初恋 第八章 出陣、想いを乗せて
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翌日は午前中買い物を済ませて、午後から軽い練習をするとの事で、仁美達の泊まるホテルの近くの公園に集まった。軽くあせを流しミーティングをして、明日のために身体を休めることになっていた。
「高野さんどうですか、体調は万全ですか、行けそうですか」
「はい、任せてください、必ず期待に応えてみせます」
「本当にエースに一区を走らせるの、どこも五区にエースを投入するはずよ、大丈夫なの」
「五区なら、仁美さんでも楽に勝てますよ、僕の計算通りに行けば、全区間楽勝で勝てます。吉沢君最後の花道何かパフォーマンス考えておいて、福大ここにありと言う感じを」
「へい、隊長の仰せの通りに、フフフ全国制覇の狼煙を上げますぜ」
「こいつに任せるの心配じゃね」
「相田君心配無用ばい」
「二階堂さん柊さん体調はどうですか、みんなも問題は無いですか」
皆が頷いて見せた。勇貴の確信に満ちた言葉に自信満々で、早く走りたくてうずうずしていた。
「皆さん今日は早目に休んで下さい、明日は早めに来て身体を温めておいて下さい、寒いですから、ホテルを出る時は暖かくして向かって下さい、では解散です。
「さっきの話聞いてたら、優勝するのが当たり前みたいな感じなのね、そんなに強いの」
「お母さま、彼は何時も確信犯ですよ、優勝を前提に練習させてるし、いつも優勝が前提の作戦をたてるんです。勇貴君は天才ですよ」
「そうなの、地味で目立たなくて、友達も居なかった子が…… 変われば変わるものね」
「これも明日美さんや裕子さん達と出会ったおかげだよ、感謝しないとね」
「あなた皆に夕食、御馳走してあげたらどうかしら、試合前だから、言を担いで豚カツがいいんじゃない」
「いいね!でも十八人も入れるとこあるかな」
「パパ、ママお任せあれ、こんなこともあろうかと、調査済みでござる」
裕子はネットで調べると何箇所かに電話していた。
「予約OKでござる、ちょと時間かかるけど、ついでにホテルの食事もキャンセルした」
「皆なそう言う事だから、ホテルに戻って着替えてから一階に集合、ゆっくりでいいからね」
二時間ほどしてお店に入った、人気店らしく、お客様が途切れることなく入れ替わっていた、分厚くて大きいのが売りのお店で、出て来ると皆が驚いていた。
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2023年12月30日いよいよ大会本番、高野は今か今かと身体を温めながら待っていた。そして時間、よーいドンで一斉にスタートしたが、何とスタートの直後、高野が飛び出した。誰もが無謀な走りに、無視を決め込んだ。
「解説の吉永さん、福大は無謀な賭けに出ましたね、あんな走りじゃ最後まで持たないでしょうね」
「そう思いますか、私の意見は逆です。彼女の走りに付いてこれなきゃ、お前たちに勝利はないと言う作戦でしょ、彼女の走りを見たら分かります。明らかに他の選手たちとは違います。これだけ起伏の激しいコースを全く姿勢を崩さず、ペースを保って走ってます。多分高野さんは、福大のエースですね。物凄く綺麗なフォームです。何と言ってもコーチが、あの柏木君ですよ、普通の作戦で来るはずが無い、このままだと優勝候補が総崩れもあり得ます」
「吉永さんは、福大の独壇場になると仰るんですね」
「今見たら南高の選手が四人もいます。しかも全員がエースだった選手です。然も二区は下り坂のコース、日本でトップクラスの下り坂の得意な仲島さんです。三区の柊さんは情報がありませんが、四区には何とあの二階堂鈴香なんですよ、そして残りの区間が全て、元南高の選手ですから、恐ろしい布陣と言えます」
「後半に入りペースを少し落としましたね」
「計算通りと言う事じゃないですか、見てて下さい、もう後続には高野さんが見えないかと、気付いたはずです。無謀じゃ無い」
吉永の予測通りにまだ中盤なのに、一斉に猛ダッシュしだした。ゴールまで持つはずも無いのに、勇貴の計算通り優勝候補が総崩れした。途中でお腹を押さえ苦しそうに走るもの、息が上がって顔を歪めて走る者、勇貴の作戦は的中した。高野は余裕でゴールしタスキを裕子に渡した。二区も裕子の独壇場であった。何一つ問題なく駆け抜け、柊にタスキを渡した。脅威になりえる強豪校も居ない為、もはや福大の独壇場と言えた。
「柊さんも速いですね、やはり福大の選手は相当鍛えられてると見えますね」
「柏木コーチの計画に、見事に嵌ったと言えます。やはり只者じゃ無いですね、高校時代に恐れられた指令塔は健在と言う事ですね、いやパワーアップした感じですね、恐ろしいのは、メンバーの殆どが二年生と三年生だと言う事ですね、四年生は二階堂さんだけです。来年も福大の天下かも知れません」
