第10話 葉子
その土曜日の夕刻も、旦那さんはいつも通りに葉子への手土産と志織への新しい本を持って、家にやってきた。
帰ったぞと玄関で声をかけるが、いつもならお帰りなさいませと奥から急いで出てくるはずの葉子と志織が出て来ない。
不審に思いながら、そっと家に上がると葉子がひとり座敷に座っていた。いつもは綺麗に結っている葉子の髪は乱れ、化粧も崩れ落ちていた。
何があったと旦那さんが葉子の体を揺さぶると、葉子ははっと我に返ったように旦那さんを見上げた。
「あたしは志織の良いおかあさまになりたかっただけなんです・・・」
葉子はそう言うと、旦那さんの足に縋りついて激しく泣きだした。
旦那さんは嫌な予感がして、慌てて葉子を引きはがすと志織を探した。
志織は物置部屋にいた。長持ちを背にして、膝を抱えてじっとしていた。
旦那さんの姿を見るや、おとうさまと叫んで志織は旦那さんの腕にしがみついた。
旦那さんは、おとうさまが来たからもう大丈夫だよと言って志織を抱きしめた。怪我はしていないようだが、心なしか痩せたように感じられた。もしかして、ろくに食事を与えられていなかったのではないかと思った。
一体どういうことなのかと、旦那さんが志織を抱いて座敷に戻ると、葉子はその場に座り込んだまま虚ろな目であたしは志織の良いおかあさまになるの・・・あたしは志織の良いおかあさまになるの・・・と怨嗟のごとく繰り返していた。
気がふれた葉子は、その日のうちに旦那さんによって病院に入れられた。
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