第5話 日常

 遊園地に出かけてからしばらくたったある日。

 十二月の前半、休日にれいみはひめのとふみかを誘って三人でのお出かけをしていた。

 学校から十五分ほど歩いたところにあるショッピングモール。

 最上階の映画館にたどりついた三人は、さて何の映画を見るか相談する。


「うーん。結構時間があるから、ついでに映画を見ようとは思ったけど、私たち三人で見るってなったら何がいいか迷いますね」

「そうね。――あ、これ」

 ポスターの前で悩んでいるひめのに返事をした後、れいみがCM用のスクリーン前で足を止める。

 女性バディのアクションシーンが映ったPVにひめのも目を輝かせる。

「わー!すごいすごい!強い!」

「れいみもひめのも気になるなら、これにする?」

 そんな二人の様子を見て、ふみかはPVを指差しながら言った。

「ふみかちゃんいいの?遠慮していない?」

 れいみの言葉に、ふみかは首を振って否定する。

「大丈夫。普段見ないジャンルだから逆に興味あるかも」

「よし!じゃあ、三人分チケット取ってきますね!」

「あ、待って私が行くわ」

 券売機に向かいかけたひめのを見て、れいみが「先輩に任せなさい」と柔らかく笑う。


「上映時間は――十分後ですね」

「時間も丁度よかった」

 ひめのとふみかがスケジュールを確認していると、チケットを取り終えたれいみがやって来る。

「それじゃあ、いきましょう」

 上映スクリーンに向かう三人。

 ふみかは、友達とすら映画に一緒に行ったことがなかったのに、いきなり恋人と行くことになるなんてと緊張した。

 れいみを真ん中にして両隣にはひめのとふみかが座席に着く。

「あ、れいちゃん。手、繋いでいてもいいですか?」

 上映前のCM中。小声でひめのが右隣りのれいみに訊ねる。

「いいわよ。でも、この映画はホラーじゃなかったような気が……」

「もう、そういうんじゃないですよ。デートの定番じゃないですか!」

 ぷくりと頬を膨らませるひめのを見て、れいみはすかさずひめのの右手を自身の左手で軽く握った。

「これで、大丈夫?」

「はい、よくできました。なんちゃって。ありがとうございます」

 小声でおどけるひめのにれいみが視線を向けていると、ふいに右肩をつつかれる。

「あの、れいみ……私もそれ、やってみたい」

 れいみが右側に振り向くと、遠慮がちに言ったふみかがそっと左手をれいみに差し出していた。

「もちろん」

 れいみは左手でひめのの手を握ったまま、右手でふみかの手を包んだ。

「ありが、とう」

「ふみちゃん、顔赤くなってる。可愛い」

 ひめのに指摘されて、慌ててふみかは空いた右腕で顔を隠した。

「ふふっ、図書館ではもっと近くにいるのに。慣れない場所だから緊張しているのかしら」

 そうれいみに言われながら優しく手を撫でられたふみかは、顔を見られないようにと俯いてしまった。

「だって、周りに人がいるのに、こんなこと」

 呟くとより意識してしまったのか、耳まで赤く染まったが――同時に劇場内の照明が完全消灯し、その赤さは誰にも見られずに済んだようだった。


 一時間半ほど映像を堪能してから興奮気味にひめのが出てくる。

「かっこよかったですね!」

「ええ、本当に良かったわ。コメディシーンとシリアスシーンのバランスも良くて引き込まれちゃった」

「うん。特に、あの後輩ちゃんのアクションシーンがすごくカッコよかった」

 ひめの、れいみ、ふみかと、順繰りに感想を語りながら次の場所へと向かう。


「敵をビシバシ殴りつけていくの、緊張感も爽快感もあって凄かったですよね!」

「れいみもあんな感じに悪者退治出来る?」

 ひめののオーバーなパンチの動作を笑いながら、ふみかはれいみにおどけながら聞く。


「もう。そんなわけないでしょう?」

「そうですよ、ふみちゃん」

 れいみもひめのも否定する中、ふみかは続けて

「でもれいみ。昔、合気道習っていたって聞いたことある。しかもかなり上達してたって」

