第21話

「そんなことある?」

「笑いが止まらないねぇ!」


「楽しそうだにゃあ」


 移住者の様子をうかがうためディキンスの元を訪れると、予想外の現状に驚いた。


 風俗街の人員補充のつもりで移民を受け入れていたわけだが、そう都合よく風俗で働いてくれるかというと普通そんなことはない。全体の二割くらいがそうなれば良いなと思っていた。


 モンスターを狩れば食料は得られるし、東側だけで完結できるくらいには普通の施設だってある。町のこちら側に移り適応する者だって現れると思っていたし、反乱だかなんだかを企てる者が現れる可能性もゼロじゃなかった。


 それなのに、本気でほとんどの人たちが風俗やその関連施設で働き始めたらしい。そうなると当然客の方が足りなくなるわけだが、宣伝を打ち、ツアーを組み、人を呼び込んで滅茶苦茶に盛り上がっている。


 もはやデクルの町というよりも風俗の町では?というくらいに東側に人がいる。


「くれぐれも、東側に町を拡張しないように気を付けてくださいね。広げるなら南にお願いします」


 エルフを刺激したくはないし、水山の関係で土地が緩い可能性が高いらしい。城壁を伸ばしたり追加したものが崩れてドミノ倒しのようになっては困る。


「いっちゃん最初に聞いてるから安心しなって。それに広げたりはしないよ。こういうのは人が密になってるからこそ楽しいもんさ。この盛り上がりがいつ終わるかも分からないしねぇ。折角空き家が無くなったんだ、また増やすようなことはしたくないさ」


 見た目と違ってこういう冷静な判断が出来るところもディキンスの魅力だろう。ただの荒くれ代表というわけではない。


「そうですか……」


 アケミさんは道中に人混みの中で尻を触られたので、むしろ広げて欲しいと思っていたのだろう。


「帰りは屋根伝いに行こう。俺が運ぶから」

「お願いします」

「お熱いねぇ」

「ここでその程度のことを熱いと呼ぶのかと、疑問に思えるがな」


 いくらでも最終段階を踏んでいるだろうに。


「そいつは転生者の考えなんじゃねぇか?あたしが一般的とは思わねぇが、この状況を見るにあながち間違ってもいねぇだろ」


 性行為のハードルが極端に低い。そりゃあ娼婦なんてやってるんだからそう思っていても不思議はないが、少なくとも商売としてはその手のことに無縁だった転生者の一団が仲間入りしたのだから、こちらの世界では抵抗を示すようなことじゃないという主張。


 思い浮かぶこの手のことでの一番の問題は、病気と妊娠。この二つが問題ない世界である以上、一理あるのかもしれない。この手の行為で心配するべき病気はないし、妊娠に関しても自由が効き行為を続けられる。男女が平等であるという前提のある世界では、そこに差が生まれないための調整がされているわけだ。


 性行為自体はなんでもないことであり、互いにどう思って付き合っているのかの方がよほど大切という話だ。


「そうかもしれんがなぁ……」


 今までも風俗はあったのに、こうした盛り上がりがあったと聞いたことはない。それこそエベナの民が最初から経営していた風俗もある。なぜ今更、と思わずにはいられない。



 しょうもないことのように思えて一応は町の運営に関することなので、ディキンスと他にも東側の管理者側の人間を交えて話し合い、考える。


 一番しっくり来たのは、集まった転生者の人間性だ。


 反冒険者というしょうもない団体を信じ集まっていた、これまたしょうもない人たち。

 彼らは折角転生したのに何もできず、何者にもなれていなかった。だからこそ現状活躍している冒険者憎しで反冒険者などというところに所属した。


 彼らの多くは冒険者を憎んではいるが、具体的には自分より上の人間を羨み妬んでいるだけ。何らかの形で自分が上になりたいだけなわけだ。


 反冒険者にも捨てられ、何も縋るものがなくなった。そんな中、何一つ能力がなくても風俗では活躍できたのだ。

 その手のことに詳しい者たちなら、行為の中にも能力差というものを感じられるのかもしれない。だが大抵の人、特に転生者は顔が良ければそれでほぼ満足だ。


 もちろん物足りないこともあるだろう。それならそれで、値は張るがより上手い相手、経験豊富な相手を買えば良い。そうした能力差で現職の者たちとも住みわけが上手く行った。