「成程、しかし凄いメンバーが集まってますね、福岡出身は仲島さんと小林さんの二人だけですから、柏木君の下に集まったんでしょうね、誰でも憧れますよね」
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二階堂の走りも素晴らしかった。王者の走りは健在だと見せつけた。タスキを貰った仁美の走りも見事であった。南高のエースは健在であった。トップを走り続ける福大はどこよりも眼立っていた。二位との差は益々開いていた。観戦する人混みにも、どよめきと拍手が起った素晴らしい走りを見せる福大の選手に皆が釘付けだった。
「吉永さんの言われた通りの展開になりましたね、それにしても福大の選手はみんな、見事な走りを見せますね」
「その通りですね、普通にやっても勝てるのにわざと圧勝を見せつけるのは、来年を見越しての事でしょう、若いけど恐ろしいコーチですね」
タスキを貰った相田も見事な区間賞の走りを見せた。タスキを貰い吉沢は過酷な登り坂のコースを物ともせず駆け抜けて行った。そしてゴールのテープが見えると、道路脇を埋め尽くす群衆に向かって何と、投げキッスをして、高々と手を上げながら、余裕でテープを切った。後ろを走って来る選手の姿など、影すら見えなかった。ゴールに集まっていた選手は歓声を上げて喜んでいた。吉沢は得意満面で、観衆に手を振り続けた。
「やっぱりこいつにやらせたのは失敗や、恥ずかしかった」
「目立てばええんや、カッコ良かったやろ、必死で考えたんや」
「こうなると思っとったわ、知らん顔しとけみんな」
「インタビューがあるらしいで」
「それはやっぱり、エースの夏美さんやろ」
「部長の仁美姉さんもやな、吉沢だけは映さんようにしとかなあかん、こいつ何するか分からんよって」
「何言いますの相田はん、わて控えめですけん」
「噓つくなデコピンかますぞ」
全選手が戻り、暫くして表彰式が始まった。勿論優勝は福大であった。何と区間賞が全て福大の選手という、驚きの結果であった。ホテルに戻り着替えて、皆でテレビを見ていた。
「夏っちー美しいのう、此れからはエンジェル様と呼ぶか、怏々みんな綺麗に映っとる。なんやこのいかれポンチ投げキッスなんかするか普通、こりゃ変人扱いされるのう、我が大学の恥じじゃ、情けない」
「姐御、そりゃないです。必死で考えたのに」
「お前のお頭はその程度だな」
「皆さん祝勝会やるそうです、静岡が誇る鰻ですよ、アルコールは無しよ」
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「もしもし私だ」
「はい、あっおはようございます。こんな朝早くにどうされました、理事長」
「昨日の試合は見たかね」
「はい、勿論です」
「それで、どうするんだ」
「学校が始まりましたら、すぐにでも歓迎のセレモニーをその後選手全員に」
「何を言っとるんだ君は、あの試合の結果を出すのにどれだけ頑張ったと思うんだ、そんな事だから君はいかんのだ。今すぐに用意しなさい、選手たちが、もう直ぐ大学に戻ってくる、大歓迎するのだ、テレビも新聞も呼んで、皆なをあつめるのだ、直ぐにやりなさい、いいね」
「はい、おっしゃる通りに」高田は相変わらず恐い人だと思った。
翌日の朝、マイクロバスで大学に着くと、年末にも関わらず、大勢の人で賑わっていた。そう、大歓迎を受けたのだ。大学の関係者は勿論、理事長まで労いの言葉を掛けてくれた。沢山の生徒も駆け付けて、お祭り騒ぎの状態であった。大学始まって以来の快挙を成し遂げた事で、しかも全国放送で、大学の名前が広まったことで大学関係者は大いに喜んだ。
「皆さんご苦労様でした。あなた達は大学の名誉を高めてくれた、大いに感謝します。後日改めて感謝の意を評してささやかながら、宴会を催したいと思います。本当にありがとうございました」
「おおう凄いな、理事長さん初めて見たぞ、おまけに感謝されとるぞ」
「姐御、僕も初めてや、偉い人が勢揃いしとるんかな」
「ねえ見てみて、テレビ局まで来てるよ、新聞記者もいっぱい」
「皆さん学長の高田です。大変お疲れ様でした。あっ吉沢君だね、良かったよ、最後のゴールの瞬間、我が校の誇りだ」
理事長と学長は、選手一人一人に握手をしながら、労いの言葉をかけた。
「疲れてる所、悪いが記者の相手をして欲しい、大学の為だと思って、この通り宜しくお願いします」理事長は深々と頭を下げた。
「記者の皆さん、お待たせしました、宜しくお願いします」
記者たちは一斉に高野に群がった。テレビ局のカメラはインタビューの模様を映していた。
「高野さんですね、あの走りは、最初から狙ってたんですか、それとも誰かの指示ですか」
「コーチの指示で、最初から狙ってました。その為にずっと練習を続けてきたんです」
