第1話 主顧問になった 2

 中学校では、3月の終業式の日に行う学級活動を「学級解散式」と呼んでいる。最終日にはお楽しみ会というようなイメージもあるが、実はそんなことはないのだ。教師が写真のスライドショーを作り、1年間を振り返ったり、生徒がお別れのメッセージを話したりと、悲しく寂しい、それでいて1年間で一番温かい時間になる。

 私はある先輩に、「解散式は明確な終わりを作る日」と話していた。来年度新しいクラスになり、生徒にはなるべく「前のクラスに戻りたい」と思ってほしくない。どれだけ強く願おうが無理だし、前向きな思いではないからだ。だから、明確な終わりを作る必要がある。思い出として完結させることで、次の一歩が踏み出しやすい。これは妙に納得できる話である。

 中川先生は終わりを作ることを放棄した。

 離任式の後は春休みになる。中川先生は自分で部活を計画していたが、一切顔を出さなかった。生徒たちにとっては、突然の別れになってしまったのだ。

「中川先生がいなくなったら、私たちどうなっちゃうんだろ」

「私たちは終わりだ。最後のコンクールなのに。」

「いったい誰が指揮をするんだろう。」

 春休みの部活は私が担当していた。話題は中川先生の離任でもちきりだ。とても気が重かった。

「蔵場先生が指揮するの?」

 私のことを気にかける生徒もいた。

「どうだろう。中川先生の代わりに来る音楽の先生がやるかもしれないし、まだわからないな。」

 本当はわかっていたが、4月の始業式まで来年度のことは話していけないことになっている。

「えっ、他の人がやるくらいなら、蔵場先生がいいな。」

「蔵場先生がいるなら、それでいいかな。」

 そんなことを言ってくれる生徒は何人かいた。救われる思いだった。数人の生徒だが、その子達がいればなんとかがんばれそうだと思った。

 生徒たちになにも告げずに出ていってしまった中川先生を憎らしく思う私もいたが、それなら生徒たちのこの気持ちをとことん利用してやろうと思えたのは、私が教員をはじめて9年目だからだ。2、3年目だったら、ただただやきもきしていただろう。経験とは恐ろしい。どんどん図太くなっていく。

 ここまでほとんど中川先生の愚痴のようになったしまったが、嫌いというわけではない。送別会では、職員を代表して中川先生に感謝の手紙を読んだが、号泣だった。尊敬しているし、感謝もしている。複雑な思いがあるのだ。


 4月になった。職員室に中川先生の姿はない。

 音楽科の中川先生が抜けたのだから、もちろん新しい音楽科の先生が着任する。その人と吹奏楽は一緒にやることになっている。その人の前任校は他地区で私は全く名前の知らない学校だった。その学校に吹奏楽部がないということは調べた。

 奈良先生は、いかにも音楽科という感じのおしとやかな女の子だった。

「吹奏楽はやったことあるんだっけ。」

「いえ、ありません。」

「なんの楽器やっていたの。」

「ピアノです。」

「なら、やっぱり指揮はおれがやらなきゃだね・・・。」

 奈良先生は、少し安心したような表情を浮かべた。

 奈良先生は教員歴3年で、私より年下だった。これははじめての経験だった。以前私がコンクールで指揮をしたときは、副顧問の先生は年上のベテラン教師だった。保護者対応や生徒指導は、ほとんどその人に任せることができた。自分より経験が浅い人が副顧問ということは、自分が全部やるのか。これは大変になりそうだ。

 しかし、この年下の先生が副顧問になったというのは、私にとってとても良い方向に働いた。そのことはまた後日話そうと思う。

「奈良先生、これ自由曲と課題曲のスコア。とりあえず渡しておくね。」

「ありがとうございます。」

「ところで、来週の土曜日から休日の部活始まるんだけど、来れるかな。」

「日曜日は法事があっていけないのですが、土曜日は大丈夫です。」

「ありがとう。今後、毎週部活あるけれど、無理して来なくても大丈夫だからね。いてくれると助かるけれど、いないとできないってことはないから。」

「大丈夫です。日曜日以外は、いけます。」

 吹奏楽部の拘束時間は長い。しかも、運動部と違って、ローテーションで生徒を見るということが難しい部活でもある。同じ曲を何人も違う人が順繰りに指導すると、音楽の方向性がそろわず、生徒が混乱してしまうからだ。だから、指揮者一人いれば、なんとなく部活はまわってしまう。副顧問は拘束時間が長い割に仕事がない。それを申し訳なく思うが、いてくれるだけで少し安心できるのだ。

 この奈良先生との出会いの大切さに気付くのは、もっともっと後の話。

 4月7日。始業式。私が3年生の担任であること、そして吹奏楽部の顧問になったことが発表された。

 いよいよ明日ははじめての部活だ。生徒の前で話すことを、十分に準備をしよう。

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