ゲームをクリアして神様に完璧な恋人を貰ったら女の子でした

藤之恵

第1話 10個の命令と達成報酬


 大学の春休みという時間は暇で仕方ない。

 家のベッドで寝転がりながらオンラインゲームをしていた美月は、ぴこんという軽い音と主に入ってきたCMに目を通す。


「10個の命令をクリアせよ?」


 美月は首を傾げる。身体をベッドの上で回転させ仰向けになる。

 上下に画面をスクロールしても、それ以上の情報はない。

 今、流行りのすぐやれ系かなと思いつつ、情報が漏洩するリスクも頭を過った。

 部屋の外をトラックが通ったのか、ガタゴトとした音が響く。

 美月は何度か指を上下させた後、画面をタップした。


「参加っと……」


 ぺろりと口の端を舐める。さて何が来るか。

 こういうものを見ると燃えてしまう性分なのだ。

 CMの画面からダウンロード画面に移行する。ざっとだけ目を通して、すぐにアプリをダウンロードした。

 ゲームのルールは簡単。10個の命令が順番に送られてくる。それを完了したことを証明する写真に撮って送る。

 達成したと認められれば次の命令が来る。

 命令をクリアするごとに難易度が上がり、すべてクリアすると願いが叶うらしい。

 怪しすぎる報酬だが暇つぶしにはちょうど良い。


「どれどれ……ふむ、5分以内に手と空の自撮りをアップしろ?」


 見た瞬間に、美月はにやりと微笑んだ。

 よく聞くやつだ。身バレすることもない。

 ちょっとだけほっとしながら美月はためらいなくベランダに行き、狭い空に手をかざす。

 まだ肌寒い空に、うっすらとした白い雲が伸びていた。雲に手を伸ばすようにして、位置を調整する。

 美月は眩しさに目を細めた。


「雲が天使の羽みたい」


 シャッターを押す。それをすぐにアプリで送る。

 ワクワクとドキドキの狭間で美月はベッドと勉強机しかない部屋をうろうろした。

 と、10分ほどでまた命令が送られてくる。

 今度は算数の計算問題。10分で10問だ。

 中学生でも解けるだろう。馬鹿にしてるのか、皆が楽しめるようになのか。

 まぁ、どちらでもいい。美月はペンをとるとすぐに髪を引っ張り出し書き出した。

 その次は、動画撮影で、その次は近所の公園のブランコ撮影。

 徐々に移動や準備が必要になるものが増え、時間が厳しくなっていくが、逆に美月はどんどん燃えてきていた。

 そして、最後の10個目の命令では。


「よっし、一時間半以内に指定された料理フルコース完成!」


 美月は作り終えた料理を並べて写真を撮り、送る。

 ふーと額の汗を腕で拭った。

 流石に材料を買いに行かないといけなくて走ることになったが、まぁできたので良しとしよう。


『10個の命令クリアおめでとう!』


 しばらくすると、加工アプリで簡単に作れそうなちゃちな画像とともに報酬を聞くメッセージが送られてきた。

 画面を見つめたまま、少し考え込む。

 暇つぶしでやっていただけで、欲しいものなどすぐに出てこない。


「どうせ、お金とか願っても叶わないんだろうし……そうだ!」


 完璧な恋人。

 思いついたまま、そう打ち込む。


「送信っと」


 花の女子大生なのに休みにすることはオンラインゲームだけ。そんな生活は流石に少し寂しいと美月は思っていた。

 さて、何が送られてくるだろうか。

 ゲームキャラクターの画像とかだったら面白いなぁと思いながら美月は欠伸をかみ殺した。

 いつの間にか日付も回っている。良い暇つぶしになったのは間違いない。

 ぽいとスマホを投げ出して布団に潜る。

 明日もどうせ休みだった。


 *


 ゆさゆさと身体を揺れ動かされる。

 地震とも違う誰かに起こされている感覚に、美月の意識は泥沼のような睡眠から浮上した。


「美月、起きて。朝だよ」

「ん……?」


 涼やかな声だった。聞き覚えはないが、不思議と恐怖も覚えない。

 きっと聞こえてきた声が酷く甘くて、夢の中にいるように感じられたせいだ。

 誰、と思って目を開ける。

 見えたのは美。綺麗な二重に縁どられた少し灰色がかった瞳が美月を見つめていた。

 その綺麗すぎる瞳を修飾するように対称的なアーチを描く眉があって、生え際まで整っている。

 美月の名前を呼んだ唇は厚すぎず薄すぎず、理想的な潤いを保っていた。

 うん、夢に違いない。

 美月はそう判断した。もう一度布団をかぶり、寝ようとした視界に美女の全身が飛び込んでくる。

 美月のベッドの目の前には美をそのまま体現したような美女が〝全裸〟で立っていた。

 うわー曲線美。と、よく分からない感想を抱く。


「って、誰? なんで裸? あたしの名前、知ってんの?」

「誰って、美月の完璧な恋人だよ。服は……勝手に借りれなくて、ちょっと恥ずかしいから貸してくれる?」

「恥ずかしいなら着ればいいのにっ……って違くて、そうじゃなくて。恥ずかしいのは見てるこっちだけど……ごめん、もう一回、言ってくれる?」


 少し頬を染める姿さえ、花も恥じらう可愛らしさ。

 さっきから普段は使わない形容詞ばかりが頭に浮かぶ。

 美月は少しでも距離をとろうと布団を胸の前に抱え込んだまま、壁際まで寄った。

 美女は美月の言葉に少しだけ首を傾げる。


「勝手に借りれなくて、恥ずかしい?」

「その前!」

「美月の完璧な恋人?」


 美月の、完璧な恋人。

 その単語に美月の胸の中に嫌な予感が少しずつ忍び寄ってくる。

 それを否定したくて、美月は大きく頷いて言い返した。


「そう、それ! 何それ、まさかそういう名前とか言わないよね?」

「名前はまだないよ。だけど、美月、昨日お願いしたでしょ」


 寝起きで乱れた美月の前髪が、美女の手によって整えられる。

 そっと静かな微笑み付き。

 おっと、まずい。美月の完璧な恋人を名乗る美女は、美月の心を的確に打ち抜いてくる。

 嫌な予感がさらに強くなった。

 頑張って笑顔を作ったはずが、きっと引きつったような笑顔になっていたに違いない。


「完璧な恋人が欲しいって、クリア報酬のあれで来たの?」

「うん、そうだよ」


 まさかの想いで聞いたのに、美月の予想と違って美女はあっさり頷いた。

 10個の命令を達成した。それはゲームだったから。完全な暇つぶしだ。

 完璧な恋人をお願いした。今すぐ欲しいものや願いなんて思いつかなかったから。願掛けみたいなものだ。

 その結果が目の前にいる美女。


「噓でしょー!!!」


 美月は頭を抱えて絶叫した。

 美女だけがニコニコと楽しそうに美月を見て来る。

 もっとちゃんと考えて願えばよかったと、現実逃避のように思った。

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