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「と言う事はですね、何か月も前から計算された計画だった訳ですね」
「と言う事は何か月も前から勝つ事が前提の作戦だった訳ですね」
「最初から勝と分かってたって事ですね」
「ちょっとちょっとお姉さん、そんなに機関銃みたいに乱れ打ちされたら、死んじゃうよ、手加減して、芸能人じゃ無いんだから」裕子は怒った。
「ごめんなさい、つい興奮しちゃって、素人さんだから、それじゃあそちら側から一人づつ行きましょう」
「それでは質問させて頂きます。何か月も前から勝つ事が前提の作戦だった訳ですね」
「そうなりますか、コーチは一年前から、僕の言うとおりに必死で練習すれば、絶対勝てますって皆にいってました。その通りになりましたけど」
「えっ一年も前から計画的だったんですか、あっごめんなさい、次の方どうぞ」
「所でコーチがいらっしやいませんが、どちらに」
「勇貴君はご両親と一緒に帰られました」
「コーチは一年前から勝つと確信してたってことですね」
「お姉さんこの持ち駒見たら分かるやろ、将棋で言えば飛車角金銀全部手駒にして戦う感じやね、いいたとえやん、フフフそしてこの吉沢が うぷぷ、なにすんねん」
「ごめんなさい、ただのお馬鹿ですよって気にせずに、オホホホホ」
記者の質問攻めは続いた、たじたじの高野を明日美がフォローしていた。インタビューは一時間以上続いた。
「吉沢君、記者の前で裸踊りやったら、ヒーローになれるで」
「なんでやねん、恥ずかしいがな、姐御」
「こいつあのままあそこに置いといたら何やらかすか、ハラハラドキドキですわ」
「相田君、吉沢のお守り大変やな」
「一年前から勝つ言うてたって、わし聞いてねえぞ、お前は」
「僕も聞いてないっす、相田は」
「私は言われました。言う通りにしてれば、一年後には必ず優勝できますって」
「私は初めて会った時に言われたわ、一年後には優勝できますから、僕に付いて来て下さいって、えっこいつ何者って思ったけど、的確で事細かい指示を受けて、この人いったい何者、今までいろんなコーチにあったけど凄いと思ったのは初めてだった。素質のある人が集まってる上に、この人がいたら無敵だって思ったもの」
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「二階堂さんにそこまで言わせるなんて、あいつ只者じゃないな、仁美んは」
「聞いてない」
「私も初めて会った時に、言う通りにしてれば、レギュラーになれるし、必ず優勝できますって、言われました。口添えもあったのかも知れませんが、その後直ぐにレギュラーに抜擢されて驚きました」
「雪ちゃんもか、う~む、あいつは預言者に違いない」
「姐御、預言は有りませんぜ、隊長は高校時代から分析検討を繰り返して絶対勝てると思った計画しか立てないし、練習スケジュールもそれに沿って立ててましたから、そうか昔から確信犯じゃん」
「どう言うこっちゃ、わけワカメじゃん」
「隊長は勝てる試合しかしないってことです。圧勝で勝てる試合に向かって皆が一丸となって向かっていくから自ずと結果が出る、フフフ そしてこの吉沢が居る限り負け戦はござらん、殿 拙者にお任せ下され」
「お前には任せん、下僕は草履でも温めておれ」
「殿、殺生でござる、今一度ご再考を」
「ええい、下がっておれ」
「いい加減におし、愚か者ども、なんで直ぐ時代劇に走るの、ほんまにお馬鹿だらけ」
「お代官様も好きなくせに」
「越後屋ええ加減にせい、ええいのせるな、頭が痛いわ」
「部長さんも大変ですね、翔んでる連中を束ねるの」
「言われると思ったわ、足は早いけどいかれた連中だから」
「でもこれだけキツイ練習を楽しんでやってる所は、他に無いと思うわ」
「二階堂さんは卒業したらどうするんですか」
「通用しなくなったから、止めよう思ってたんだけど、勇貴君に出会って考えが変わったの、苦手だった坂道も克服できたし、まだ伸びると確信出来たから、社会人でも続けようと思ってる、もう内定してるの陸上部の強いところ」
「凄い、流石は二階堂さん」
「わしも考えとかなあかんな、お前らは漫才コンビ確定や、ツッコミとボケ良く似合っとる」
「なんでやねん」
「それいけるかも、数年後にはテレビで見れそうね」
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年が明けてお正月、恒例の三社参りに、実家に帰らないと言う、吉沢と相田も呼んだ、車に乗り切れ無いので、助っ人に田中と斉藤に頼み込んだ。田中は五月蝿い親から離れるいい口実が出来たと彼女を誘ってすっ飛んできた。
「明けましておめでとうございます。いつ見てもでかくて驚くなこの車」
「明けましておめでとうございます。皆さんおめかしして綺麗ですね」
「私だけ浮いちゃう…… 」
