第19話

 腹黒兎と反冒険者の話し合いが行われ始めるはずの、正午を回った。


 少し前に一度反冒険者の誰かがこちらに来たみたいだが、俺の方に監視は来ていない。こっちに人を割くくらいなら護衛を増やせという話になるから、来ていない方が良いとは思う。


 あの人達は、何を話してどんな契約をしてしまうだろうか。教授なら泣き落としも効きそうだから、治療費だか援助金だか知らんが取られるかもしれない。……流石に護衛が止めるか?でもああいう寡黙なタイプが案外そういうのに弱いという事もある。


 とはいえ騙されると思ってて騙されるかというと、そんなことないと思うんだよなぁ。天秤の上に乗っているものを見ずに、甘い判断をするという意味が俺には分からない。


 などと考えていると。


――突然、部屋の壁が扉のようにガチャッと”開いた”。


「大変大変!」

「うるさいぞ」


 一応すぐ動けるように、立ってはおく。


「大変なのよ!」

「どうした」


 扉のように開いたのは腰下くらいの高さまでで、そいつは長い耳をピョコピョコ揺らしながら可愛らしいフォルムで部屋に入ってきた。


「死んじゃった!」


 会話って何か知ってるか?クソ兎。



「何したの」

「何もやってないわよ!勝手に死んじゃったの……」

「最初から話して」


 勝手に人が死んでたまるかよ。


「それがね……」

「入ってくるなよ殺すぞ」


 よよよと悲しみながら部屋に入ろうとしたので牽制。


「傷心なのに……」

「早く話せよカス。もしくは帰れ」


「あのね。私は話し合いに行こうとしたら、モンスターに襲われちゃって逃げてたの。でも中々逃げ切れなくて大変で……。時間にもなっちゃったし、助けても欲しかったから話し合いの場所まで行ったの!」


 なんとまあ。


「そしたら庇ってくれて、ピンとした立ち姿が頼もしかったからつい膝カックンしたの。そしたらそのままやられちゃって……」


 被害者のトーンでよく話を続けられるよな。目を離して放置する方もどうかと思うが。


「残りの強そうな人も、モンスターをやっつけてくれようとしてたのに焦ったのか転んじゃって、その隙にやられちゃったの。強そうな人たちだったのにやられるとは思わなくて、何で、どうしてって最後の人に泣き付いたら、気が動転してるのか怯えて暴れ出して……」


 涙を拭き、鼻水を啜って声を絞り出すゴミ。


「ぐすっ、気付いたら、みんな食べられちゃってた……」


 森中のモンスター集めてトレインかました挙句に、戦闘の妨害してたら死んじゃったと。何しに来たの?


 話し合いはするんだと思ってたけど。


「何でそんなことしたの」

「だってあなた以外と公式に話すの久しぶりだったのよ?何が良いかなって夜も眠れないほどだったの。やっぱり第一印象って大切じゃない?色々考えてたの。それなのに、こんなことになるなんて……」


 ファッションで悩んでる風出さないでもらえますかね。お前は獣らしく素っ裸だから。


「あの、どうすればいいのかしら……」

「知るかよ帰れよ」

「私に出来ることがあるなら何でもするわ……」

「帰れっつってんだよカス」

「私はこんなにも」「護衛さーん」

「ひゃっ」


 ぴゅ~と逃げ去っていく兎。もしくは猫。

 護衛と腹黒兎のどちらが強いのかというと、残念なことに腹黒兎の方なのだが素直に逃げる。相性や条件というものもあるだろうし、追われる形になるのを狙っているのかもしれないが。


「……」


 あれ、反冒険者の人たち、これで全滅ってこと?研究チーム全員で行ったのかな。確認しないとだ……。山脈の方に行くことすらなく終わりだとは。

 痛い目に合うところは見たいと思っていたが、初っ端から死んでしまってはなんだか消化不良だ。あのゴミもきっと消化不良で俺を引っ張り出そうと思ったんだろうけど。


「ちょっといいか?」

「ん、どうした」


 珍しく、護衛の方からやって来て声を掛けてきた。声かけちゃったからかな。


「この町の反冒険者とやらは全て消えたってことか?」

「研究チームで町に残ってた人がいるかもしれないのと、一応風俗街のやつらも反冒険者ってことにはなるかもしれないが……何かあるの?」

「町にいる研究チームは森に行ったので全てで、残りはさっき帰った。森に行ったやつらが全員死んだならそれで終わりのはずだ。用件は退職願いだな」


 あらまぁ。反冒険者の本体側から引き抜かれたか。少し前に感じてた気配はそれか。前々から打診はされてたんだろうけど。


「金払い良かった?」

「かなりな。マルエスと争うようなら契約上厳しそうだったが、もう消えたんなら話は早い」

「こっちが不利になること言わんでよ?」

「実際お前は何もしてないし、言うことなんざないだろ」

「そう言ってもらえると助かるよ。こっちは何かすることある?」

「ない」

「そっか。じゃあ残りの給料だけ渡すように伝えとく。今までありがと」

「おう」


 あっさりとした別れ。個人的に関係を深めることもしなかったし、こんなものだろう。昼間は寝て、夜に副業してで忙しそうだったしね。どっちが副業だと思ってたのかも分からないけどさ。



「ということで、いなくなっちゃいました」


 事務所へ行き職員たちにも報告しておく。


「あのー、反冒険者の方なんですけど、それだと移民はどうなるんですか?」

「とりあえず今まで通り放置だけど」

「すいません。そうじゃなくて、追加は来るんでしょうか?」

「あー、どうだろ」

「まあ来たら来たで同じようにしとけば良いんじゃないか?引き続き、サンケタに任せれば良いだろう」

「それもそうですね」


 向こうも邪魔な奴の処分のつもりだろうから、そのまま知らんふりして送って来るかもしれない。

 心理的にも恨みを買わない為にも、直接手を下すのは憚られるがこうして間接的に処分するのなら抵抗は無いのだろう。

 俺もトンネル工事に行かせるつもりだったし同じなわけだが。


 しかし、そんな組織に自ら入るなんて何を考えてるんだか。


 にしても護衛の件は誰も突っ込まなかったな。予め言ってたし俺が気にしてないからいいってことなんだろう。

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