「まあ、護身術として身に着けていて、たまに身体がなまらないようにやっているけれど……そうね、二人が困ったらいつでも助けられるようにはしているつもりよ」

「れいちゃんかっこいい……」

 ひめのからの羨望のまなざしを受けて、れいみは気恥ずかしくなる。

「あ、見て、ここのアクセサリー可愛い!」

 ひめのの視線から逃げるように、れいみは雑貨屋へ入った。


「ほら、これとか三人でお揃いにしない?」

 れいみは星が三つ連なったメタルチャームを手に取って二人に見せる。

「うん。落ち着いたデザインだし、私もこれなら一緒につけたい」

 ふみかも気に入ったようで青色の星チャームを手にする。


「あ、カラーバリエーション結構ありますね。そんなに大きくないから、ピンクでもアクセントになって可愛いかも」

「それじゃあ、私は黄色にするわ」

 れいみは黄色のチャームを手に取った後、ふみかの青、ひめののピンクのチャームを持ってレジへ向かう。

「せっかくだから、これは私から二人にプレゼントさせて!」

 気持ちを込めて言うれいみに、二人はありがとうと素直に受け取る。


 * * * 


 ある程度ショッピングを満喫し、一息つくためにチェーン店のカフェに入った三人。

 れいみはカフェラテ、ふみかはアールグレイ、ひめのはカフェモカを注文して席に着いた。


「あの、実は今日二人に話したいことがあって……」

 そう切り出すれいみの表情を見て、ふみかとひめのは少しびっくりする。

 れいみが普段見せない、不安そうな表情だった。


「えっと、もしかして結構重要なお話ですか?」

 ひめのが訊ねると、ふみかも肯いてれいみの方を見る。


「そう、ね。ほら、私はもうすぐ卒業になるじゃない?そのことについてお話したくて……」

「そっか、卒業ですか……うぅ、学校でれいちゃんと会えなくなるの寂しいです」

 ひめのが言って俯くと、れいみは声のトーンを柔らかいものにして

「私もそう思っていて、それで一つ提案したいことがあるの」

「提案?」


 ふみかの言葉にれいみは一つ深呼吸して


「大学は白桜高校のお隣の駅にある場所になるんだけど、その駅の近くに家を借りようと思っているの」

「わ、一人暮らしですか!いいですね、遊びに行きたいです!」

「ううん。そうじゃなくて。二人がよかったら、三人で暮らしたいの」

「そっかー、三人で!それはいいですね――え?」

「ちょっと待って、れいみ、それって三人でルームシェアするってこと?」

「ルームシェアとか同棲とか、言い方は色々あるけれど、そうできたらいいなって考えていて――もちろん、二人の意見を尊重するから、嫌だったらはっきり言ってほしいの」

「そんな、まさか!れいちゃん、内見行きましょう、内見!三人の愛の巣を探しに――」

「こら、ひめのはしゃぎすぎ。こういうのは私たちだけで決められないでしょ。親にもちゃんと伝えてからじゃないと。まあ、私も許可が出たら賛成だけどね」

 ふみかがひめのの肩を軽く叩く。


 二人からの賛同を受けてれいみはほっと一息ついた。

「お家は4月までには住めるようにしておきたいけど、私たち学年もバラバラだし、二人が実際に一緒に住むのはいつでもいいからね?学校を卒業したタイミングでも大丈夫だから」

「わかりました。私も家族に話してみます、というか説得してみせます!」

「ちょっとひめののテンションにはついていけてないけど、私も家族に訊いてみる。れいみの提案、嬉しいよ、ありがとう」

 ふみかがお礼を言うとれいみが微笑んで「私こそ、受け入れてくれてありがとう」と返した。


「そっかー、れいちゃんが卒業しても、一緒にいられる……えへへ、明るい未来が見えて嬉しいです!」

 ひめのが喜ぶその隣で、ふみかは少し考えていた。


 三人で一緒にいる、その未来について。

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