ユメミルハチミツコ

みかんの実

第1話 夢と現実




子供の頃からスカートとフリルとピンクが大好きだった。


明日の学校には何を着ていこうなんて、雑誌やネットを見ながら研究して。鏡の前ではファッションショー。


親は呆れていたけれど。




大学を卒業したら、絶対にファッション誌の作成に関わる仕事をしたいと思っていた。





高倍率をふりきって入社した出版社は、珈琲と大嫌いなタバコの香りが漂っている。



あー、珈琲じゃなくてさくらんぼの紅茶が飲みたい。

なんてデスクについて大きなため息を吐き出しそうになった時。





「河上こころ!!」


「は、はいっ!!!」



急に名前を呼ばれるものだから、咄嗟に背筋を伸ばした。



相手は振り向かなくても分かる。




低くて破壊力のある声の持ち主。


同じ部署の先輩の、相馬さんだ――。




彼が叫べば、この部署全体が揺れてしまう……とは言い過ぎだけど。

私にとってはその位の威力がある。




「今朝お願いした書類の部数確認、今日の夕方までだけど、終わってるのか?」



黒ぶち眼鏡の向こうからのぞく、切れ長の瞳が向けられるから。



「えっ、と、まだで。その今からやるとこです」


「チェック入るから時間厳守な!」


「すみません……」


私は肩をすくめて小さくなるしかない。



会社という閉鎖的な建物は、実際に入ってみないと分からないとはいうものの。

憧れと現実が全然違うものだったと知るのは、入社3ヶ月で十分だった。






希望していた会社に入れた、までは良かった。

編集部といっても、雑誌の数、本の発行の数だけチームがある訳で。


ファッション雑誌から程遠い、マニアックな競馬雑誌。

しかも、売れ行きの関係上、発行は奇数月。


馬の写真がメインで掲載されて、馬のランキングや競馬情報が主なもの。

時々イケメン騎士の写真やインタビューも入るけど。


まぁ、仕事だから仕方ないと言ってしまえば最後。




小さな息を吐いてパソコンに向かっていれば、




「河上くん。今いい?」


資料を持つ部長に肩を叩かれた。




「あ、はい」


「このところなんだけど、データ化してないファイル集めて入力頼めるかな」


そう言って、部長が穏やかに目元を細める。



「はい!了解です!」


「場所分かる?」


「あ、大丈夫です。この間教えて貰いましたから」


「じゃぁ、よろしくね」



"場所分かる?"なんて部長は優しいなぁ。


もー、言い方からして違うんだよね。

先輩だったら、"それぐらいやれ!!"の怒声で終わるのに。



私の好きなタイプは、絶対的に先輩より部長なんだけどな。




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