第3話 国王、襲われる
オライオン王都は、城を中心に東西南北に分割され、それぞれを東区、西区、北区、南区にと呼ばれる。
それぞれ、商店が集まっていたり、貴族の屋敷が多かったりと区割りごとに特色が見られるなか、異彩を放っているのが私達が闇夜に紛れてやってきたこの北区だ。
よく言えば都で最も活気に溢れる場所であり、悪く言えば雑多で治安が悪い。
その理由は私達の目的地、迷宮の存在にある。
「しかし、よくもまあこの時間帯にこれだけ人がいるものだな。国王としては大変ありがたいのだが、彼らはちゃんと寝ているのだろうか」
迷宮への人の出入りを管理するために設けられた管理棟内には、そう呟かざるを得ない程の人間が屯ろしていた。
この時間にこれだけ人がいるのは、ここを除けば酒場くらいのものだろう。
「聞いたところによれば、昼と夜では迷宮に現れる魔物の種類が変わるのだとか。夜の魔物は昼のそれに比べて凶暴な分、高値で売れる素材が手に入るそうです」
「なるほど。眠りを忘れて一攫千金を狙う、か。なんとも浪漫に溢れているな。嫌いではない」
男の浪漫というやつだな。
いや、中には相当数の女性も混ざっているか。
すると、彼らのような迷宮に潜る人間を示す言葉を借りて、探索者の浪漫と言った方が適切かもしれない。
「腕自慢の探索者のなかでも、より自信のある方々はこの時間を好んで迷宮に潜る傾向にあると、報告が上がってきております」
何やらガサガサと音を立てながら説明するアモル。
音が気になって視線を向けると、分厚い紙の束を握っているではないか。
「アモル。なんだその紙の束は」
「手の者がまとめた迷宮に関する報告でございます」
私の問いかけに当たり前のように答える愛妻だが、なんだそうか、とはならない。
先程はぐらかされたことも含めて改めて尋ねてみる。
「アモルよ。見たところ鞄などは持っていないようだが、この仮面といいその紙の束といい、一体どこから取り出した?」
「ふふっ。秘密のある女って、魅力的だと思いませんこと?」
秘密のある女が魅力的などと、おかしなことを言うものだ。
「秘密などなくとも、アモルは十二分に魅力的だ」
秘密があろうがなかろうが、私の妻がオライオンで、いや世界で最も美しいことに疑問を挟む余地はない。
「まあお上手! さ、参りましょう陛下。時間は有限ですわ」
……結局私が妻への愛を伝えただけで秘密について一切明かされていないのだが?
その後も先行するアモルに残りの仮面をどこにしまってあるのか尋ねてははぐらかされ、尋ねてははぐらかされを繰り返しながら進む私達に声が掛けられた。
「お前達。そう、そこの仮面の二人組。見ない顔だな。新人か? にしては、随分派手だが」
そう言ったのは、大小様々な傷が刻まれた鎧を着込んだ男。
呆れたような視線を向けているのは、私達がはしゃいでいるように見えたからだろう。
「ああ。今夜が初めての迷宮でな。派手なのは……まあ、妻の趣味だ」
「仲が良さそうだとは思ったが、夫婦で迷宮に? しかも初めてでこの時間帯とは。色々言いたいことはあるが、迷宮では全てが自己責任だ。初めての迷宮で命を落とす探索者も珍しくはない。舐めていると痛い目を見る。そう、こんな風にな」
言うが早いか鞘から剣を抜き、私に向かって斬り掛かってくる男。
その一振り目を下がりながら躱しつつ考える。
いきなり絡まれるとは、私の何が気に障ったのだろうか。
やはり、この仮面が派手過ぎたか?
こんなことなら白銀ではなく紺碧の方にするんだった。
「なにを!」
男の行動に怒りを含んだ声を上げるアモル。
こんなところで怪我をしてもつまらないし、仮面の選択を誤った反省は後でするとして今は抵抗させてもらおう。
今にも飛び出そうとするアモルを制しつつ男を迎え撃つことを決めて正対すると、裂帛の気合いと共に頭上から振り下ろされる刃。
避けるなら後ろか、左右か。
いや、違うな。
私の選択は、この身を両断せんと襲いくる刃を左右の掌で挟み、力づくで止めてやること。
まさか素手で抑えられるとは思っていなかったのか、男は目を丸くして剣を引こうとするがそうはさせない。
国王の腕力を舐めてくれるなよ?
力比べで国民に負ける国王など、この世にいるはずがないのだから。
探索者の先達としての意地か、顔を真っ赤にしながら剣を奪い返そうとしていた男だったが、国王たる私の腕力の前についに力尽き、剣を手放した。
これにて、一件落着。
「イタズラにしては随分本気が感じられる剣筋だったな。私でなかったら怪我をしていたぞ?」
そう言いつつ、大切なものであろう剣を差し出すと、意外そうな表情を浮かべてこちらを見てくる。
そのまま動かないので、いらないのか? と問うと、男は恐る恐る両手で剣を受け取り、そこでようやく安心したようにほっと息を吐いた。
「……勘違いした新人かと思ったが、どうやらそうではないらしいな。いいだろう。私はゲンマ。お節介な世話やぐべっ!?」
この瞬間、私が理解できたことは三つ。
一つ、この男がゲンマという名前であること。
二つ、視界の外からすごい勢いで走ってきた愛妻が両足で床を踏み切って高く飛び、着地を度外視した蹴りを放ったこと。
三つ、蹴りを受けたゲンマが私の視界から消えたこと。
「……私の愛する旦那様に刃を向けるとは。よろしい。望みどおり神の御許に送って差し上げようではありませんか」
妻がそれはそれは怒り狂い、倒れて動かないゲンマに追撃を与えようとしていることと、周りからよろしくない注目を集めていることも追加しよう。
ふむ。
「アモル!! やめなさい!! 周りの諸君も見てるから落ち着くんだ!! 初対面の人間を足蹴にするのはよろしくない!!」
今まさにゲンマの頭を踏みつけんとする愛妻をすんでのところで抱きしめて制した私。
しかし、妻は倒れたままの男に憎しみのこもった視線を向けながら絶叫する。
「でも! あの男が! 絶対に許さない!」
このままではまずい。
とりあえず、人目のない場所に。
そう考えた私は、ここに来たとき同様アモルを抱え上げた。
「すまないゲンマとやら! 詫びはあとで必ず! 行くぞアモル! こら、暴れるな!」
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