俺はノートを閉じると、雅志の勉強机を立った。

 窓辺に寄る。この二、三日吹き荒れている北風に乗って舞う雨粒が、ガラスに乱暴な水玉模様を描いている。

 ほうっと息をつくと、知らずに入っていた肩の力が抜けた。


 ━━地味な話だな。


 雅志の書いた物語を一読しての、正直な感想だった。


 どこにでもいる平凡な高校生男子が事故死し、中世風の別世界に転生する物語。

 超絶美形の剣士に生まれ変わる以外は、華やかな要素はほとんどなかった。由紀子に聞いていた勇者譚でもなければ、ハーレムものでもない。

 それどころかこちらの世界でも起こるだろう、到底テンションのあがりようのない、反対に気分が落ち込みそうなエピソードばかりが並んでいた。たとえば友達に変なあだ名をつけられいじられたり、剣の師匠にパワハラを受けたり、根も葉もない噂を流され周りのみんなに白い目で見られたり……。

 せっかくイケメンになったのに、初恋さえも叶わないのだ。

 そんなパッとしない人生を、主人公がどうにかこうにか頑張って生きていく物語。


 ━━地味というか、地道というのか。


 とにかく転生しても、あまり楽しそうな世界ではなかった。


 雅志は出版社の賞にでも応募するつもりで書いたのだろうか。文才の有無を判断するだけの力は俺にはないし、ラノベ市場の現況も知らないが、読者に受けそうな内容には思えなかった。

 雅志自身、失敗作と判断して、不用品と一緒に葬ったのかもしれない。


 期待していた手がかりはなかった。小説のなかに、たとえば実際にある地名や知っている人名を思い起こさせるものは、見つけられなかった。


 窓が曇る。

 さっきついたため息よりも重たい息が零れた。


 ━━?


 俺は向かいの公園にじっと動かない人影があるのに気がついた。いつからそうしているのか、傾いだ傘から長い髪も、紺色のコートの肩もはみ出している。


 ━━このマンションを見上げてる?


 傘の傾きを直しもせず、雨に打たれ続けている女の子の姿は、何事かをじっと思いつめているように映った。

 彼女が片手で縋りつくように抱き寄せているスクールバッグは、雅志の通う高校のものだった。

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