ユメミルハチミツコ
みかんの実
第1話 夢と現実
子供の頃からスカートとフリルとピンクが大好きだった。
明日の学校には何を着ていこうなんて、雑誌やネットを見ながら研究して。鏡の前ではファッションショー。
親は呆れていたけれど。
大学を卒業したら、絶対にファッション誌の作成に関わる仕事をしたいと思っていた。
*
高倍率をふりきって入社した出版社は、珈琲と大嫌いなタバコの香りが漂っている。
あー、珈琲じゃなくてさくらんぼの紅茶が飲みたい。
なんてデスクについて大きなため息を吐き出しそうになった時。
「河上こころ!!」
「は、はいっ!!!」
急に名前を呼ばれるものだから、咄嗟に背筋を伸ばした。
相手は振り向かなくても分かる。
低くて破壊力のある声の持ち主。
同じ部署の先輩の、相馬さんだ――。
彼が叫べば、この部署全体が揺れてしまう……とは言い過ぎだけど。
私にとってはその位の威力がある。
「今朝お願いした書類の部数確認、今日の夕方までだけど、終わってるのか?」
黒ぶち眼鏡の向こうからのぞく、切れ長の瞳が向けられるから。
「えっ、と、まだで。その今からやるとこです」
「チェック入るから時間厳守な!」
「すみません……」
私は肩をすくめて小さくなるしかない。
会社という閉鎖的な建物は、実際に入ってみないと分からないとはいうものの。
憧れと現実が全然違うものだったと知るのは、入社3ヶ月で十分だった。
*
希望していた会社に入れた、までは良かった。
編集部といっても、雑誌の数、本の発行の数だけチームがある訳で。
ファッション雑誌から程遠い、マニアックな競馬雑誌。
しかも、売れ行きの関係上、発行は奇数月。
馬の写真がメインで掲載されて、馬のランキングや競馬情報が主なもの。
時々イケメン騎士の写真やインタビューも入るけど。
まぁ、仕事だから仕方ないと言ってしまえば最後。
小さな息を吐いてパソコンに向かっていれば、
「河上くん。今いい?」
資料を持つ部長に肩を叩かれた。
「あ、はい」
「このところなんだけど、データ化してないファイル集めて入力頼めるかな」
そう言って、部長が穏やかに目元を細める。
「はい!了解です!」
「場所分かる?」
「あ、大丈夫です。この間教えて貰いましたから」
「じゃぁ、よろしくね」
"場所分かる?"なんて部長は優しいなぁ。
もー、言い方からして違うんだよね。
先輩だったら、"それぐらいやれ!!"の怒声で終わるのに。
私の好きなタイプは、絶対的に先輩より部長なんだけどな。
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