死亡フラグが立ちまくった悪役転生 〜俺は何度でも死に戻る〜

米津

第一章 悪役転生編

第1話 7日後に死ぬ悪役転生

「うっ……あっ……」


 気持ち悪い。


 どこかで低いうめき声が聞こえる――と思ったら、それは俺の声だった。


 何が起こったのか、頭がグラグラして考えられない。


 無性に吐きそうで、立ち上がるどころか膝さえ震えている。


 とにかく、ここは……。


 ゆっくりと首を動かして周囲を見回すが、視界がやたらとぼやける。


 家……じゃない?


 外……?


 地面は土と草。


 目の前には薄汚れた小道。


 その先に薄暗い池が広がっていた。


 俺はなんでこんな所にいるんだ――まったく思い出せない。


 頭痛と吐き気とめまいが同時に襲ってきた。


 もう限界だ。


 吐き気を抑えきれず、俺は地面に手をついて這うように池のそばまで進む。


「ごへっ……う……おぅ……」


 胃からこみ上げる酸っぱい液体を、池のほとりに思いきり吐き出した。


 しばらく喘ぐように息をついていると、少しだけ楽になる。


「はあ……なんだよ、このしんどさは……」


 まるで二日酔いみたいな気持ち悪さだが、ここ最近は飲んですらいない。


 なのにどうして……?


「俺、さっきまで何してた? ……仕事が終わって、家に帰って……そこで……」


 そこから先が思い出せない。


 記憶がきれいに途切れている。


 残業続きで体が限界だったのかもしれない――そう思いたいが、それにしてもこの状況は異常だ。


 頭が割れそうだ……いったん顔でも洗えば……。


 そう思い立ち、池をのぞき込む。


 水面の揺れに合わせて、見慣れない“誰かの顔”が揺らめいた。


「え……誰だ、こいつ……?」


 金髪碧眼の、少し丸みのある少年の顔がそこにあった。


「はっ、冗談だろ」


 俺は黒髪だし、こんな欧米人みたいな容姿じゃない。


 ――そう思って慌てて自分の頬をペタペタ触る。


 水面の“相手”も同じ動きをする。


「なっ!? ま、まさか……嘘だろ」


 俺は思わず後ずさった。


 すると再び強烈な吐き気が襲ってくる。


 へたり込むように膝をつき、唇を噛んだ。


「ちょ……待て待て……なんなんだよ、これ。意味わかんねぇって」


 体は熱く、頭はガンガン痛む。


 混乱と恐怖で視界が歪む。


 結局、それ以上踏ん張れず、俺の意識はそこで途切れた。


◇ ◇ ◇


 次に目を覚ましたとき、俺はベッドに横たわっていた。


 まぶたを重たく開けると、やけにゴテゴテした装飾だらけの天蓋が見える。


 天井の色、インテリア、何もかもが俺の知っている部屋とは違う。


 だが、なぜか既視感があった。


「ここは……?」


 むくりと起き上がろうとするが、全身が鉛のように重い。


 なぜここにいるのか、どうやってここへ運ばれたのかまったく思い出せない。


「気持ち悪い……」


 ぼそりと独り言が漏れたところで、不意に頭の奥で異様な感覚が膨れ上がった。


「……っ、なんだこれ」


 ――大量の記憶。


 自分のものではない思い出の断片が、洪水のように押し寄せてくる。


 あまりに膨大な量に、めまいを通り越して激痛すら覚える。


「イレース・レイモンド……ラグラン伯爵家の長男……魔法学園の一年生……? 性格は……最悪?」


 なんだよ、これ。


 知らない少年の人生が、まるで自分の過去のように流れ込んでくる。


 そのどれもが残酷で横暴なエピソードばかり。


 いや、待てよ。


 まさかこれって――。


「ゲームの……セブンストーリーズの悪役……?」


 たしか、正式なゲーム名称は、「英雄育成計画 〜セブンストーリーズ〜」だった気がする。


 セブンストーリーズとは、七人の主人公がおり、各キャラによってシナリオが異なる――いわゆるオムニバス形式のゲームだ。


 昔、実家にあったから一度だけやったことのあるゲームだ。


 本来なら七人の進行を楽しめるが、俺は一人目をクリアして満足してしまった。


 イレースというのは、その昔遊んだゲームに登場した嫌味な悪役キャラ――。


 こいつの記憶が、今の俺の頭の中に入っている。


「嘘だろ……俺、もしかして……異世界に転生したってのか? しかも、悪役キャラの身体に……」


 自分の手を見る。


 丸っこい指先と白い肌。


 俺の前世の身体じゃないというのは、池のほとりでもわかっていた。


 でも改めて実感すると、背筋がぞっと冷える。


 最悪だ。


 何が最悪かって?


 あの悪役キャラ“イレース”がどんな末路を迎えるか、ゲームをプレイした俺は知っている。


 主人公に決闘を申し込んで、あっさりと殺されるのがオチだった。


 そんなオチ絶対嫌だ。


「いやちょっと待てよ……確か、決闘って……」


 頭がさらにズキンと痛んだ。


 その瞬間、思い出してしまった。


「まさか、そんな……一週間後に行われる……のか?」


 どうやら既に“イレース”は主人公に決闘を申し込んでしまっているようだ。


 しかも、決闘を申し込んだのは、つい“今日”のことらしい。


「ざけんなよっ……なんで今日なんだよ……」


 理不尽すぎて思わず拳を握りしめる。


 このままいけば、俺は一週間後に殺される。


 何とかして回避しなければ……。


 しかし、まだ頭はガンガン痛いし、吐き気も完全には収まっていない。


 まずは少し休んでから、状況を整理して考えないと――そう思った矢先に、ドアがノックされた。


「……失礼いたします」


 すっと入ってきたのは、一人のメイド。


 見た目は同い年くらいか、少し年下にも見える少女だが、


 その顔にはイレースに対する強い恐怖がにじんでいた。


「お、お食事をお持ちいたしました……」


 彼女が運んできた配膳カートには、山のように盛られた料理が載っている。


 どう見ても俺が一度に食べきれる量ではない。


「あ、ああ……。ありがとう」


 俺が思わず礼を言うと、メイドはぎょっと目を見開いた。


 あ、まずい。


 イレースは普段、そんなこと決して言わなかったのだろう。


「あ……い、いえ……失礼いたします……!」


 彼女は何度も頭を下げたあと、ガチャガチャと皿を配膳し、足早に部屋を出ていく。


 部屋に残されたのは、食欲がまるでわかない俺と、盛りだくさんの料理。


「はあ……どうすっかな」


 まだ吐き気が残る身体で、俺は無理やり食欲を奮い立たせることをあきらめ、せめて水分だけでもとろうと、スープを一口すすった。


 その味はやけに濃くて胸がむかむかしたが、何も食べないよりはマシだ。


 明日からは本格的に動かないといけないだろうし。


 この“イレース・レイモンド”の身体と過去をどうにかしない限り、待っているのは決闘による死だけなのだから。


 だがまあ、


「さすがにこれは多すぎるよな。健康に悪いだろ」


 ということで俺は、次からもう少し量を少なくするようにメイドに頼んでおくことにした。

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