涙が幸せに変わった日
みてぃあ
1. 涙の起点
涙には種類があるらしい。悲しい時にこぼれる涙、嬉しい時にあふれる涙、後悔して流す涙、意味もないのに落ちる涙。どの涙もその時の感情に違いはあるけれど、一つだけ共通することがある。それは、その涙には原因があることだ。過去をやり直すことができると言われた時、俺が最初に思い出したのは中学生の頃の話だ。あの頃の行動ひとつで、泣かない人生を歩めたかも知れなかった。俺にとって涙は、苦しい時に流すものだった。
13歳の自分にとって人生で初めての抗えない苦しみが襲った。その日、教室に入るとそのクラスを支配している男子達がニヤニヤした顔でこちらを見てきた。視線を少し下に移すと、彼らは俺の椅子に座って机にマジックで落書きをしているようだった。書いている言葉は、見なくてもわかる。俺はついに彼らの標的になってしまったのだとすぐに悟った。彼らは俺を見つけるとすぐに取り囲んで問いかけた。
「なんでこうなったか、わかるよな。お前、俺のもの奪っただろ。」
その心当たりは確かにあった。昨日俺はクラスの女の子に告白されて、それを断ってしまった。彼は、この子のことが好きだったのだ。その報いを受けなければならないらしい。
気づいたら俺はベッドに横になっていた。同情した誰かが先生を呼んだらしい。でも、先生が到着した時には全て終わっていた。立ちあがろうとすると、足に打撲のような痛みが走った。ズボンの裾を上げて自分の足を見てみると、膝の辺りに大きな青アザができていた。このアザは、一生消えないアザだと後になってから知ることになる。
次の日の休憩時間、筆記用具が宙を舞っていた。彼らは俺の筆記用具を使ってキャッチボールをすることにしたらしい。シャーペン、修正テープ、ハサミが次々と投げられ、それは何回か頭上を往復するとやがて壁に当たって壊れてしまった。休憩時間が終わると、俺はバラバラになって見るも無惨な状態になった筆記用具を拾い集めてケースに入れる。もう、どれも使い物にならなくなってしまった。
家に帰ると案の定母親に心配された。息子の筆記用具が一日で全て粉々になってしまっていたら、どんな親だっていじめを疑うだろう。俺は笑って答えた。
「友達と騒いでたらテンション上がって教室の窓からケース落としちゃってさ。それで全部壊れちゃった。」
それでこの危機は乗り切った。俺にとって家は唯一の安全地帯だった。自分が唯一侵されない特別な場所、それを失うわけにはいかなかった。だから、親にはいじめられていると悟られるわけにはいかない。そうして唯一の平穏だけは守れているつもりだった。
次の日の下校中、彼らは俺のあとをつけてきた。走って撒こうと思ったけれど、自分よりも一回りも二回りも大きな彼らを振り切れるわけがなかった。結局、彼らは俺の家に上がってきた。彼は親に会うと肩を組んで友達です、みたいな態度をとった。この日、俺の唯一の居場所は無くなってしまった。家中のお菓子を貪り、ゲームを物色し、大切にしていたレアなカードを交換だと言ってノーマルカードと引き換えに奪われた。そしてついには俺の財布から金を盗んだ。
そんな生活が数日続いた頃、母親がこの異変に気付いた。うちが彼らの都合のいい溜まり場にされていることに。それから、母親は俺がいじめられている事実にもすぐに気付いて、彼を叱った。もう家に来ないでくれと激しく怒った。でも、これは俺にとって悪手だった。彼らに反抗すること、それだけは絶対やってはいけないことだという暗黙の了解があった。
次の日からいじめはもっとエスカレートした。毎日私物を壊されて、集団で殴られて、それを誰も止めなかった。止めたら次は自分が標的になるのだとみんなわかっていたからだ。この生活がずっと続くくらいなら、もうこの世からいなくなってしまった方がいいのかなと思った。そして、そう一度そう考えてから行動に移そうとするまではそう長くなかった。学校帰りに駅前のビルの屋上に行って飛び降りてしまおうと、そう決めた。
駅前のビルに着くと、屋上は夜にならないと開かないと警備員に言われた。俺は同じビル内にある本屋で時間を潰すことにした。おぼつかない足取りで本屋の中をふらふらと歩いていると、ある一つの小説が目に入った。それは寿命を題材にした恋愛小説だった。人生に絶望して残りの寿命を3ヶ月だけ残して全て売ってしまった主人公と、その3ヶ月を監視人として一緒に過ごすミサキという女の子の話。ミサキは主人公以外の誰にも知覚されない。時が経つにつれて主人公はいつも一緒にいてくれるミサキこそが本当に大切な人だったのだと知る。それから主人公はミサキの存在する理由になろうと奮闘する。周りの人にミサキという存在がいるのだと知らしめようとする。そしていつしか主人公はミサキにとっても大切な存在になっていく。主人公は自分が死ぬ時にミサキが悲しまないように、やがてわざと嫌われるような態度をとるようになる。それでもミサキはどこまでも優しく健気であり続けてしまう。そんなミサキを見ているうちに、主人公は幸せの本当の意味に気づき、最後の瞬間までミサキと一緒に過ごすことがミサキにとってのいちばんの幸せなのだと考えるようになる。それほどまでに主人公にとってミサキは救いだった。
俺はこんなミサキのような人に出会いたいと思った。こんな人が人生に現れてくれるのなら、まだ生きる価値があると思わせてくれた。そう思うと、死ぬことが嫌になった。ミサキに出会うまでは死ねないと、直感でそう思った。ここで私は中学に入ってから初めて泣いた。その涙はゆっくりと頬を伝って本に落ちる。この時の涙の原因は、ミサキのものだった。後になってから、このミサキが自分の人生にどれだけ大切な人だったのかを痛いほど思い知ることになる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます