第32話
一先ずデクルの森対策は後回しにして、自分の仕事に手を付ける。ユグロコで話した事の報告書だ。
「あなたが長なのに、報告書が必要なの?喋れば良いじゃない」
「自分の考えをまとめるついでだな。さらに他の関係者に伝える際も、あった方が便利だ」
伝言ゲームになって内容が変化したら困る。だからこそ一時的だろうとも一度紙に書き出すことは意味があると思ってる。
この世界の仕様として、保管処理をしていない書類は長持ちしない。そして保管処理出来る書類はかなり限られる。保存媒体としてはほぼ機能せず、どうせ消えるなら書く必要は無いように思えるのだが、何だかんだ用途は広い。
「ふーん、不便ね」
「デクルはテレパシーみたいのあるんだっけ」
「デクルに限った話じゃないわよ。人間もその気になればできるはずよ」
一人の長とのやり取り限定、距離も同じ町の中くらいだけの簡易テレパシー。
……うーん、いらないか。俺が便利だったとしても、他の人間が納得するかと言うと微妙そうだし。
これが長としての信頼とそれに応える形ってやつか。なるほどなぁ、人間じゃ難しそうだ。
「個人間でのテレパシーとか出来ないの?」
「研究者じゃないし知らないわよ。なんとなく数がいるからこその力、みたいな認識かしら」
そんな簡単に出来るなら、とっくに普及してるか。
「掘れない?」
「ええ、そのようです。少なくとも、今町にいる者では厳しそうです」
西側で最も手軽に行えそうだった対策の、塹壕が掘れない。
「正確には、七十センチが限界のようです。岩盤がすぐ下にあり、これを破壊するのが困難みたいです」
「……以前は無かったよな?」
「アケミさんにも確認しましたが、マルエス建設時には無かったはずだと言うことです。現在詳細な確認のため、アケミさんが調査チームを編成しています。恐らく岩盤が迫り上がっているという事です」
「お前が言ってたのはこういう事?」
「落とし穴が掘り辛くなって来てたのよ。森の中も深く掘れる場所は減って来てるわ」
マサルくんの報告に間違いはなさそうだ。多少場所が前後しても掘れるのなら良いが……。
「今、森の中で最も厄介なモンスターは?」
「チョトスかしら」
「マサルくんはどう思う?」
「アルマンさんに聞いた方が良いと思いますけど、よく耳にするのはチョトスとガチョーウですね」
チョトスは突進しかしないが、個体差が激しく群れによってはかなり強力になる。ガチョーウは鳴き声が不快な蛾や蝶っぽい羽を持つ鳥だ。
「ガチョーウはデクルの鴨だし、そっちに頑張ってもらえば良いのよ」
蛾なのか蝶なのかガチョウなのか鴨なのか。
「チョトスだって鴨なんじゃないのか?」
「個体によっては罠に掛からないわ。強引に嵌められたのは私だけだし、大掛かりなものを作れば分からないけどその指揮を務められるデクルがどれだけいるかしら」
個体差の影響がもろに出るか。
チョトスはデクルサイズのものから、ゾウよりデカいものまでいる。突進一辺倒な攻撃方法のわりに魔法を併用する者がいて、透明化したり炎を纏ったり。もとから分厚い皮膚に覆われているのに更に硬くなる者もいる。
食卓によく並ぶ肉ながら、強いものは強いと。
もし大型のチョトスが勢いを保ったまま城壁に突撃すれば、崩壊は免れない。
「今まで平気だった理由は、お前が間引いてくれていたからか?」
「それもあるでしょうけど、穴掘り太郎が頑張ってくれていているのが大きいのよ。でも穴を掘れない場所が増えてきたせいで太郎も減っちゃったし、いじけて内側に引きこもるようになったわ」
「太郎って誰やねん」
「フォフォルミですよ。あの気持ち悪い虫」
「あれか」
アリとバッタを足したような緑色のキモい虫だ。
「太郎は頑張り屋さんだから、落とし穴作ってくれてたのよ。勝手に引っかかってるチョトスを太郎が倒すこともあるし、デクルが利用することもあるわ」
デクルは基本的に大きな穴を掘ることは出来ず、穴を掘って暮らすモンスターであるフォフォルミを利用してチョトスを狩っていたと。
「……それってお前がいても、時間の問題だったってことか?」
「そうかも」
パウラサがいなくなったからこそ戦力が落ちて森の脅威を考える羽目になったかと思いきや、元からどうしようもない問題が進行していたわけだ。
先見の明があるというか、問題から逃げたというか……。本当に長を辞めたかったんだろうな。
「内側に誘導は出来ないんですか?」
「チョトスも外側が暮らしやすい、くらいは学んでるっぽいから難しいでしょうね」
内側、外側というのは、デクルの森の二重構造の話だ。空間が歪み森の中に異空間があり、そこも森。見た目以上に中が広い森というだけで、普段は気にしない。
「結局は岩盤、環境変化の問題に戻るのか……ユグドラフィールの関係か?」
「樹龍のことを言ってるなら、そうだと思うのよ」
元々この地は樹木の化け物が支配していた地域だ。そいつを冒険者が倒したからこそ開拓が始まり、この町も作られた。しかしその化け物が死んだせいで、環境が徐々に変わっていたらしい。バイオームが浸食されて行くゲームの光景を思い出す。
「とりあえずはアケミさんの調査待ちか」
「ですかね。僕は戻りますね」
報告が終わったのでマサルくんは戻り、俺とパウラサが残される。
「崩壊へのカウントダウンかしら」
仮に今、もう少し森側なら塹壕を掘れたとして。結局時間経過と共に岩盤が迫り、いずれはなくなってしまう。
「上級冒険者を雇い、城壁を強化したり強引に塹壕を掘る。あるいはチョトスの殲滅か」
いずれにせよ力技。
「殲滅は嫌よ?」
「言ってみただけだ」
モンスターの一種を絶滅させると、間違いなくモンスターのパワーバランスが変わり、適応するために変異する。新たなチョトスを生み出すだけだ。より厄介になる可能性もある。
何よりチョトスはマルエスの貴重な食料源だ。新たなモンスターが安全面で都合の良いものだったとしても、美味しく食べられるのかという問題もあるわけだ。
「東西を逆にして、冒険者が西側に来れば……」
行き来がし易ければ、多少は森へ狩りに行ってくれることも増えるだろう。いざという時もすぐ防衛に回れるかもしれない。しかし。
「デクルが消えそうね」
「だよな」
害悪なデクルを、外の冒険者が受け入れる理由はない。道中邪魔なら殺すし、森と東側を行き来する間でも殺すだろう。そうなれば元西側の人間はいる意味がなくなるし本末転倒だ。
「先細る町のために大枚叩いて城壁の強化か」
しかし元々人口減少の一途をたどっていることもあるし、岩盤の影響は町にも出始めるかもしれない。
「いっそのこと移転か、解散じゃないかしら?」
「……だよなぁ」
金がある内に新天地を探し、新しい町を作った方が良い。それか、各々で他の町に移る。この世界、エベナにおける基本のやり方だ。
環境が悪化している場所に住み続けるなんて馬鹿げている。
とはいえ他所に移るということはデクルの住む森から離れるということでもあり……。マルエスの街がマルエスのまま存続する可能性が、どうしても浮かばない。
「まあでも、アケミさんの調査結果次第ではあるか」
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