第28話


「お前の町、襲撃されてるぞ」

「ほへ?」


 温泉に浸かりポカポカした体でのんびりしていると、宿にミサキさんが来て教えてくれた。パウラサがいるせいで誰かに伝言を頼むのも気が引けて、直接来てくれたようだ。


「どこからですか?」

「南の……マルエスからすると北か。北のマルノ山脈からだな」


 マルノ山脈とは、エルフからの逃げ道としてトンネルを掘って利用しようとした山脈だ。


 マルエスとユグロコの間にはカタカナのノを左右逆向きにしたような北西へ伸びる山脈があり、町から町へ直進できないように塞いでいる。

 そのせいで行き来するには東側に山を避ける必要があり、エルフの住む禁断の森へ少し近付くことになる。ギリギリまで近付くということでもないのだが、エベナの民からするとユグロコへ行く際の心理的抵抗となっているらしい。


 そんな山脈とマルエスの間は岩石地帯となっており、特に町の北側すぐ傍には巨大な岩壁がありモンスターの進行を防いでくれる。城壁と岩壁の二重の壁になっており、防御は固い。

 これは意図して考えられたもので、マルエスを作る際に安全を考慮し利用した。


 マルエスは西側のデクルが共生し、東側のエルフが攻めてこない限りはこの北側の山脈や岩石地帯からのモンスターに集中できる。しかも堅固な盾もある。そういう風に安全を確保している町である。


「マルノ山脈ですか……」

「北なら、何とかなるんじゃないかなぁ、なんて」

「そうなのか?」


 こうして報告に来るほどの襲撃ならば、攻めてきたモンスターもかなりの数のはずだ。とはいえ、元から想定された戦場でもある。


「よっぽど変なのが来なければ。ほら、今風俗街が盛り上がっているじゃないですか。冒険者も沢山いると思うんですよね」


 上級冒険者がいるかは分からないが、中級っぽいのは結構いた。俺と同等の冒険者がそれなりの数いるということである。山脈の敵はデクルの住む西の森よりも手強いが、手練れの冒険者ならば戦えるだろう。


「冒険者が多くいるのは羨ましい話だな」

「こっちじゃ歯が立つかは分かりませんけどね。そもそもこっちは山脈から来ないでしょうし」


 ユグロコの北、すぐ傍から始まる禁断の森は山脈など比にならない危険地帯だ。山脈のモンスターは怯えておりユグロコ側に来ることさえ、まずない。


「とにかく、報告はしたからな。一応言っておくが受け入れ態勢はない」

「はい、大丈夫です。ありがとうございます」

「ありがとうございます、報告だけでも十分助かります」


 今から急いで戻ったところで結果は変わらないだろうし、焦る意味もない。ミサキさん的には消化不良っぽかったが。


「皆さん大丈夫でしょうか……」

「大丈夫じゃないかなぁ」


 このアケミさんの反応が欲しかったんだろうな。自分の町が危機になるわけだし、しかもその長なわけだから。でも俺はこういうのもう慣れ切ってるし、なるようになるとしか思わない。


「意外と北側は強いよ?冒険者いなくてもワンチャンある」

「そうなるように設計したのはそうですけど、でも不安ですよ」


 町の設計自体はかなりの部分アケミさんがやってたりするから、構造は俺よりもよっぽど詳しい。


「衛兵も北は頑張るよ。というか楽しんでる。デクルラインも利いてるし」


 北側の岩壁のすぐ前あたりからは、対モンスターの一切遠慮のないデクルラインがある。

 そして迎え撃つのは城壁上の弓兵。この弓兵は普段から岩石地帯のモンスターを狙い、腕を磨いている。

 他の衛兵が遊びに町に出ていたとしても、弓兵はここを射撃場として日夜遊んでいる。


 大量の罠、強固な壁、狙い撃つ弓兵。攻める側からするとかなり厄介なはずだ。

 壁を避けるために東へ飛び出しても、行き過ぎるとエルフの監視の目に引っかかる。しかも意識しすぎて壁とエルフの監視の間、狭い範囲を通ることになれば少ない兵士でも防げるし、弓兵の攻撃もより有効になる。


