第11話 キープ君
いやー、よかったよかった。本当によかったよ。危うくもう少しで、人間不信になるところだったよ。
昼休みに雨宮さんと話し合ったんだけど、今朝のアレは単なるおふざけだったらしい。なんでも、今まで友達がいなかったから加減がわからなかったんだと。で、俺が何をしても怒らない性格だから、ちょっとやりすぎちゃったと。
ハハハ、一瞬でも疑った俺がバカだったよ。そうだよな、少し前まで大きな声を出すことも、目を合わすこともできなかった子だぜ? あんな性悪女みたいなムーブができるわけないじゃん。
……本当に信じていいんだよな? 俺は人を疑うのも、騙されるのも、どっちも嫌いだぞ? いや、それらを好きなヤツはいないだろうけど。
「そういえば雨宮さんの髪って、美容院でカットしてもらったんだよね?」
「うん、そうだけど?」
「なんていうか勇気いらない? 敷居が高いっていうの? 俺はせいぜい千円カットが限界だなあ」
「アハハ、鳩山君も緊張するんだ。意外だね」
ほら、こんなに純粋なんだぜ? こんなに穏やかな笑顔が出せるんだぜ? 信じても損はないさ。
「雨宮ちゃん、どこの美容院行ってんのー?」
「えっと、駅前のところなんだけど……わかるかな?」
「あー、あそこねー」
ほら、急に割り込んできた女子に対してもナチュラルに対応できてるんだぜ? 良い子なんだって。
「雨宮さんって本当にコイツのために髪切ったん?」
「え、何それ? マジ話?」
おい、わざわざ蒸し返すんじゃないよ。今朝のことは俺らの中じゃ、なかったことになってるんだから、空気を読めよ。
「うん……。毎日顔を見たいって……」
モジモジしながら、初日のことを暴露する雨宮さん。なんだろう、俺としてはなんら恥じるようなことじゃないんだけど、妙に気恥ずかしいぞ?
「きゃー! それってプロポーズじゃん!」
「ひゅー!」
え、そんな盛り上がるところ? 日本がシュートでも決めた? 迷惑だから映画館とか行くなよ?
「あと……目を見たいって……」
両頬に手を当てて、俺の口説き文句まがいの発言を暴露する。よく覚えてるな、発言者の俺自身うろ覚えなのに。
「ガチなヤツじゃん!」
「
「キレイな顔だから隠すの勿体ないって……」
現実逃避さえ許さない勢いで、暴露を続ける。え、もしかしてあのシーン録画してた? 覚え過ぎじゃない? 脳の記憶容量を無駄使いしてるよ?
……こうして見ると恥ずかしい発言してんだなぁ。客観的に物事を見るのって大事なんだな。
「ヤバくない? アタシの彼氏、そんなん絶対言わんし」
このままだと俺の立場が再びヤバくなりそうだし、そろそろ口を挟むか。
「それは彼氏がおかしいだけだよ。鈴木さん、可愛いのに」
「おいおいおいー、彼氏にしてほしいのかー?」
ただ本音を言っただけなのに、めっちゃ嬉しそうだな。でもヘッドロックはやめてくれない? 年頃の男の子の顔に胸を押し付けるのは駄目だって。そういうことしてると、男は勘違いするぞ? この男たらしめ。
まったく、こういうヤツが『男はすぐ勘違いする』ってボヤくんだよ。人の恋心を弄んどいてさ。自分にその気がないなら、相手をその気にさせるなっての。
「ハハ、鈴木さんがフリーじゃないのが残念でならないよ」
「嬉しいこと言ってくれんねぇ。キープ君にしてあげよっか?」
苦しいけど気持ち良い。これが俗に言う〝くるきもちぃ〟ってヤツか。今考えた。
ちょ、マジで苦しいって。嬉しさとパワーって比例すんの?
「……やっぱり誰にでも言うんだね」
鈴木さんと密着して体温が上がっているはずなのに、一瞬で平熱以下になった。なんて冷たい声を出すんだ、雨ちゃんは。
「おっ? 雨っち嫉妬かー?」
「雨宮ちゃん可愛いなー」
あの……あんまり刺激しないほうがよろしいかと……。
「鈴木さん、気を付けて」
雨宮さん? 何を……。
「ん? 何が?」
「鳩山君は女の子の足の裏が大好きだから」
誇張! それ誇張表現だから! たしかに好きだけど、それは好きか嫌いかの二択を迫られた場合の話だって。いや、好きか嫌いか普通かの三択でも好きだけど!
「マジ? 足フェチはわかるけど、足裏フェチ? 強いなー」
フェチによって強弱が決まるんですか? っていうかなんの強さ? なんとなくキモさの話な気がする。いや、キモくないって。足の裏は皆好きだって。
……誤解を解いておくか。驚いている理由は大体想像つくし。
「別に足裏限定じゃないよ。足自体好きだよ」
足裏限定だと思ってるんだろ? だから引いてるんだろ? それなら納得だよ。俺だって、胸全体には興味ないけど乳輪だけに興味あるってヤツがいたら、さすがに引くよ。そういうことだろ?
「へー、顔挟んであげよっか?」
冗談だってのはわかるけど、彼氏いるならやめといたほうがいいんじゃない? 自分が不利になるような言動はしちゃ駄目だよ。
「ハハ、気持ちだけで嬉しいよ」
「遠慮すんなってー」
俺の机に腰を下ろしたかと思えば、両足を開いて手招きする。こんな間近で太ももとパンツを見せられたら、さほど好意がなくとも緊張するってもんよ。
「下品だよ、鈴木さん」
「鼻の下伸ばしてるくせにー」
それがなんだと言うんだ。梅干しを見た時に条件反射でヨダレが出るのと、同じようなもんだろ? 鼻の下は勝手に伸びるんだよ。
「鈴木さんが相手なら誰だって興奮するよ。しない男がいたら、ソイツはまともじゃないね」
「アハハ、アタシのこと好きすぎじゃん。彼氏のアホは、ここまで気の利いたこと言わんし」
わりとマジで別れたほうがいいんじゃない? 恋人に好意を伝えられないような男なんて、遅かれ早かれ嫌気が差すよ。
「……挟んでもらったら? 鳩山君はスケベだもんね」
……雨宮さん、今日の笑顔はめちゃくちゃ怖いです。
俺? 俺が悪いの? 絶対違うよね? 最高裁判所でも、俺に無罪判決出るよ?
結局、雨宮さんが怖くてチャンスを逃すことになった。鈴木さんならノリで挟んでくれそうだったのに、勿体ないなぁ。
でもいいんだ、キープ君にしてもらえたし。冗談だろうけど、ワンチャンあるかもじゃん? おふざけでも口にしてしまえば、彼氏と別れた時に俺のところに来やすいじゃん? ……雨宮さんが許してくれるかなぁ。許すも何も、咎める権利なんてないはずなんだけど、なぜか逆らえないんだよね。
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