 標準化し良くなった顔を持つ転生者たちは、風俗であっても喜ばれて嬉しかったわけだ。承認欲求を満たせた。

 上だと思っていた、活躍している冒険者に感謝された。しかも行為の相手だって顔は悪くないわけだ。


 ディキンスは「快感を得た上で金も貰える。最高の仕事だぞ?」とよく言う。

 移住者たちも実際に働いて、しかも冒険者の話を身近に聞いて。危険な冒険者業よりもよほど良いと思ったらしい。実際に「冒険者って馬鹿だよな、こんなに楽で良い仕事があるのに」と言っていたりするとのこと。


 なんか、上手いこと噛み合ったわけだ。盛況ぶりからして、既に他の町へ行くにも十分な金があるだろうに出て行こうとしない。



 町としても税収でかなり儲かっており、大成功。……なのだが、少し釈然としない。


 今は東側の方が明らかに金を持っているわけだから、逆に西側の人が羨み何らかのケアが必要だと考えると大変だ。


 まあ、結局デクル以外大した興味を示さなかったので杞憂に終わったのだが。



 ◇



 これにて東側については一件落着……とはいかない。


 最後の仕上げとして、というかケジメとして、住居に関しては家賃を払うなり買取なりをしてもらわなければならない。もともとトンネル工事という公共事業に参加しないのならば家賃を貰うつもりだったのだから。


 今ならば十分以上に潤っているので、問題なく話は進むだろう。と思っていたが、それは勘違いだった。



 人と言うのは慣れてしまうものだ。ただの同情から家賃を免除していただけなのに、当たり前になってしまい自らのモノだと権利を主張された。


「とっくにここは私たちの家よ。看板が見えないかしら?店もやっているのよ?そこは私の店」

「関係ありませんが」


 税金を払っているのなら店を開くのは問題ない。いや、借りている場所で勝手にやるのは問題だけど、税収になるからそれは気にしていない。ともかく家賃を払って欲しいだけなのだ。


 家賃の払い方は簡単だ。ディキンスの店の横にある出張所で場所を伝えて金を払えば良い。その説明用に、住居について案内した際と同じように資料を刷ってきたので、適当に人を集めて説明を始めた。

 するとすぐにこうして抗議の声が上がったわけだ。


「あのさ、分かってるの?あの時の私たちじゃないのよ。お金もあれば仲間もいる。常連さんたちも沢山よ?」


 染めた髪、濃い化粧、派手な服。そして高圧的な言葉遣い。環境が人を変えると言うが、こうも分かりやすく変わるのはどうなのだろうか。……高圧的なのはもともとか?


「安くない税金も払ってるのよ?昔は必要だったかもしれないけど、今は守ってもらう必要もないのに。こんな端金でいちいちうるさいのよ」

「端金ならサクッと払ってもらいたいのですが」


 なんかお決まりなやり取りだけど、なんでお決まりになるのか分からないやり取りだ。じゃあ払えよ。


「私たちのおかげで潤っているんでしょう?感謝してもらいたいくらいなのよこっちは。そうだ、この機会に税金を下げてもらえないかしら?うふふ」

「どうしても、払っていただけないのですか?」

「はぁ、質問してるのはこっちよ。本当に馬鹿は困るわ――」


 トスッ


「――ね。え?」


 鉄串を投げ、心臓を貫いた。


 あまり良い事じゃない。事を大きくするべきじゃない。それこそ前にシマに言っていた通り、脅しのようなことをしても得になるとは限らない。


「しまもん」

「にゃはは!」


 とはいえそんなことになるかもしれないと覚悟はしていた。だからシマも連れてきた。

 シマは黒と白の霧に分離し、空に溶ける。


「未払いは普通に追い出す。抵抗するならこうなる、事情があるなら出張所か役所で話せば対応する。他の奴等にも伝えろ。文句のあるゴミは来い」


 俺が何かするとは思っていなかったのか、周りは死体を見て固まっている。文句を言いに来るものがいないので、暇つぶしにその死体を持ち当人の店の中へ投げ込みながら入店する。


「見ての通りこの店の店主は反逆罪で殺した。店員も客も私物を持ってさっさと出ろ。接収する」

「へ?」

「抵抗するなら殺す。他のとこ見てからまた来るから、それまでには消えてろよ」


 ドアを開け外に出ると、筋肉を自慢するかのような薄着の荒くれが待ち伏せしており、武器を振り降ろす。が、俺に届く前に腕が手前の有刺鉄線に引っかかる。


「うがぁ!」


 痛みに一歩引こうとしたところで、足元のワイヤーに引っ掛かりバランスを崩し倒れる。倒れた先にはマキビシが置いてあり、自重で突き刺さる。


 足元の障害物をどかすのは得意だ。ステッキで倒れているゴミを潰す。


 幻術で隠してあるが、あたりはすっかり罠だらけ。変な動きをしようとすれば誰でも危ない。起動式の罠が少なく一発で致命傷にならないので被害は少ないだろうが、各所で怪我をしている者がいる。