 さらに街中にもデクルの罠はある。最悪前線を突破され町中への侵入を許してしまっても、多少の時間は稼げる。市民は通常よりも多く余裕を持つことができ、被害は最小限に留まらせられる。


「……サンケタさんがそうやってどっしり構えていると、安心できますね」

「戦争は戦う前に結果が決まってるって言うじゃん」


 負けてもしょうがないと思っているだけだけどね。


 因みに町を蹂躙され市民が避難した場合、多分もう町は立ち行かなくなる。

 西側の市民は戻ってくるだろうが、東側は厳しいだろう。それぞれがもっと大きな町、あるいは競合がいない場所で風俗を始めると思われる。わざわざ町の復興を手伝う旨味なんてない。


 防衛はデクルの手伝いもあり意外と固いが、一度崩れると後がない脆い町。

 だからこそ、心配したところでしょうがない。立て直したとしても、その時は町というより村みたいな規模になりそうだ。そうなったらきっと俺はやる気を失くすし、町長やめるかも。


 そうしたら何やろっかなー。アケミさんのおかげで自己肯定感も満たされている気がするし、心にゆとりがある。反冒険者の件も上手く行ったし。

 我ながら単純で助かる。


「どうかしたのかしら?」


 パウラサが戻って来た。こいつはミルス用の湯舟があったので丁度良いと、そちらに浸かっていた。


「あったかフワフワ……気持ち良い……」


 アケミさんは感動してる。

 濡れて萎んでるところを見てみたい気もするが、魔法で即乾かしているのか乾いている状態で現れる。


「マルエスが襲われてるんだってさ」

「あら。森?」

「いや山脈……なんで森?」


 デクルの森にいるモンスターはほぼ出てこない。適度に人間とデクルに狩られているからだ。


「私いないもの」

「え、それってなんかあるの?」

「さあ。でもお出かけから戻ってくると大抵、大変だったって報告されるわね」

「影響大きそうですもんね」


 そうか、こいつデクルの中だと圧倒的な強さだもんな。いないと勢力図が変わるんだ。


「そういやなんでお前そんな強いの?長だから?」

「強いから長になっただけ。強いのは血筋みたいなものよ」

「見た目からして他と違いますよね。デクルが兎と勘違いされる元ですし」


 確かに違うな。長だし他と違うのは当たり前って思考だった。ゴブリンとキングゴブリンは見た目からして違うだろうって発想。


「猫の範囲からはみ出している感じ、デクルよりミルスっぽいもんな」

「そういう血だもの」

「あー、そういう。えっ」

「デクルとくっついたミルスがいるのよ。私は特に色濃くミルスの血がでた感じかしら。先祖返りってやつ?」

「本当にミルスが混じってたのか……」

「衝撃の事実ですね」


 ミサキさんたちは雰囲気で感じてたのかもしれないが、事実としては地味に誰も知らなさそう。ミルスは知ってるんだろうけど。


「アケミさん、一応秘密にしとこう。この話題ミルスめっちゃ怒ってたから」

「分かりました」

「デクルも今は私しか知らないわね」

「大事そうなことサラッと言うじゃん。お前、お姫様なん?」


 種の秘密を唯一受け継いでるって完全にデクルの王族じゃん。


「そういうことになるのかしら。あくまで次の長っぽい子に教えてるだけなんだけどね」

「親に教えてもらったわけじゃないのか」

「そうね。ミルスとの間の子やその子孫でも、私みたいなのが出たのは二人目って話だし。それ以降はいないわね」


 そういやこいつ百歳越えてるんだっけ。その間他に生まれていないとするとかなりのレア個体だ。あるいは、血が薄まってもう生まれないのかもしれない。


「サンケタさんに掛かっているんですね」

「期待しているわよ?」

「勘弁してくれ」


 こいつは薄まってないのかも知れんが、それならミルスを捕まえて血を濃くしろよ。

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