「フフフ 心配無用じゃ、こんな事もあろうかと用意済みじゃ、付いてまいれ」
「でも私、普通の人と体型が違うから」
「心配ないわ、着物だから、ある程度調整できるのよ、任せて、明日美さん裕子さん、簡単で良いから髪を結ってあげて」
「…… 」
「おお~急遽あしらえた割には、素晴らしい出来映えじゃ、ミルク結婚してくれ」
「はい、喜んで」
「ほんまかいな」
「裕子、おめでとう、結婚決まったね」
「ハハハ照れるがな」
「正月早々、漫才でっか」
「吉沢君、漫才ではない、本気じゃ」
「しぇ~……」
「何時のギャグじゃ、もう化石になっとるぞ」
宮地嶽神社から筥崎宮に向かった。
「明日美君、試合間近じゃ良くお参りするのじゃ、一言言うとく、ケチるなよ」
境内に着き皆が勝利のお願いをした。
「待てい、ケチるな言うたやろ、玉はやめい、お札じゃ、ほれ」
「分かったわよ、ふん」
「ほんまにセコイ奴じゃ、わしを見ろ、ほれ」
「でー五千円も入れとる、姐御、太っ腹でんな」
「フフフ 神はわしのもんじゃ、フハハハハハ」
「独り占めすんな、ケチはあんたよ」
「勇貴、将来の奥さん凄いケチやど、おこずかい貰えんぞ」
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筥崎宮を後にして太宰府天満宮に向かった。駐車場は直ぐに確保出来たが、例年通り、人込みは凄まじかった。参道の列に入ると抜け出せない程の人混みであった。
「相田、吉沢、頭悪いんやけ、よくお参りしとけよ」
「へえ仰せの通りに、所で何の神様ですか」
「学問の神様じゃ、それじゃあ梅が枝餅買って帰るぞ、勇貴、もちっと明日美にくっ付いとけ、折角、明日美の手作りなんやけ、こうして二人で巻いとけ」
裕子は明日美と勇貴をくっ付けて二人の首にマフラーをグルグル巻きにした。
「もう苦しいでしょ」
「良いからはぐれん様にくっ付いとけ」
一行はまた、人混みの流れの中に飲まれていった。
「フハハハハゲットしてきたぞ、去年と同じ店で買った」
「で、どっちがどっち」
「ん!分かんねー、夢中で買ったから、覚えてねえぞ」
「去年と一緒ね、しかも又、四十個も買ってる、誰が食べるの」
「明日美にはやらん、わしが喰う、豚の様に太っちゃる」
「どうぞ一杯食べて太って下さい、今年は豚子さんと呼ぶわ」
「姐御、僕もお手伝いします。何処までも付いて行きますばい」
「裕子姉、私もお供します」
「裕子、良い弟子が出来て良かったわね」
「田中さん、斉藤さん、私の家で食事していって、おもてなしするわ」
恒例の三社参りも無事に終わり、帰路に着いた。自宅では、皆におせち料理とお雑煮が振る舞われた。豪華なおせち料理は好評であった。
「え~大半はこの料理長の作である、一部使用人の明日美の料理も有る、フフフ よくかみしめて食べるように」
「ほんまに姐御が作ったんですか、あっそうか出来たのを詰めただけですね」
「戯け者、ええい成敗してくれる。サルお前は玄関で草履でも温めておれ」
「殿、申し訳ありません、余りにも見事な料理なので、拙者、感服致しました」
「苦しゅう無い近う寄れ」
「ハハハ吉沢さん時代劇、板に付いたわね」
「奥方様、有難うございます」
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「田中さん、今日は本当に有難うございました。又遊びにいらしてね、斉藤さんも、絶対よ待ってるから」
「はい、今日はとても楽しかったです。また来ますね、裕子さん明日美さん、又トレーニングルームに来て下さい、皆が居ないと寂しいです」
「有難う、気を付けてね」
1月末最後の日曜日が決戦の日であった。勇貴と明日美はお正月気分もそこそこに練習を再開した。細部に渡る微調整、そして本番と似たコースを流しながら、何処で切り替えるかを確認しながら走った。勇貴が証明して見せた走りを、再現する予定だった。勇貴の予測では、勝てると確信していた。残り三日この日は、コース取りと二段階ダッシュ地点の確認、フォームの確認最後にジョギングで身体を慣らして終わる予定だった。何時も通りに体育館前のトラックに戻って来た。その時電動自転車で付いて来ていた、勇貴の自転車が倒れる音がした。勇貴もうつ伏せに倒れていた。異常を察知した明日美は直ぐに駆け寄った。膝の上にあたまを乗せると、苦しそうだが意識は有った。直ぐに勇貴のバッグから携帯を取り出し橘先生に電話した。
「先生ですか、勇貴君が倒れたんです、はい苦しそうですが意識は有ります」
「では持ち歩いてる薬を飲ませて、そのまま待っていて下さい、直ぐに救急車を手配します。体躯館前のグランドですね」
暫くして遠くからサイレンの音が響いて来た。救急車が到着した頃、異変を察知した裕子達が走り寄ってきた。皆が心配する中直ぐさま救急車に乗せられた。明日美が同乗してサイレンを鳴らしながら走り出した。
