第7話 国王、謝る

 二度目の迷宮訪問の機会は、それほど待たずに訪れる。

 アモルが迷宮の入り口で蹴り倒した男性探索者。

 結局、初日の帰りに会うことはできず、謝罪もできなかったことを後悔していた様子のアモルからのおねだりで、十日と経たずに再訪することを決めた。

 手土産の準備も抜かりなし。

 王族御用達の菓子だと素性がバレる可能性があるため、城下で話題だという店で焼き菓子を購入したらしい。

 出がけに一つ食べてみたが、なかなかどうして。

 普段口にする菓子と遜色ない水準の味だったことに驚くと同時に、これならきっと喜ばれるだろうと確信しつつ迷宮に向かう。

 目標は……いた。

 大勢の探索者達の好奇の視線のなか歩み寄る私達に相手も気付いたらしい。

 目を丸くしながらも、恐れる様子も見せず堂々と近づいてくる。


「これは驚いた。もう現れないかと思ったぞ? 仮面の二人組よ」


 仮面の二人組?

 ……いいじゃないか。

 正体不明な感があって、男心をくすぐる響きだ。

 が、今は置いておこう。


「流石に、暴力を振るったうえに逃走したままではいられないさ。いてくれてよかった。確か、ゲンマだったな」


 言いながら右手を差し出すと、男がニヤリと笑い、がっちりと握り返してくれる。

 

「ああ。改めて、ゲンマだ。探索者は半分引退して、今はお節介な世話役をしている。言ってしまえば若い連中のお目付役だな」


 歳は、四十を超えたくらいだろうか。

 肩をすくめる仕草がなんとも絵になるものだ。

 お節介などと言っているが、遠巻きに私達を見ている若い探索者達の様子を見れば、慕われていることがわかる。

 イタズラにこの男にちょっかいを出そうものなら、四方八方から攻撃を受けることになるだろう。

 

「なるほど、世話役か。あの日は、私達の姿を見て放っておけずに声をかけてくれたのだな」


「そのとおりだ。信じられないかもしれないが中にはいるんだ。実力もないのに見た目だけでも目立とうという馬鹿な新人が」


 顔を顰めながらため息を吐くゲンマの言葉に、アモルが首を傾げる。

 

「そんな新人さんは、魔物の餌になるだけでは?」

 

「そうだな。だから、そうならないようここで俺がある程度篩にかけているのさ。あーっと。名前を聞いても?」


 これはいけない。

 私としたことが名も名乗っていなかった。

 慌てて居住まいを正すと、隣に立つアモルも背筋を伸ばす。


「世話役殿におかれては大変な失礼を。私はクレス。こちらは妻のアモルだ」


「アモルと申します。先日は頭に血が上ってしまい、大変な失礼を。心よりお詫び申し上げます。こちらは、お詫びの菓子です。お口に合うかわかりませんがどうぞ召し上がってください」


 頭を下げつつ、リボンで美しく飾られた小さな木箱を差し出す愛妻。

 しかし、ゲンマはその木箱を受け取ろうとせず、なぜか渋い顔を見せる。


「……クレスとアモルだと? いや、流石にそれは不敬が過ぎるぞお前達。よりによって、国王陛下ご夫妻の名を名乗るなど」


 ああ、なるほど。

 そうなるのか。

 どうしたものかとアモルに目配せすると、小さく首を横に振ってみせる。

 その仕草の意味は、誤魔化し不要。


「よく言われるのだが仕方ないだろう。生まれた時からこの名前なのだから」


「まさか本名だと言うのか? それも二人とも? それで夫婦だと? どんな確率だそれは」


 呆れたように言ったゲンマだが、私達が嘘をついていると断定しないこの男は、きっと信用できる人間なんだろう。

 慕われているのも理解できるというものだ。

 

「とにかく、ふざけているとか、陛下の名を騙るとか、そういうわけではないことは承知おいてくれ」


「承知おけと言われてもな……。今後知り合いが増えるたびに聞かれることは覚悟しておくんだな。それほどその名前は目立つし、重いものだ」


 言われなくともわかっているさ。

 本人だからな。

 ……とは言えない立場なのが辛いところだ。

 

「王と王妃の名前は、それほど広まっているものか?」


 まだまだ市井からの評判を気にする段階にない私だが興味が湧き、なんとはなしにそう尋ねてみると、ゲンマがカッ! と目を見開き前のめりになりながら力説する。


「当たり前だ! 『オライオンの未来』クレス・オライオン陛下と、その妻である『聖女』アモル・オライオン様だぞ? 大半の国民は、若くして即位され、国の安定に尽力される陛下のお姿に胸を打たれているし、そんな陛下を影に日向に支えていらっしゃる王妃様の優しさとお人柄に感動しているんだ。下手をすれば、お二人を馬鹿にしていると勘違いした輩に絡まれる可能性すらある。できる範囲で周知してはおくがお前達も無駄に目立つようなことは控えて……、おい。なぜ今の話を聞いたうえで揃ってニヤニヤできるんだ」


 ニヤニヤするなと言う方が無理だろう。

 そうか、市井からも一定の評価を得られているのか。

 しかも、私だけでなくアモルも王妃として国民に好かれているとは。

 駆け出しの王として、これほど嬉しいことがあるだろうか。


「すまないゲンマ。いや、気をつけよう。そもそも、私達は他の誰かと親しくしたいとか、そんな考えはないからな。きっと大丈夫だ。と、ゲンマ。そろそろこれを受け取ってくれ。先程妻も言ったが、先日の詫びだ」


 アモルから木箱を受け取り、ゲンマに強引に手渡す。

 

「いや、詫びの品などはいら……おい。これは」


「まあ! ご存じなのですね! お城の側にある菓子店の焼き菓子。なかなか手に入れることができないのですが、運良く買うことができましたので。どうぞお納めください」


 アモルが花が咲いたような笑みを浮かべて嬉しそうに言う。

 てっきり菓子など門外漢だとばかり思っていたが、探索者の世話役を務めるゲンマほどの立場になるとあの店も知っているのか。

 侮れないものだ。

 

「困ったことがあったら声をかけるかもしれない。その時はぜひ助けてくれ。では、またな。行くぞ、アモル」


 和解は成った。

 さあ、これで引き摺るものはない。

 気持ちが軽くなったからだろうか。

 心なしか、アモルを抱えて走る足取りも先日より軽い気がする。

 後ろからゲンマの声が聞こえるが、応援してくれているのかもしれないな。


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