第30話 道場破り3

「はぁ…はぁ…」


 試合開始から1分ほど経っただろうか、もう道着が汗でベタベタしてきた。


「ふっ!」

 秀志は余裕の表情で、立て続けに攻撃を仕掛けてくる。


「っ、!?」


 殴りのフェイントから蹴りが顔に向かってくる。

 咄嗟に身を逸らして避ける。


「がっ!?」


 衝撃が頬を殴りつける。痛みで顔が歪む。

 間髪入れずに殴りが飛んでくる。

 再度躱すが、またしても衝撃が左の頬を伝う。


 これだ。これが篠原氣忌流の特徴だ。

 氣を操って攻撃の射程を伸ばす。だから最小限の動きで避けられず、大ぶりで避けて体力を削られるする。

 なかなかネチネチとした戦法を使ってくることから昔から禁忌と言われていたらしい。そこで先代の三代目当主は「いっそのことそれ名前にすればいいやんけ!」と考えて氣とつけたらしい。


「っ…」


 一度距離を置き、再度構え直す。

 向かい合う秀志をキッと見やる。一切崩れない構えに汗ひとつ浮かんでいない額。どうしてもこの数年間の差は大きかった。


 けど、おれも一時期は習っていた身だ。

 氣忌流ならつかえる。


「っらあ!」


 秀志の頭に向かって回転蹴をする。

 案の定、秀志は回避してくる。

 そこをおれの…


「は?」


 真っ直ぐ突き出した拳は秀志の頬を掠めた。

 秀志はおれの氣が当ったはずなのに相変わらずピンピンしている。


 は?

 どうなってんだ、当たったよな。いや、確かに当てた。

 なんで──食らわないんだ?




 使えない。氣忌流が、使えない。


「隙あり!」


「がっ…」


 ♤♠♤


「はっ!」


 やはり、使えない。

 何度打っても、なんど蹴ろうと氣は乗らない。

 氣が、感じ取れない。


「やっぱり、使えないっすか?」


 今のおれの気持ちを見透かしたかのように、秀志が聞いてくる。

 若干の不安さを含んだ声色からは、おれの事を心配する気持ちが分かる。


 おれはしばらく黙ったまま、荒い呼吸を整える。

 秀志は少し間を置いてから、柔らかく声をかける。


「そうっすか……でも、焦んなくていいっすよ。勇也君は昔から焦ると逆に空回りするタイプっすから」


 秀志の目には、わずかながらも温かみが宿っている。

 その言葉に少しだけ気が楽になる気がした。


 ♤♠♤


「いやー、蓮枯君だっけ?彼も可哀想だよねえー」


 ブクブクと泡をたてている鍋をつつきながら2人の女は談笑していた。


「…少々、彼には酷なことをしたとは思っている」


 宇宙のような目を瞑り、女は静かな声で言った。

 そんな女に対して非難するように、栗毛の髪を揺らした女は言う。


「少々?そんなもんじゃ済まないでしょ、あの子じゃ。」

「……」

「だっての身体に近づいてるんでしょ?それって私達と同じように人間じゃなくなるわけじゃん」

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