「よし、今日はここまで、お見舞いに行く人は、着替えて正門前に集合、全員揃ったら出発ね、裕子、明日美の着換え持って来て、慌てなくていいからね」
「姐御、一大事ですね、日曜日は明日美さんの試合ですよ、どうなるんですか」
「分からん、勇貴の状態次第だな、あいつなら絶対行かせるやろ、わしが付いて行くしかないか」
「僕も行きたいですが、貧乏ですけん」
「知っとるわ、とにかく行くぞ」
「心配ですウッウッ… 」
「泣くな相田、早いわ」
一行は天神行きのバスで病院に向かった。まだ夕暮れ前で空いていた。
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病院に着くと、勇貴は手術室ではなく処置室に入っていた。
「どうなってるの、手術してるんじゃないの」
「血管に管を入れて詰まった血管を広げて、血流を確保するんだって、命に別条ないから、余り心配しないようにって」
「良かったスゲー心配したわ」
「ウッウッ… 」
「こいつづっと泣いとるんだわ」
「相田さん、大丈夫だから、もう心配ないから」
明日美は相田を抱き寄せ、背中をさすってあげた。
「お母さん心配ないからね」
「裕子さん、ウッウッ…」
暫くして淡々とした足取りで先生がやって来た。皆の前に来ると、穏やかな顔で話し始めた。
「無事に処置も終わりました、今は眠ってますが、直ぐに目覚めると思います。ただもう少し様子を見ないと、普通の生活に戻るのを許可できませんから、暫く入院して貰う事になります」
「先生、有難うございます」
「入院の手続きとか色々、看護師から説明があります。それから着替えとか一度取りに行って下さい、それでは後ほど」
「お母さん、私が行って来る、買うものとかあったら、紙に書いておいて」
「裕子さん有難う、気を付けてね」
「お母さん大丈夫です、僕がお供します」
「吉沢さんお願いね、本当に有難う」
二人が病院を出ると勇貴は目覚めた。看護婦は慌てて病室の用意をしていた。
「ご家族の方はいらっしゃいますか」
「はい母親で御座います」
「患者さんお目覚めになりましたから、どうぞお会いになられて下さい、その後で病室に移しますね」
「はい、有難う御座います」
病室ではなく処置室に案内された。
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「勇貴、大丈夫」
「うん、随分よくなったよ、ところで今日は何曜日」
「木曜日よ、何かあるの」
「お母さん悪いんだけど、明日美さんは来てる」
「通路にいるけど」
「呼んでくれないかな、大事な話があるんだ」
真由美は直ぐに明日美を連れて来た。
「明日美さん試合の準備をして下さい、それから何が有っても、試合を逃げないと約束して下さい、試合に出場さえすれば、必ず優勝出来ます。だから……」
「試合は次がある、その次も私は行かないここに居る」
「駄目です、僕も頑張りますから、明日美さんも頑張って下さい」
「勇貴君、こんな状態で走れないよ」
「しっかりして下さい、僕は大丈夫ですから、怖くても逃げないで下さい、貴女が頑張った分、僕も頑張りますから」
「勇貴、大丈夫じゃ、わしが縄に括り付けてでも連れて行くけん」
「裕子さん、お願いします。明日美さんが勝てたら、僕も勝てる気がします」
「ごめんなさい、病室に移しますね」
「1・2・3、ベッドを起こしますね、手足は動きますか、手足のしびれとかありませんか、痛いところとかあったら言ってくださいね」
「痛いと こ ろ、無いですね、手も指も動きます。足も動くなあ、あっ足が少しだるいですね、他は何ともないです」
「それは麻酔のせいだと思います、今日は、歩けるからって一人で出歩かないで下さいね、転んで怪我するといけないので、移動は必ず車椅子を使って下さい、その時はコールして下さい、お手伝いしますから」
「有難うございました」
「付き添いはお一人だけにして下さいね」
「それじゃあ帰るとするか、明日美、明日は練習な、逃げるなよワラ人形するぞ、それから相田、高野、柊の三人は交代で毎日お見舞いな、毎日わしに報告、忘れんなよ、何かあったら仁美んにも連絡、仁美ん宜しくお頼み申します。それじゃあ行くか、吉澤お供しろよ」
「お任せください何処までもお供しますが、旦那お金貸しておくんなさい」
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「吉沢君、ほんまに貧乏なんやね、泣けて来るわ」
「裕子姉さん、バイトしてでも返しますんで」
「う~苦学生は辛いのう、わしに任せい」
「裕子さん、はいこれ使って、皆の分ね交通費、宿泊費、食事代、お金もおろせるから、その代わり、絶対勝ってね」
「明日美お嬢様、こう仰ってますが」
「最善を尽くしますとしか言えません」
