07
好太郎氏、危険だよなぁ……先生に相談するか……などと考えているうちに、おれたちは応接間の前まで戻って来ていた。
「お待たせしました。先生――あら?」
通子さんが首を傾げた。「先生、いらっしゃらないわ。どちらに行かれたのかしら?」
おれと通子さんは応接間の中に入った。いくら広い家とはいえ、客を通すだけみたいな部屋にそうそう隠れるようなところなんてない。スマートフォンに何か連絡がないか――と思ってみたが、通知どころか圏外になっている。嘘だろ? 圏外。あるのか、今どき……どうして金持ちのくせにこんな不便なところに家を建てるんだ……。
「先生、どうされたのかしら? 紅茶が飲み頃ですのに」
通子さんは無邪気に首をかしげている。おれは「トイレですかねぇ」と言いながら(さては単独行動してるな)と予想した。
先生、おれに何も言わずに行動するとき普通にあるからな……まぁ、まさか被害者になってるなんてことはないだろう。あの先生のことだ。
というのも先生、柔道かなにかを習得していて相当強い。除霊とかなんとか言いながら、普通に大の男を絞め落としたのを見たことがある。ていうかおれも一回投げられたことあったな……うん、ほっといても大丈夫だと思う。
「あら、紅茶が飲み頃ですわ」
通子さん、マイペースである。
紅茶ができてしまったので、先生はいないがいただくことにした。言いつけ通り通子さんに張り付いているんだから問題はあるまい。
おれは紅茶のことはまるで知らないが、通子さんが淹れてくれたものは渋みがなくて飲みやすい。部屋は豪華だし、なんだか高級ティーラウンジにでも来たような気分だ……まぁ、同じ屋根の下で人が死んでるのだが。どうすりゃいいんだろうな、あれ。おれが心配してもしょうがないか。
「あの、柳さんに折り行ってお聞きしたいことがあるのですけど」
ソーサーに自分のカップを置き、通子さんが改まった様子で口を開いた。
「な、何でしょう?」
「……先生は、その、本当にお力をお持ちなのでしょうか。神の祟りを防ぐといったようなことが、おできになるのかどうか……」
「うっ」
できません。
とは言えない。
しかし、人を疑うことを知らなさそうな通子さんに、そんなことを聞かれてしまうとは――いや、まぁ、正直わかる。胡散臭いといえば相当胡散臭いもんな、あの人。
しかしこれ、正直に答えるわけにはいかんよなぁ……先生ならこういうとき、山程適当な言い訳が出てくるのだが。
「えーと……その、も、申し訳ないのですが、私にはちょっとその、わかりかねまして。その、そういう力がないものですから」
「あら、助手さんは結界を張れますのに?」
「あっ、いや! まったくないというわけではなくてですね、ハハハ……いやその、でもホントあんなのは簡単なヤツでして、その、先生がなさることというのはですね、ハハ、おれなんかにはよくわからない……ことが……多くて……その、あのー、ふだんこんな神様の祟りをどうのこうのなんて、やることありませんからねぇ、ハハハ……」
情けない……もうダメだ、ダメダメだ……。
通子さんはしどろもどろになっていくおれを、大きな瞳でじっと見つめていたが、やがて口を開いた。
「――ということは、助手さんにも予想ができないほど難しいことなのですわね。やはりめりくり様はおそろしい力をお持ちなのだわ……」
よ、よかった……なんとかなった……のか……?
とりあえず通子さんを言いくるめることには成功したらしい。よかった――おれはほっと一息ついた。
それはともかく、先生はどこに行ったんだ? やっぱり探した方がいいのだろうか……などと考えていたら、ノックの音がした。
「あら、誰かしら」
通子さんはマジで人を疑うことを知らないのか、一応「この中に殺人犯がいるかもしれないんだぞ!?」的な状況なのに、平然とドアを開けてしまう。
幸い、そこに立っていたのは血みどろの斧を持った殺人鬼などではなく、着物を着た小柄な老婆、織江さんだった。そういえばさっき「祟りじゃー!」とテンプレの台詞を聞いたっきりだったな、この人。おれが結界張るあたりでスーッといなくなってた気がする――元々はこの織江さんの依頼で来たはずだったのに、全然話したりしていなかった。
「おお、通子。ここにおったか」
「まぁお祖母様。どちらにいらしていたの?」
「すまんのう。推しの配信をリアタイしとうてな……ネット環境が悪すぎて冒頭しか見られんかったが、スパチャはできたわい」
「まぁ、お祖母様ったら。推し活に余念がありませんのね」
織江さんもずいぶんマイペースだな。血筋か?
「おや助手のかた、やはりこちらにいらっしゃったか」
「柳さんですわ。とても親切な方で、私に付き添ってくださっているのよ」
「ほう。通子は心配いらんような気がするが……ところで柳さん、わしゃ雨息斎先生にちと頼まれての」
通子さんに「親切」などと言われて喜んでいたら、急に織江さんに話しかけられたのでビクッとしてしまった。
「あっ、ハイ! な、なんでしょう!」
「柳さん、ビビりじゃの〜。先生じゃが、ちと別の部屋におるのでな。わしが運動がてら知らせに来たというわけじゃ」
「はっ、それはすみません。わざわざ……」
わざわざ伝言を頼むってことは先生、自分では動けないのか? 一体何が起こっているんだ……。
「ま、柳さんと通子もいらっしゃい。ああいうことは人数が多いほうがええ」
何やってんだマジで。
織江さんに招かれて、おれと通子さんは応接間を出、別の場所を目指した。奥の方に客用の食堂があり、二人はそこにいるという。もう建物の規模がちょっとしたホテルじゃないか……。
「お祖母様、一体どうなさったの? 先生は……?」
「まぁまぁ。ちっとついて来なさい」
織江さんは案外歩くのが早い。広い屋敷の中を移動し、キッチンの近くの部屋に移動した。
「ここじゃここ。入るぞえ」
織江さんはそう言うと、重厚な扉を開けた。
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