第23話遠い日の少年よ

 シスター・バーバラがA級銀カードを見せたら、男たちはなぜか納得した顔をする。すでに有名なシスターだったようだ。こんなに美人で実力者ならそれも当然だ。


 なのに僕はなぜ知らないのだろうかと首を傾げるが、そもそも僕は冒険者で知っている人なんかいない。

 これでも由緒正しき奴隷だから世間のことなんか知るわけないのだ。


 A級冒険者が借金で身売りとかあるのか、とも思うけど、金の使い方をろくに知らない成り上がり冒険者が騙されるなり、散財して破綻するなんてよくある事でもある。悪役令嬢が王子に婚約破棄される並によくある。


 もしや天使のような見た目のシスターでありながら散財したのだろうか?


 女王のように椅子にふんぞりかえり足を組む女王シスター。清楚な見た目で実は欲望に塗れてるとか、ゾクゾクしちゃう。


 想像すると、とある誰かを思い出してしまいそうだが、気のせいだ。

 とにかく是非、僕ももてあそんでもらおう。


 なので、その女王シスターに役立つなら、ダイヤモンドの剣を失うのはなんら後悔はない。


「……坊ちゃん、心の声がダダ漏れです」

「えー、気のせいだよ?」


「いや、ボンよ。一応、言っておくけどこのシスターが怪我をした孤児院の子供たちの治療費を全額肩代わりしたからだからな?」


 見かねたようにおっちゃんがシスターを擁護する。借金取りの手下のわりに人の良いおっちゃんだ。人生どう間違ったんだか……うう、強く生きろよ!


「なんと!? 心まで天使なシスターでござったか!? これはますますもって捨ておけんでござるよ!!」

「坊ちゃん、やめて。私のアイデンティティを奪わないで!」

 僕が興奮気味に東方の方言を使ったせいで、キャパティのアイデンティティが喪失の危機だったらしい。キャパティが涙目で僕にしがりつく。


 え〜、もう使わない東方の方言を僕が活用してもいいじゃないか。


「使います、使いますからぁー、あっ。使うでござるからぁー」

「無理して使わなくてもいいのにー」


 キャパティのアイデンティティ喪失はともかく、A級冒険者の保証とはいえ、そもそも売り主の僕がどこの誰とも知れないのだ。買い手としては迂闊に手も出せまい。


 僕も自分が誰であるかは証明できない。

 我思う故に我あり〜。


 奴隷です、と主張したところで奴隷屋敷は孤児院となり、強欲ババアは麗しきシスターに変わった。


 話が進まないからと借金取り3人衆のおっちゃんのうち1人がグルテンを呼びに行ってもらった。その間、僕らは荷物を運ぶ荷馬車の前で待機する。


「ボン、なにしてんだ?」

「お茶がわりにスープ作ってるんだよ」

「坊ちゃん、なんて自由な……、あっ。そろそろいいんじゃないですか?」


 ズズズと5人でスープを飲みながら、しばし無言。

 こう言ってはなんだけど、グルテンのおっちゃんが来ても僕自身の証明になるんだろうか。


 まあ、いいや。

 来てもなんとかなるだろ。


 沈黙に耐えかねてか、おっちゃん兄ちゃんが口を開く。


「ボンよ、なんでろくに知りもしないシスターのために金を出すんだ?」

「えっ、シスターは僕の童貞を奪ってもらう予定だからだよ」

「……あんた、誰にでもそれ言ってんじゃないよね?」


 ん? 今、どこからか強欲ババアの声が聞こえた気がする。

 クンクンと匂いを嗅ぐ。


 匂う、匂うぞ、強欲ババアの匂いだ。

 キョロキョロと辺りを見回すが、シスターとキャパティと借金取りのおっちゃんが2人。

 いないな……。


 地下世界には魂のような秘宝を集めると異界へと続く門を開くことができるという伝説がある。僕は気づかぬ間に並行世界へと入り込んでいたのかも知れない。

 むーん。


「坊ちゃん、急に腕組みして、無い頭で悩み出してどうしたんですか? お代わりください」

「頭が無いと死んでるよね? はいはい、たんとお食べ」

 鍋からスープをよそってあげる。気分はおとぎ話のおばあさんである。


 それはそれとして。


 僕はスープをキャパティに手渡しながら先程のおっちゃんからの問いかけに答える。

「なんでお金を出すかって? 簡単なことさ。おっちゃんにも覚えがあるはずだよ、あの夏の日の想い出を……」


 そこから僕はお玉をマイク代わりにして語り出す。


 近所に住むお姉様への淡く切ない憧れを。

 願うことなら、ああ、願うことならばあのお姉様と結婚することができたなら、と。

 嗚呼!!!?


 僕はロマンチックに情熱的に少年の日に抱く強き憧れを語る。

 そう、それは全少年の永遠のテーマ。

 そして少年は大人になるのだ。


「いや、ボン。それでわかれと言われても……」

「分かるぞ、分かるぞ。少年よ!!」


 おっちゃん兄ちゃんとは別のおっちゃんが男泣きで僕に理解を示した。僕の気持ちを理解できる人はおっちゃん2人のうち半分もいたのだ!


「わかってくれる?」

「わからいでか!」

 僕とおっちゃんは熱き握手を交わす。


 この想いが分からぬとは、おっちゃん兄ちゃんは本当に自己申告通りに若いのかもしれない。

 いつかおっちゃん兄ちゃんにも分かる日が来るさ……。


「このエロガキは、ほんとにもう」

「坊ちゃん、少年の日はどれぐらい前に過ぎた話なんですか? 自白ですか? 土族のお爺さんですよね?」


 無論、女性陣に少年の淡き想い出はわからないようだ。

 シスター? それは素ですか? 強欲ババアのような言い方ですよ?


 スープも飲み終わってやることがないので、ただ待つしかない。

 グルテンを呼んで借金取り同士で変なことにならないのかとも思ったが、それについては問題ないそうだ。


 グルテンは金貸しが本業ではなく建材屋がメインで、むしろ商売相手みたいなものだそうだ。今更明かされる真実である。

 コワモテな顔なので、ガッツリ闇側の人間だと思ってたよ。


 地上は色々面倒だなぁ、強欲ババアもいないし、シスターを嫁にして早く地下に戻りたいなぁ〜。

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