第6話 国王、余裕を見せる
ミノタウルス討伐を終え、アモルを抱いて迷宮の入り口に戻った私達を迎えたのは、先輩探索者達からの強い視線だった。
まあ、理由はわかる。
あのゲンマという男はこの迷宮に潜る新人を気にかけ、注意を促す役割を担っているのだと思う。
恐らく、信頼も相応に篤いのだろう。
私達はその信頼の篤い男を足蹴にして逃走したのだから、この視線の意味は推して知るべしというやつだ。
ゲンマ本人の姿があれば頭の一つも下げようと思っていたが見当たらず、やむなくそこから城まで一気に駆け抜けさせてもらった。
翌朝。
即位してからというもの、朝まで熟睡することなどなかったが、やはり迷宮で体を動かしたことがよかったのだろう。
侍女に起こされるまで一度も目を覚ますことなく深く眠り、昨日までの疲労が嘘のように爽快な気分で起き上がることができた。
そんな私の様子を見て嬉しそうに笑うアモルに普段よりも熱烈に口づけし、意気揚々と執務に臨む。
「おはようございます、陛下。いやあ! 昨日は大変見事なお手前でございました。あれだけ綺麗に投げられたのは小僧の頃以来。流石は、オライオンの未来と謳われた陛下でございます」
朝から城中に響かんばかりの大声でそう言うのは我が国の宰相、ダルム。
今日も文官然としたゆったりとしたローブを身につけているが、なんせでかい。
昨日までの私なら、この威圧感のある巨漢宰相の声の大きさに顔を顰め、辟易としながら一日を過ごしていただろう。
しかし、今日は違う。
心に生まれた余裕を以って、宰相に苦笑いを向けながら言う。
「お前が暴れたせいで近衛に怪我人が出たのだぞ? 笑っていないで反省してくれ」
いつもと違う私の落ち着いた様子に気づいたのか宰相が僅かに目を見張ったが、すぐにニヤリと男臭い笑みを返してきた。
「もちろん反省しておりますとも。既に今朝のうちに怪我をした近衛達に頭を下げに行き、見舞いの品も渡してまいりました。……ただまあ。私のようなジジイに遅れをとるようでは近衛もまだまだ鍛え方が足りないようですな」
そんなことを言いながら、丸太のような首をコキコキと鳴らす宰相。
しかし、それは言うだけ無茶だろう。
「近衛の誰よりも腕も首も太いジジイに遅れをとったとて、私は彼らを責める気はないぞ?」
そもそも、昨日私に頭から床に叩きつけられたというのにたんこぶ一つできず平然としていたところからしておかしい。
頑丈さが過ぎる。
そう指摘してやると、宰相が無念そうにゆっくりと首を横に振った。
「これでも歳のせいで一回り縮んだのですが」
「足りん。あと二回りは縮んでもらわねばお前が文官であるという事実との整合性が取れんだろう。鍛えるなとは言わぬが、それに充てる時間を減らして体を休めてはどうだ?」
老いる気配がないとはいえ、歳は歳だ。
父が急逝した身として良かれと思って体を休めることを勧めたのだが、それを聞いた宰相はなぜかワナワナと震え出し、動揺したような表情で身を乗り出してきた。
「私から鍛える時間を奪うとおっしゃるのですか!? それは、それはあまりにもご無体な!!」
「そんなに狼狽するほど嫌か!? わかった。わかったから落ち着け! 余暇の過ごし方にまで口出しされたくないのであれば、頭に血を上らせないように努めろ。私も、国王業に力を貸してくれる臣下を、何度も頭から床に叩きつけたくはない」
余暇の過ごし方の自由を手にしたことで、今の今まで動揺していたのが嘘のように落ち着きを取り戻す宰相。
しかし、すぐに苦い顔を見せながら言う。
「昨日は公爵の態度にハラワタが煮えくり返る思いだったもので、ついつい」
「ついついであれだけ暴れられてたまるか。……とは言うものの、言いたいことはわかる。むしろ、お前の部下達や近衛の前では言えなかっただけで、本心はお前寄りだ」
問題を起こした公爵への鉄拳制裁。
それが叶えばどれだけ楽なことか。
そんな、立場上実現困難な罰を思ってついつい奥歯を噛み締める私を見た宰相が、なるほど、と呟く。
「嫌な予感しかしないが一応聞こう。何がなるほどなのだ?」
「はい。部下達や近衛の前では言えない胸の内を吐露されたと言うことはつまり、陛下はこう仰りたいのですな? 私と陛下の二人で南の公爵領を灰燼に帰そう、と。もちろん異存はございません。そうと決まれば」
何がなるほどで何がそうと決まればだ!
腕力的解決から離れろ!
……待て待て。
ここで心を乱してはせっかくのアモルの気遣いが台無しではないか。
いいか、クレス。
心穏やかであれ。
「落ち着け宰相。奴の処遇については罰金と、本人および後継への国からの監視と結論は出た。次に何か起こすようなことがなければ、それ以上の罰は与えられない」
「ふむ。では、何か起こせばその限りではないわけですな?」
「宰相」
積極的に騒ぎを起こす宣言だと誤解されかねない発言に、思わず視線と言葉が強くなる。
暫しの睨み合いののち、宰相が深々と頭を下げた。
「失礼いたしました。もちろん、冗談にございます。いえ、馬鹿なことをしでかせばこの私自ら痴れ者の首を引っこ抜いてやるとは思っておりますが、そのために積極的に仕掛けようなどとは考えておりません」
「その言葉、信じるぞ。ただでさえ父が急逝して国内が不安定なのだ。宰相と公爵家の殴り合いなど、面倒見切れんからな」
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