第2話 不意に見せた笑顔

 雨宮さんが悪趣味な髪型をやめたのは間違いなく良いことだが、少々弊害が出ているようだ。俺には良くわからん感覚だが、どうにも落ち着かないらしい。


「今日は随分とソワソワしてるね?」


 これが屋外なら、職務質問を受けてもおかしくないぞ? 彼女は大人しい性格だから、後ろめたいことがないのに誤解を受けるおそれがある。さすがに逮捕とまではいかないだろうが、トラブルの元になりかねん。


「うん……。顔を出してるから……」


 ……? 顔を出しているからソワソワしてる? どういうことだろうか? 普通の人間は、常に顔を出して生活していると思うのだが……?


「ちょっと失礼」

「きゃっ!?」


 不躾だが観察のため、雨宮さんの顔に自分の顔を近づけた。

 ……食べカスが口の周りについているわけでもなければ、鼻毛が飛び出てるわけでもない。なんだ? 何を不安視してるんだ? 見られて不都合なものなど、ないと思うんだが……。


「は、鳩山君? 近い……」

「うーん? どこをどう見ても、堂々とするべき顔をしていると思うんだが?」


 顔にコンプレックスでもあるのか? いや、それだけは絶対にないだろう。自分を客観的に見ることは難しいが、ある程度の美醜はわかるはずだ。最低でも平均レベルだと自覚していなければおかしい。じゃあどこに問題が……?


「ど、どういう……こと?」

「そのままの意味だよ。美人が顔を隠す意味がわからないんだ」


 不気味なつけまつげをしているわけでもなければ、眉を剃り損じたというわけでもなさそうだ。ニキビやソバカスもないし、なぜ隠す?


「美人って……私なんて……そんな……」


 まただ。また顔が赤くなっている。あまり頻繁に起こるようなら、保健室に連れて行ったほうがいいだろうか? 病気というのはデリケートな問題だから、男の俺がとやかく口を出すのは得策じゃないかもしれんが。


「違うのかい?」

「だってタレ目だし……」


 それがどうしたと言うのだろうか。いや、きっと男子にはわからないんだ。

 プリント倶楽部では、目を大きくするという需要不明の謎補正があるが、アレはおそらく女性的にはプラスなのだ。つまり、タレ目というのは女性的にはマイナスなのだろう。わからん! まったくわからん!


「その優しいタレ目の何がダメなんだ? 見ているだけで優しい気持ちになれる」

「な、何を言ってるの? 鳩山君……」


 朝から挙動不審な雨宮さんだったが、動きが更におかしくなってきた。彼女なりの感情表現かもしれないし、あえて触れないでおこう。


「鼻も口元も、全てが可愛らしい」

「…………」


 あまり響いていないようだな? 既に自覚済みということか? それは当然の話なんだが……。ええっと、他に魅力的な部分……おっ?


「よく見ると、首の後ろの方にホクロがあるね? セクシーじゃないか」


 前髪を切るついでに横と後ろも少し切ったんだな。だからこそ気付くことができたわけだが、なんとも言えない妖艶さだ。不思議なもんだな、ホクロなんて決してプラス要素ではないのに。


「み、見ないでっ」


 俺から距離を取り、首を隠す。

 しまった! コンプレックスだったか!? まずい、身体的特徴を馬鹿にしたと解釈されてもおかしくないぞ。俺が嫌われる分には構わんが、雨宮さんが自信を喪失する恐れがある。


「す、すまない。もう絶対に触れない。だが一つだけ言わせてくれ……」

「……な、何?」

「俺は心の底から魅力的だと思ってる。隠すなとまでは言わないけど、堂々としてていいんじゃないかな」


 余計な発言だということぐらい理解している。だが、コンプレックスに思う必要がないということだけは、伝えておきたかったんだ。たとえ嫌われようとも。


「べ、別に隠してるわけじゃないよ……? というか、今まで意識してなかった」


 あれ? 俺、ひょっとして見当違いでした? それとも気遣ってくれてるのか?


「そっか、変なこと言ってゴメンよ」

「……いつも変だよ。鳩山君は……」

「ハハハ、よく言われるよ」


 なんだかんだで良い雰囲気じゃないか? 軽口を叩いてくれるようになったし、少しは距離を詰めることができたかな?

