スローライト

f-akito

序章

序文 ナンディの記録

 私は石などの物質に記録を残す能力を持つ。


 それ故に、この何十年もの間伏せられてきた、このリヴを揺るがした二つの大きな大戦の記録を残す役目を界王様より命ぜられた。

 私たちの種族がリヴィアンよりも遥かに長い寿命を持つのはこうした役割なのだろうと思う。

 遠い過去の記録も先人たちが様々な方法で断片的に遺してはいるが、そこに私が新たな一ページを刻める名誉に感謝している。


 だが同時に、この眼で見て来た哀しい記憶に再び触れる事に大きな抵抗も感じる。私はその争いと哀しみの当事者でもあるのだ。

 争いは人の命を奪う。あの大きな大戦は多くの命を奪った。その哀しみはリヴを覆い、誰もが自分たちに訪れた不幸に畏怖した。

 だから彼らは抗った。その哀しみを払うために。

 それが争いの種であり、そこに善悪はないのだろう。


 世界を照らす光は私たちに多くの恩恵を与えてくれている。私がこうして記録出来る事も、火を灯し、水を流し、土を豊かにし、風が運ぶのも、私たちの力の源であるルクスだ。

 その光は決して優しいだけではない。誰かを護るのも、誰かを傷付けるのもルクスだ。人を幸福にし、人を狂わせるのもルクスだ。


 リヴに溢れるルクスは大いなる意思を持って世界を繋いでいるという。光は産み、火は芽生え、水は流れ、土は育て、風は広がり、やがて闇は終わりを告げる。死という滅びは刻の再生に繋がる。

 そのルクスの事実を、私はこの身が朽ちる時に少しだけ知るのだろうか。


 歴史は人の営みの積み重ね。血が流れる事も人の性なのだろう。私たちは簡単に争いを手放す事はできないかも知れない。それでもいつか、この哀しみの先に新たな在り方があると信じ、この先の未来を願おう。

 そして、私が傍で見てきた「彼」の記録を遺そう。


 オルトス・サーティスト。

 数多の戦の中に在りながら、表舞台に立つ事がなかった『神魔』——神をも恐れぬ闘いの魔人。

光を纏い払った大剣は、人々の意思も世界の流れも無視し、その「力」は世界を変え、覆い尽くした闇と死を払った。けれど彼のルクスはいつも哀しかった。


 争いの果てに訪れた疲弊した「今」が、本当の意味で「平和」ではない。

 それでも彼の「力」は世界を、「刻」を動かしたのだと私は信じている‥



        ナンディ・ハルジオン著

           『神魔伝・序文』


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