「頑張ってね、応援してるから、それじゃあ、行ってらっしゃい」
「お母さん有難う、行ってくるね」
「皆な帰るぞ、吉沢、暫く勇貴ん家にお泊まりしなさい、暫く下僕じゃ」
「姐御、ご飯付きですか」
「当たり前じゃ、明日美も泊まれよ、逃がさん」
「逃げないわよ、家に帰る」
「許さんぜよ、おもてなししますよって、宜しく」
1月30日大阪女子国際マラソン当日、国際大会と言う事で、招待選手など世界大会常連のトップランナーが多数出場していた。それに比べて世界でわ名前も知られてない、それどころか日本でさえ無名の新人、ふつうに考えても勝てる試合では無かった。それに立ち向かうには、経験不足であり、その重圧は計り知れないものがあった。
「明日美、こりゃ大変やな、なんやテレビとか雑誌で見た人がいっぱいや、勝てんの」
「明日美先輩、怖すぎます」
「しょうがないじゃん、相手は選べないから、やってみるしかない」
「明日美しゃん、お祈りしております」
「二人でそんな目で見ないで」
「あなた、行ってらっしゃい、ゴールで待ってるわ」
「殴ったろか」明日美は拳を握って見せた。
スタート地点には凄い人だかりで、混雑していた。勿論、一番の好スタート地点はスター選手で埋まっていた。明日美はいい位置に付きたかったが、無論無理な話であった。中盤までに先頭グループに入っていれば、何とかなると計算していた。そしていよいよスタート
、一斉に3000人以上の人が我先に、一般と分けてはあるが、迫力あるスタートに変わりなく、群衆が移動していく様は美しく圧巻であった。
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明日美は少しずつ先頭グループに近付いていった。じっと先頭を見据えて、中間地点が近付くと、先頭集団は8人程になった。先頭を走るのはアメリカのディーナ・カスマーその直ぐ後ろにケニアのキャサリン・ヌデルバ横にルーマニアのスタンティナ・トメスク後ろにイギリスのポーラ・ラドクルフ横に、中国の鎮春秀が優勝候補と言われていた。そして何と何時の間にか明日美が後ろに張り付いていた。ペースは少し遅めにすすんでいた。中間点を過ぎ、残り半分になった所で、思い切って明日美は一気に先頭に出た。そのままのスピードで走り続けた。思わぬ伏兵に一瞬怯んだが、ディーナとキャサリンは、直ぐに追いかけてきた。その後ろに鎮春秀が続いた。ここまでは計画通りに進んでいた。暫くそのままのペースで試合は進んだ。ペースが上がった分集団はまばらになった。その頃裕子達はゴールで待っていた。そして電話が入った。勇貴の容態が急変して手術室に入ったと……
「どうします、やばくないですか」
「どうするもこうするも無いだろう、終わるまで待つしかない」
「姐御、残り十キロを切りました。依然トップは明日美さんです」
その頃病院では、手術が始まっていた。かなり酷い状態で、橘は悩んでいた。その頃明日美は勇貴との約束通り残り8キロ、最後のスパートを掛けた。二人を引き離しに掛かった。このままのペースでゴールすれば、勝てるはずだった。所がスパートを開始して2キロ、明日美に異変が起こった。経験不足によるプレッシャーか不安によるものか、身体が固くなり息が上がりまともに走れなくなった。
「小西選手、ここまで大健闘してましたが、可笑しくなりましたね、ペースが落ちてます。どうですか、解説の伊達さん」
「そうですねフォームが乱れてますね手足がバラバラ、いきも上がって苦しい感じですね、検討しましたが、ここまでですね」
その頃病院ではバイパス手術の準備で大忙しであった。ピーピーピー
「先生、Ⅴfです」
「アシオダロン投与、除細動器至急用意して」
心臓マッサージと電気ショックを繰り返した。
そしてマラソンも終盤に入り白熱していたが、明日美はパニックに陥っていた。
(勇貴君ごめん、私もうだめかも、これ以上は走れない本当にごめんなさい)
明日美は泣きそうになりながらも、必死で走っていた。アメリカのディーナ選手は明日美を抜き去ろうとしているところであった。
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(明日美さーん 明日美さーん)
(えっ勇貴君) 明日美は声のする方を探した。群衆の中に勇貴の顔が有った。
(呼吸を整えて、リズム リズム フォームがバラバラ 一つ一つチェックして 歩幅を合わせる 呼吸とのリズムを合わせて そうそう いける もっと早く)
「あっ 小西選手のフォームが変わりました。先程までとは全然違う、綺麗なフォームになりましたね」
「本当だ、スピード上がりましたね、伊達さんこの後どうなりそうですか」
「それ程離れてませんから、いい試合になると思います」
残り五キロ、先頭を走るのはディーナ選手、後ろを明日美、そしてケニアのキャサリン選手が続いていた。明日美には既にディーナの姿を見据えて、少しずつ間を詰めていた。