 よし、このまま行けば他の生徒とも打ち解けられるはずだ。俺の見解が間違ってなければ、現時点じゃ同性の友達もいないようだし、このまま頑張ってほしい。

 ひとまずの目標は、雨宮さんが同性の友達を作ることかな? できれば今週中に達成してほしいものだが。


「でも……ありがとう」


 ……? 何に対するお礼だ? もしかして何か聞き逃したか? いや、それはないはずだ。彼女の呼吸音さえ聞き逃さないつもりで、意識を集中しているからな。


「どういたしまして」


 意味がわからずとも、とりあえず定型文で返す。人生ってのはわりとパッションでなんとかなるからな。




 イメチェンの影響か、昼休みに他の女子生徒が雨宮さんに話しかけてきた。女子の会話に聞き耳を立てるのは失礼にあたるので、離席させてもらったが……友達になれたかな? 二日目にしてお役御免か? ハハハ、わざわざ俺がお節介なことをするまでもなかったかな?


「あの、鳩山君」

「む? どうしたんだい?」


 食堂から戻ってきた俺に、雨宮さんのほうから話しかけてきた。友達ができた影響だろうか? やはり友はいい。人生を豊かにしてくれるからな!


「いつもはお弁当だよね?」

「ああ、今日もそうだよ。食堂で食べてきた」


 他の学校のことは知らんがウチの学校では、食堂に弁当を持参しても許される。無論、混雑している時はダメだがな。


「なんでわざわざ……?」


 ふむ? なぜそんなことを聞いてきたのかわからんが、せっかくコミュニケーションを図ろうとしてくれているのだし、真面目に答えておくか。


「雨宮さんが、他の生徒と食べそうな雰囲気があったからね。俺の席を空けてあげようと思ったんだよ」


わざわざ机を移動するのも面倒だろうしな。俺にできることと言えば、細かいサポートくらいなもんよ。


「え? いつも通り一人で食べたけど……」


 あれ? じゃあさっきのはなんだったんだ? 別件か? タイミング的に、昼食のお誘いだと思ったんだけど。


「そうか、それはしくじったな。先週みたいに、雨宮さんと食べれば良かった」

「え……? ……うん」


 なんだ、この人は。歯切れが悪いというか、イマイチ噛み合わないというか。もしかすると、俺だけか? 雨宮さんと一緒に食べていたつもりだったが、彼女は孤食のつもりだったのか?


「もしかして、食べるところを見られたくないタイプかい?」


 カメラの前では絶対に食べないというタレントも存在する。食事という行為は、どうしても汚く見えるからとかなんとか。一理あるといえばあるし、男子と女子の価値観は大きく違うと考えれば……。


「どっちかといえば……そうかな……?」


 ほう? これに関しては大きく外してないようだな。俺の知見も中々の物だな。


「真正面から向かい合うのは恥ずかしいけど……隣の席なら別に……」

「向かい合うのが恥ずかしい……? なるほど……?」


 うーん? まあ、わからなくもないか? いや、俺にはわからんが、そういう考えの人がいるというのは、まあ……わからなくも……。


「ひょっとして俺って、うるさすぎるかな?」

「え? あー……いやー……」


 本当に歯切れが悪いな。俺が食堂に行ってる間に何があったんだ? 変なことでも言われたか? どうする? 問いただすか? いや、それで彼女の立場が悪くなる可能性も……。


「食事中にしては……ちょっと口数が……」

「そうか、それはすまなかった。教えてくれてありがとう!」


 なるほどな。考えてみればそうだな。食事というのは最低限の会話にしないと、マナー違反だ。家庭によっては会話厳禁なところもあるだろうし。いや、さすがに無言というのはやりすぎだと思うし、行き過ぎた躾に感じるが。


「で、でも……。その……」

「でも? その? なんだい?」

「私は喋るより聞くほうが好きだから……あんまり気にしないでね?」


 ……っ! な、なんだ? 今、俺の胸によくわからない感情が……。

 彼女が不意に見せた笑顔か? それとも俺を慮る優しさに感動した?


「ありがとう。雨宮さんはとても優しいね」


 俺の解釈が正しければ、今のは『一緒にお昼ごはん食べてもいいよ』という意味に他ならない。それ以外の解釈が思いつかない。

 いや、今はそれどころじゃない。まず言うべきことがあるはずだ。


「そ、そんな……」

「ああ、それと……。さっきの笑顔、とても素敵だったよ」

「……!?」


 そう、まずは褒めなきゃいけない。彼女の笑顔が増えるように、笑顔を褒めなければいけない。

 そうさ、この子は自信さえ身につければ、いくらでも友達を作れるはずだ。俺にできるのは褒めることぐらいなもんだからな。何度でも褒めるさ。


「うー……」

「ど、どうした!?」


 褒めた途端に、顔を机に伏せだした。また変なことを言ってしまったのか? それとも食後のお昼寝……?

 わからん……。女の子ってのは難しいなぁ……。

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