演劇の練習 / 好都合すぎる展開

 購買部でなんとか惣菜パンを買えた私は学校の中庭へ行きます。中庭の中心には大きな木があり、いい感じに木陰になっています。その木陰の下には大木を囲むように円形のベンチが設置されています。

 ……まぁ、今はまだ春。木陰で食べるような物好きは少なかったのですが。私はそんな木陰へ移動し、惣菜パンの封を開けます。すぐにソースの香りが漂ってきます。

 一口食べながら周囲を見てみると、私の他にもちらほら食事をとっている生徒が見えます。……一人で食事をとっている人はほぼいませんが。

 そもそも、初日の初日で友達ができるわけない。

 レクリエーションの時も私が遅れて入ってきてしまったせいで、なんか気まずかったですし、友達作りなんて言っている場合ではありませんでした。

 私は塩っ辛い惣菜パンを食べながら、頭上を見上げます。見上げた先は木の葉が広がっていて、風の流れに乗って、揺れています。

 そっか、高校生か……。

 なんて考えていた時でした。


「ひとり?」


 そんな声が聞こえ、見上げていた顔を下げます。そこに居たのは迷子になっていた時に助けてくれたあの先輩でした。

 今は学校自体のブレザーを着込んでいて……いて……わぁ。


「美ッッッッッッ!」

「やっぱりそれ鳴き声なの?」


 私は惣菜パンを落とさないようにしっかりと握りしめながら、先輩に挨拶をします。


「先ほどはありがとうございましたっっっ!!」

「声、声抑えよう?」

「何もない私にはこれくらいしか……!」

「大げさだって」


 先輩は苦笑いしながら、私の手に持っている惣菜パンを見ます。


「お腹すいたからソレ頂戴」

「……これです?」


 先輩が何を言っているのか理解が追いつかず、私は手に持った惣菜パンを上へ上げます……ちょっと力を込めすぎたせいで若干潰れています。


「それです」

「不潔極まりないので、新しいの買ってきますよ……?」

「そんなことないでしょ」

「廃棄物ですよ?」

「廃棄物」

「とっ、ともかく新しいのを買ってしますんで!」


 私が立ち上がろうとした時、口の中に何かを突っ込まれます。慣れ親しんだ……けれど苦手な味が口の中へ広がります。香辛料の良い香りと苦手なにんじんの風味が私の口の中へ広がります。

 出すのも即飲み込むのも失礼だし……!

 私は冷や汗をかきながら咀嚼を続けます。その隙に先輩は私の手に持ってた惣菜パンをかじります。


「きひゃないでふっへ!!」

「……魔力の痕跡もなしか」


 先輩はよくわからないことを言いながら、丁寧に咀嚼しています。

 いやっ、本当に……っ。


「詫びます、死んで」

「詫びないで、死なないで……と言うより気持ち悪いのは私の方でしょう? 人のものを突然食べたんだから」

「先輩が気持ち悪かったら私どうなるんです?」

「あまりにも卑屈すぎない……?」


 先輩は困った顔で私に言いますが、実際のところ食べられたところで不快感はありません。

 ……常識的に考えれば他人にいきなり物を食われるのはほぼカツアゲのような何かだとは思うのですが。


「……魔力は感じない、本当に一般人……か? それにしてもこの子のえにしの絡まり具合一体……」


 綺麗な人だし、まぁいっかぁ。

 となってしまうのが本音です。

 ブツブツ何か呟いて、悩ましげにしているのも絵になっていて、ずっと見惚れてしまいます。

 すると、私がジッと見つめているのに気がついたのか、先輩は顔を上げこちらを見ます。眩しすぎて失明寸前まで追い詰められます。


「キミの家族に神職とかいる?」

「いっ……ません。会社員の両親に、出来が良い姉とド屑の姉と出来が良い妹しかいません」

「当たりが強い家族がいたね?」

「あの姉はこう言うと喜ぶので……」

「…………世間一般の普通のご家庭? マフィアとかだったりしない?」

「出来が良い姉と妹はマフィアとかでも不思議はないですが……世間一般の普通のご家庭だと思います」


 そこまで言うと、先輩はさらに考え事を始めます。とても様になります。


「たまたまか? それにしたってこんな……あの時も操り肉袋人形ドールを見ても無反応だったし……」


 そこまで呟くと先輩は顔を上げます。


「はじめて会ったとき、私の足もと、何居た?」

「足元」


 先輩に会った時のことを思い出します。

 綺麗な黄金の瞳、整いすぎて狂いそうなほどの綺麗だった先輩の顔……それから……それから?


「お……ぼえてないです」

「ならいいや、うん、大丈夫気にしないで」

「そうです? そういえば……あの時先輩は何をして……」

「そうだっ! お互い自己紹介してなかったね」


 そういえば、お互いに名前も知りませんでした。

 私は背筋を伸ばして、先輩の方を向きます。


「百合園高校二年、東海林藍流しょうじ あいるだよ、よろしく」

「藍流先輩っ」

「藍流先輩だよガオー」


 ガオーとは?

 まぁ、可愛いからいっかぁ。

 私はこほんと咳払いをして、リボンを軽く整える。


「私のにゃ」

「にゃ?」


 噛んだ。盛大に。

 私は口の中を整え、もう一度口を開きます。


「私の、名前は、王子霧華おうじ きりかです」

「王子、霧華」


 先輩……藍流先輩は噛みしめるように何度か私の名前を呼びます。なんというかこそばゆいです。


「あんまり私の名前を言ってると、舌が汚れちゃいますよ?」

「呪いか何か?」

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