第8話

 ローズがジークに護身術や短剣を習うようになってから半月が過ぎた。


 朝から昼にかけてジークの授業で午後からは旅の準備や家の事を手伝う。そんな忙しい日々をローズは送っている。

 ジークとは未だに清い関係だが。旅に連れて行ってもらうにはまず、自分の身を守れるようにならないといけない。ローズは必死になっていた。

「……ローズ。今日はここまでにしようか」

「うん。わかった」

 ローズが借りていた短剣を返すとジークはそれを懐にしまう。そしてゆっくりと立ち上がった。

「久しぶりにお前の淹れたお茶が飲みたいな。いいか?」

「え。構わないけど。いきなりどうしたの」

「いきなりって。俺、最近はローズの淹れたお茶と作ったクッキーを食べていなかったから。欲しいなと思っただけだ」

 ジークは真面目な顔で言った。ローズは面食らって目を見開く。薄い茶色の瞳が日に透ける。


「……ジーク。いつもはそんな事言わないのに。本当にどうしたの?」


「いや。ちょっと言ってみただけだって。まあ、お茶とクッキーは出してくれよな」


「わかったよ」


 ローズは仕方ないと思いながらも村に続く道に向かう。ジークも付いてきた。二人して戻ったのだった。



 その後、ローズは自分の家にジークを連れてきた。リビング兼キッチンになっている部屋にてお茶を淹れ、クッキーを出す。お茶は摘み立てのハーブによるフレーバーティーで淡い緑色の飲み物だ。クッキーはクルミの実が入ったものでサクッとした食感が美味しい。


「……ローズ。とりあえず、お前の護身術もだいぶ上達してきたし。来月になったら王都に行こうと決めたから。準備をしておいてくれよ」


「え。本当?!」


「ああ。とりあえず、旅に必要な物で足りないのがあったら言ってくれ。一緒に街まで買いに行こう」


 ローズはそれには頷いた。ジークはこくりとフレーバーティーを口に含んだ。ちょっと苦味があるが。それも慣れているので気にしない。


「えっと。雨避けの外套と油紙に。後、着替えと。必要な物かあ」


「何ならお袋さんに聞いてみな。教えてくれると思うぞ」


「それはそうよね。わかった、母さんが帰ってきたら聞いてみる」


 ジークはそうするといいと言ってクッキーを食べた。サクサクといい音が鳴る。


「……ジーク。でも旅のことを父さんに言ったとしたらよ。反対されないかな」


「……うーむ。俺と一緒だとしても反対されるかもな。確かにローズの言う通りだ。そこは失念していた」


「そうよね。はあ、父さんの説得か。緊張してきた」


 ローズはため息をつく。本当に父に言うとなるとなかなかに彼女にとっては難問のようだ。ジークはちょっと考えて言った。


「仕方ない。ローズの親父さんの説得は俺がするよ。お袋さんはお前がやってくれ。二人で手分けしたらかかる時間もちょっとは減るだろう」


「ごめん。ジーク」


「いいって。その代わり、またお茶とクッキー頼むぜ」


「はーい」


「んじゃ、ご馳走さん。うまかったぜ」


 ジークはにっと笑いながら立ち上がる。そのまま、手をひらひらと振りながら家を出て行く。ローズは相変わらず風のような人だと思いながら後片付けをした。

 カップやお皿を流し台に持って行き、カチャカチャと音を鳴らしながら水で洗う。お手製のスポンジでだが。一通り洗うと布巾で水気を取りながら籠の中に入れる。まだ、両親は畑仕事の最中だろう。ローズには姉がいたが。三年前に隣村の若者と結婚して嫁いでいた。なので家のことは母と二人で分担してやっていた。父も畑で野菜を育てたり鶏を十羽程飼って育てている。ヤギも二頭ほどいて乳を搾(しぼ)ってはチーズに加工したりして売っていた。

 ローズは来月になったら王都に行くのかとぼんやり考えた。また、ふうと息をついたのだった。

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