、自宅へと帰った。道中、風が髪を揺らし、心のざわめきを増幅させる。
この出来事が、俺とあの方との最初の出会いだったことを、この時の俺はまだ深く知らない――。未来への扉が、静かに開き始めた。
* * *
――時を同じくして。
上空、雲一つない夜空のさらに向こう。ひとりの男が静かに下界を眺めていた。星々が輝く中、彼の姿は闇に溶け込みそう。
その男こそ、先程
彼は鋭い瞳で地上を見つめながら、口元に薄く笑みを浮かべる。紫と黒の髪が、夜風に軽く揺れる。
「あの
その声には確信と、どこか
「さぁ……これから我を、存分に楽しませてくれよ」
その言葉を最後に、男の姿は夜の闇に溶け込むようにして、静かに消えていった。星空が、再び静かに輝き始める。
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