その頃病院では、橘が必死になっていた。心臓マッサージを続けていた。
「200でチャージして、はい離れて、は・は・は リズムチェック」
「心拍再開、戻りました」
「手術再開します。準備して」
吉沢の電話が鳴った。相田からであった。
「姐御、心臓止まったって、相田がおんおん泣いとります」
「なんやてほんまか、それで…… 」
「切れちゃったみたいです」
「なんでや、どないなっとる。もう明日美帰ってくるで」
明日美は場内に入る前に抜き去ったが、ディーナ選手は食らいついてきた。場内に入ると大歓声の中、デッドヒートを繰り広げた。この展開は明日美に分が有った。何時も勇貴に言われ、全力で走り切った状態でも、そう身体が限界の状態でも、もう一度スパートが出来る様に、身体を慣らす練習を飽きる程やらされたのだ。勇貴は如何なる展開、状況になろうと、落ち込んだり、パニックにならぬように、色んな事を想定して、色んな練習をさせていた。勇貴の魂が身体に戻った頃、いつもより激しいラストスパートに体力は限界状態であった。しかしディーナ選手も自分の限界を超えた走りに身体も限界を迎えていた。残りトラック一周、何と明日美は猛ダッシュを始めた。流石にディーナは付いて来れなかった。
(えっここでダッシュ、ありえん、どんな体力してるの、これ以上は無理、負けたわ)
明日美は全てを出し切ってゴールした。無名の日本人選手の快挙に、大歓声で迎えられた。その時吉沢の電話が鳴った。
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「姐御、動いたって、電気したって、バイパス通ったって、管通してるって」
「何のこっちゃ、意味不明や、分かるように話せ」
「いや、言われた通りに言っとるだけやし」
「そりゃ何か、謎解きゲームなんか、難し過ぎるぞ」
「相田の電話、ワンワン泣きながら話すんで、何言ってるのか全然分かんなくて」
「吉沢君、解説したってくれ、意味を知りたい」
「僕の解釈でええですか、電気自動車動いたから、バイパス通ってます。今トンネル入りました」
「それで、電気自動車で何処行ってるんや」
「あ~行先は言ってませんでした」
「阿呆か、行き先位聞いとけ」
「すんません、次電話あったらちゃんと聞いときます」
「ごめん、待った。ねえ電話あった、なんて言ってた」
「明日美お嬢様、優勝おめでとうございます。やっぱ明日美様は違いますな」
「で、何て言ってたの」
「そ、それが、動いたって、電気したって、バイパス通ったって、管通してると申しておりました」
「何のこっちゃ、それから」
「そこで電話は切れました」
「もしかして謎々かしら」
「吉沢の解釈でわ、電気自動車でバイパス通って、今トンネル入ったとこらしいは」
「何処行ってるわけ、何しに…… 病院には居ないの」
「分かりません」
「インタビューも断ったから、早く帰ろう」
「明日美先輩、お供します」
「そうだ、勇貴君が応援に来てたんだけど、合わなかった」
「それは絶対無い、ありえん展開や、明日美、ボケたんか」
「だって走ってる途中で見たんだもん」
「世にも奇妙な物語や」
「どう言うこっちゃ、話に付いていけん」
初恋 178ページ
三人は急ぎ帰途に着いた。二月は比較的に移動が少なく、寒いので人の行き来も少なく、何事もなく博多駅に着いた。家には帰らず、病院に直行した。
「皆の者、ただいまじゃ」
「明日美さんおめでとうございます。凄く感動しました。一時はどうなることかと思ってハラハラしました。でもラストスパートは震えました。思わず泣いちゃった。
「私も泣いちゃいました」
「有難う夏美ちゃん、相田さんも、みんなの応援のおかげよ、それであの後何があったの」
「明日美さんが走ってる最中に容態が急変して、心臓が止まったんです。それで先生が心臓
マッサージと電気ショックで、心臓が動き出したんです。直ぐに手術が始まって、途中で看護師さん出て来た時にきいたら、バイパスの手術は終わって、血管の修復作業に入りますって、それがようやく、夜明け前に終わって、今は集中治療室にいます。先生はもう大丈夫と言ってました」
「ほう、これで謎々の答えが分かったのう、フムフムなるへそ」
「何の事」
「相田の謎々じゃ」
「成程、そう言う事ね、不思議なパズルは解けたんだね、あれ?それじゃあ私が見たのは何、幻、夢…… あんなにリアルだったのに……」
「勇貴の魂が遊びに来たんじゃなきっと、フフフ明日美が居なくて淋しかったんじゃな」
「でも、長い一日だったわね」
「終わり良ければ総て良しだな、それじゃあお母さんとお父さんに挨拶に行くべ」
集中治療室の前で真由美達は長椅子に腰掛けて、ウトウトしていた。
「お父さん、お母さん、ただいま、大変だったでしょう、さっき話聞いた」