「善良な方はうかつに動かず、事情を他の人に教えながらゆっくり建物に入ってください。こちらの資料は後で各自お取りください。取らずとも、役所か出張所へ行けば問題ないかと思います」


 言いながら、こちらを睨み敵対視していると思われる者の方へ行く。


「やるなら来いよ増長したゴミ。誰のおかげで暮らせてると思ってる?」


 忘れてもらっちゃ困る。ここはエベナ。死と暴力が蔓延する世界だ。金や性欲でどうにかなる場所じゃない。


 常に上位にあるのは、暴力だ。


「おい!お前ら助けてくれ!」

「お?助けたらサービスしてくれるのか?」

「もちろんだ!」


 当然、助けを求めるなら同じく暴力を扱う冒険者やそれに類する者。集めたのはここの移住者だが、店もあるので一般の通行人として冒険者もいる。


「俺は町長で、真っ当に仕事をしているだけだ。逆らうのがどういうことか分かっているか?」

「え、公務員なの?」

「そうだ。真っ当に職務をしているだけだな」

「じゃあ無しじゃん。アホらし」

「は!?何を言っている!?」


 冒険者だってこうして町を利用しているのだから、逆らうわけが無いだろう。噂が広まれば他の町にすら入れなくなるかもしれない。たかが一つの行きつけの店のためにやることじゃない。


「待ってソムさん!不当なことをされているのよ!あなたにまた良い事してあげるから!」

「不当って?」

「いきなり家賃を払えって脅されているの!」

「家賃?いくらなの?」

「十万……」

「え、やっす。じゃあ代わりに払うからいつもよりサービスしてよ」

「そうじゃなくて!」


 アホなことやってる。そうこうしている内に怪我人が増え、逆らうつもりのない者は野次馬をやっている場合ではないと判断して引っ込んで行った。


 残ったのは四人の男。格好からして男娼ではなくボディガードとして働いているのだろう。スタートラインは同じだったろうに、男しかこういうことをしていないのが典型的だ。


 内三人は装備すらない。俺のように服に見た目が近くてそうは見えないという話じゃなくて、普通に無防備なだけ。それでボディーガードって何ができるんだ?


 男たちは動かずじっとこちらを見ている。罠を警戒しているのか、最初に動く一人になりたくないのか。

 とにかく動かないので、無防備な一人にトコトコと近付く。目の前に来ても、まだ動かない。


 なんなんだこいつ。


 いつまでも待っていても仕方ないので、ステッキを振り被る。ようやく動き出したが、普通にこちらのステッキが先に当たり顔面を抉った。


 結局死ぬまで何がしたいのか分からなかった。

 気にしても意味がないと思い、残りも殺していく。


「オ、オレには鎧がある!どうするつもりだ!」


 他の三人と同様にステッキを振る。

 他とは違い大きな音が響いたが、違いはその程度だ。


 兜はひしゃげ、中身も潰れているだろう。そもそも首が折れてるから関係ないが。


「ちょっと聞きたいんですけど、規模縮小したりします?」


 先ほどの冒険者が聞いてきた。


「そんなつもりはない。普通に免除していた家賃をこれからは払えと言いに来ただけだ」

「なんだ、良かったー。知り合いにもお勧めしてたのに、ショボくなってたら困りますもん」

「俺としては盛り上がってて欲しいくらいだから変な心配しなくて良いぞ」

「オッケー、じゃっ!……あいたっ!……わっ、ビックリした!くぅー、見えねー」


 わざとらしいリアクションをしながら、男は去っていく。


「つまんないにゃ」

「必要なかったかもな」


 大して活躍する機会もなかったので、シマはいじけたように戻って来た。幻術が解かれ、罠もほとんどが消える。シマの魔法はデクルらしく罠関連。圧倒的な地の利を得るためのものだ。


「残りも回収するかー」

「えー」


 手作り分は殺意マシマシだったこともあり、放置しておくのは気が引けた。


 回収を終えた後、「もう安全ですからねー」と周囲に声を掛けてから先ほどの店に入り、金目の物を貰ってからその場を立ち去った。

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