第20話 にゃ、大地……どうするにゃ?

 診療室のベッドで横たわっていた男が、やっとはっきりと目を開けた。乾いた唇がかすかに動き、俺たちの姿を認めると、目に薄い警戒の色が浮かんだ。


「……ここは……ギルドか……?」


「ああ。お前をダンジョンで見つけて連れて帰ってきた。名前はミルドで合ってるか?」


「……ああ。俺は……ミルド。確かに……Bランクの冒険者だ」


 まだ息は荒く、話すのも辛そうだが、意識は戻ってるようだ。傍らでミャアが首を傾げながら呟く。


「にゃ……大地、この人、本当にBランクにゃ? なんか、弱そうにゃ……」


「コラ、聞こえてるぞたぶん。いや、まあ……そう見えても仕方ないけどさ」


 ミルドが乾いた笑みを浮かべて、うめき声混じりに言葉を継いだ。


「いいんだ……見た目通り、今の俺は……情けないよ。仲間を助けられず、逃げ出すのが精一杯だった……」


「他の二人は?」


「わからない。たぶん……もう……」


 そのとき、ミャアの耳がぴくりと動いた。身体が反射的に強張る。


「にゃっ……またあのにおいにゃ。あのときの、ダンジョンの中に漂ってた……変な魔力のにおい……ここにも微かに混じってるにゃ……」


「なんだって?」


 ミャアの言葉に、ミルドの顔が引き攣った。


「それだ……! あの魔力、あれに近づいた時から全部おかしくなったんだ……!」


「落ち着いて話せ。『あれ』って、何だ?」


「ダンジョンの奥で……見つけたんだ。大きな扉……封印されてるような感じだった。古代文字みたいなものが彫られてて、鍵穴のようなものが……」


 封印。やっぱりか。


 初見で感じた違和感。モンスターの異常な強さ、気味の悪い魔力、そして、あの転移装置のような宝石。全部が繋がっていく感覚がした。


「その扉を開けたのか?」


「いや……開けてない。開ける前に、俺たちの背後に……あいつが現れた。人じゃない……黒いローブに身を包んだ、魔力の塊のような存在だった」


 魔力の塊……ローブ……いやな想像が頭をよぎる。


「人型の魔物か?」


「……そうなのかもしれない。だけど、言葉を喋ったんだ……俺たちを見て、こう言った。『また来たか。愚かな者どもめ』って」


「知性があるってことか……それに、何かを守っているような言い方だな」


「にゃ、それって……封印の番人みたいなやつにゃ?」


「かもしれない。そいつが現れて、どうなった?」


「仲間の一人、サレフが攻撃を仕掛けた……でも、何も通じなかった。あいつの杖が触れただけで、サレフは……燃えたんだ。魔力の炎で、一瞬で……!」


 言葉を失った。俺も、ミャアも。


 それはもう、魔物とかそういうレベルじゃない。


 異常な存在だ。


 俺が倒したグランディスでさえ、まだ物理法則に従っていた。だが、今ミルドが語った相手は、魔法と肉体の中間、まるで……この世界の外から来たような不条理さがある。


「ミャア、お前も感じたか? ダンジョンの奥の方、なんか……異常な圧っていうか、怖さみたいなやつ」


「にゃ……うん。体が勝手に震えるような感覚だったにゃ。あれ、普通じゃないにゃ」


 ミルドはゆっくりと首を振った。


「もう、あのダンジョンには近づくな……あれは人が行くべき場所じゃない。もし扉の封印が解かれたら、世界がどうなるか……」


 そこまで言ったところで、彼はまた意識を手放した。


 無理もない。あれだけの恐怖と絶望を味わって、生き延びたのが奇跡だ。


 だけど、俺は──俺たちは、そのダンジョンに再び挑む必要がある。


 あの封印と、謎の敵。そいつらが何を守ってるのか、そして、なぜ俺たちを敵視するのか。


 【激安通販】で得た力で、それを暴いてやる必要がある。


「にゃ、大地……どうするにゃ?」


「しばらく準備を整える。それと情報収集もな。すぐには戻らない。でも……あのダンジョン、放っておけない気がする」


「……うん、わかったにゃ。私、ついていくにゃ」


 ミャアが小さく頷いた。その目は怯えていなかった。前に進む者の目だった。

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