「あっ裕子さん、明日美さん、お帰りなさい、明日美さん頑張ったわね、テレビ見てたわ、手に汗握る思い出応援してたの、あんなにハラハラドキドキしながらマラソン見たの、生まれて初めてよ、最後は思わず一緒にガッツポーズしちゃった」
「お母さま有難う御座います。でも本当は途中でもうだめかもって、諦めかけたんです、そしたら、勇貴君の声がしたような気がして、そう勇貴君のいつもの声がして、呼吸を整えて、フォームがバラバラ、一つ一つチェックしてもっと腕を振って…… それでもう一度走れたんです」
「そうだったの、あの子、明日美さんの所まで飛んでったのかもしれないわね」
初恋 179ページ
「勇貴の奴余程、明日美に会いたかったんだな」
「二人共疲れただろう、早く帰って休みなさい、その前に病院で待ってくれてる人達を連れて一緒に食事して行きなさい、平尾の交差点に綿勝と言う豚カツ屋さんが有るから、そこに行くといい、ここから近いし、私のお勧めだよ、豚カツの概念が変わるよ」
「お父さん、そんなに美味しいの、じゅるじゅる涎が……」
「裕子さん、皆に有難うって言っておいて、もう大丈夫だから、ゆっくり休んでからまた来て下さいと、気を付けて帰るのよ」
「お母さん、何か必要なものない、持ってくるよ」
「勇貴が目覚めたら、一度帰るから、大丈夫よ」
「分かった、いってくるね、明日美、行くよ」
「お母さま、お父様、失礼します、また直ぐに来ますから」
「皆の者、飯食いに行くぞ、パパの奢りじゃ、フフフ福岡で一番美味しい豚カツなのじゃ、良いか、心してかかれ」
一行はバスで西鉄平尾駅に向かった。寂れた小さな駅だが、沿線に学校が多いのか、学生が沢山、改札口から吐き出されてきた。
「ほらほら、あそこじゃないですか、小さなのぼり旗立ってるよ」
「ほう、流石は我が部一番の巨乳、吉沢君じゃ」
「胸が関係あるの、はて?」
「ここで極秘情報がある、何と和風おろし豚カツなるものがあるらしい、絶品らしい、因みに通常の豚カツも絶品らしい、ラードで揚げるから、風味が良くて、嚙むと肉汁が広がってしっとりジューシーで、じゅる涎が……」
「ばっちーわね、もう」
「とにかく、どちらもソースが絶妙らしい、そこでじゃ、ひーふーみーん?君は誰…… もしかして、分からん」
「姐御、恋ちゃんですやん、覚えてませんか、西村恋です」
「覚えとるぞ恋ちゃん、暫く見んうちに、美しくなったのう、醜いアヒルの子は、鶴になったんだね」
「言われてみれば確かに、美人になった、僕より少し劣るけどね」
「そのギャグおもろいな」
「皆の衆、聞いておくれ半分に別れて半分こするのはどうじゃ、両方味わえる」
初恋 180ページ
「仲島様ですね、承っております。十名様ですね、ご用意しております、どうぞ」
「お父さん予約してくれたんだね、流石じゃ」
皆で分け合いながら、会話と食事は進んだ。店を出る時には、みんなご満悦の表情であった。結局、追加注文までやって、腹一杯になるまで食べた。
「美味しい顔ってどんな顔、こんな顔」
「裕子姉、大満足の笑顔ですね、でもその歌は何ですか」
「昭和のおばちゃんだから、許してやって」
「なんやと、おまいも知ってるみたいやから、昭和のおばちゃんはお互い様じゃ、なあ明日美おばちゃん」
「べーだ」明日美は舌を出して見せた。
「吉沢君、相田君、夏美君に雪ちゃんも、今日はお泊まりしなさい、明日美君も、一度帰ってお泊りに来なさい、苛める相手が居ないと淋しいでな、他の者はここで、さらばじゃ」
「それじゃあ、みんなまた明日ね」
四月、皆が進級し、駅伝メンバーは三年生と四年生になった。明日美だけは、留年して三年生のままであった。勇貴は退院できるまでに回復し家に戻った。時々大学にも顔を出した。だが状況は悪化していた、次に何か起これば、手の施しようがないと、医師に言われていた。だから絶対に無理はしない事、階段はなるべく使わない、自転車も禁止、そこで勇貴は原付免許を取得した。明日美の練習に付いて行くために、その日待望の原付バイクがやって来た。
「お坊ちゃま、可愛いですわね、オホホ」
「勇貴君、飛ばしちゃ駄目よ、事故は起こさないでね」
「明日美お嬢様、今から恐妻家の練習ですの、オホホ」
「嫌だな、そんなにおっちょこちょいじゃありませんよ、明日美先輩」
「早速試乗ですな、スクーターは乗りやすいのう、ペーパードライバーの明日美君も乗りたまえ、ムフフフフ、初心者の坊ちゃんとどっちがうまいかな」
「こんなのお茶の子さいさいよ」
「明日美君、そのへなちょこぶりはなんや、自転車より遅い」
「裕子おばちゃんは上手だね」
「この野郎なめとんのか、ほう 意外とうまいじゃん」
「勇貴君、スクーターだからって、無理しちゃ駄目だよ」
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