第2話 国王、抜け出す

 迷宮に行きたいという愛妻からの予想外のおねだりに戸惑いはしたが、男に二言はない。

 アモルの希望を叶えるべくどう動こうかと考えを巡らせていると、あれよあれよと言う間に侍女達の手で着替えさせられ、気づいた時には城の裏門を潜っていた。

 誰にも気付かれることなく、あっさりと。

 深夜に、アモルと二人きりで。

 

「色々言いたいことはあるが、これほど簡単に抜け出せるとは、城の警備体制はいったいどうなっている? いや、そもそもこれから行くのか?」


 諸々に対する疑問に首を傾げると、横に立つアモルが腕に抱きつきながら見上げてくる。

 

「ふふっ。ご安心ください。この裏門から衛兵達の目が逸れる空白の時間は、私と私の手の者が計算に計算を重ねた末に導き出したもの。他の誰にも知られることはありません」


 城の主としては、果たして安心していいのだろうか。

 そもそも、いつからそれを計算していた?

 疑問は尽きないが、妻が楽しそうなので良しとすることにしよう。

 

「しかし、相変わらず優秀だな。君も、君のお付きの侍女達も」


「陛下にお褒めいただいたことを知れば皆喜ぶことでしょう。でも、あの子達はあげませんよ?」


 腕に抱きついたまま悪戯っぽく笑う愛妻。

 その愛らしさに、ついつい額に口付けなどしつつ答える。


「とりあげたりはしないさ。ただ、優秀な彼女達に嫌われたくないからね。私がアモルのことを深く愛しているということはくれぐれも伝えておいてほしい」


「それは毎日伝えておりますのでご安心ください。あの子達は、私が陛下のどこを愛しく思っているか、全て暗記しているはずです。よろしければ今からでもお伝えしたいところですが、陛下。今はこちらをどうぞ」


 個人的には私のどこが好きか聞いてみたくはあったが、アモルがどこからか取り出した物に意識が向いてしまう。

 それは、鼻から目元までを覆う仮面だった。

 しかも、夜の闇の中でも目立つような派手な色合いの。


「これは……。いや、これが何かはわかるのだが、これでは注目してくれと言っているようなものだろう?」


「仮面など被っていたら多かれ少なかれ目立つのは仕方がありません。なら、いっそのこと派手な方がいいと思いませんこと?」


 そんなものか? 

 ……いや、考えるな。

 こんな時間に王と王妃が城から出てお忍びで出歩いている時点で普通じゃない。

 これから被る仮面が派手なくらい、誤差の範囲だ。

 私が頷くと、アモルが嬉しそうに微笑む。


「では、こちらの真紅の仮面と紺碧の仮面。どちらがよろしいでしょうか。お気に召さないようならこのとおり、他のお色も」


 そう言うと、妻が手にした仮面が、手品のように二つから四つに増える。


「待て。一体いくつ用意してきた? あと、どこに隠している?」


「陛下用には真紅、紺碧に加え、黄金、さらに白銀も用意がございます」


 どこに隠しているかには触れないまま差し出された黄金と白銀は先に示されたものよりもさらに派手で、闇夜でも煌めきを損なわない色合いをしている。


「ちなみに私はこちらの漆黒のものを」


 そう言いながらアモルが装着したのは、言葉のとおり闇夜に溶けるような黒一色の仮面だった。

 ずるい、私もそれがいい。

 そんな主張を、陛下を差し置いて私が派手なものを身につけるわけにはまいりません、とあっさり退けて派手な四つをずいっと差し出してくる愛妻。

 赤、青、金、銀、か。

 やむなし。


「……白銀の仮面をもらおう」


「まあ! 流石は陛下、お目が高い。こちらは、新進気鋭の若手仮面作家に依頼したものです」


「仮面作家とは? いや、何にしても作家の手によるものならこれは一つの作品なのだろう? これを被って迷宮に入って、もし壊しでもしたら申し訳ないのだが」


 私が仮面を受け取りながらそう言うと、アモルはゆっくりと首を横に振る。


「形あるものはいつか壊れる。だからこそ美しいのです。残りの仮面は別の機会に着用していただきますので、さ、ご着用ください」


 抵抗できなかったのは国王業の疲れのためか、はたまた妻への愛ゆえか。

 素直に白銀の仮面を装着して顔の上半分を覆うと、アモルが再び私の腕にしがみつき、頬を擦り付けてきた。

 これは、彼女が甘える時に見せる仕草だ。

 どうやら仮面姿を気に入ってくれたらしい。


「失礼いたしました。陛下の仮面姿があまりにも素敵過ぎて我慢できず。さあ、この先に馬車を手配してございます。速やかに迷宮に向かいましょう」


 きっと、私が迷宮行きの希望をどう叶えようか考えている間に馬車も手配してくれていたのだろう。

 段取りのいいことだが、深夜の馬車移動はそれはそれで目立ってしまう。

 ならばどうするか。

 

「失礼、お嬢さん」


「きゃっ!?」


 丁寧に掬い上げるように両手で抱きかかえてやると、可愛い悲鳴を漏らすアモル。

 驚かせて申し訳ないが、ただ密着したいとかそういうことではなく、ちゃんと理由があってのことだ。


「馬車よりも、私が君を抱いて走った方が速い。仮面を被っていれば顔もバレないだろうしな。というわけで、行くぞ。舌を噛まないように気をつけろ」


 国王業などやってはいるが、子供の頃から足と体力には少し自信があるんだ。

 馬?

 ああ、もちろん知っているとも。

 走るのが速く、力の強い優秀な動物のことだ。

 ただ、私以外の人間より、という注釈をつける必要があるがね。

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